Chapter 3 王に問う
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惑星ホークランド。自由惑星の異名を持つこの星は、王国から独立を認められた史上5つめの星系の中心である。
自由主義経済を旨としており、王国と比較すると税金は恐ろしいほど安い。そのため王国の豪商や貴族たちのタックスヘイブンとして暗に認められている。
首都サンガブリエラは王国中のトークンが集まる超巨大金融街だ。増改築を繰り返す巨大階層都市は、
ラインゴルド号を軌道上のステーションに停泊させた一行は、違法雑居ビル内の闇医者で脱奴隷化手術を受けることになった。
金井はベッドに仰向けになり、手術を受ける。
「ヒッヒッヒ……お兄さん逃亡兵かい……。たまーにいるんだよねェ、忠義心ってのが切れちゃってさ――扱いひどいからね王国軍は――逃亡兵になってウチ来るのがねェ」
闇医者は青や黒の皮膚をつぎはぎで縫い付けた気味の悪い老人だった。医者として信頼できるのか不安になる。金井の脳裏に『ぬらりひょん』という単語が浮かんで消えない。
「俺の忠義心は切れていない」
「ヒッヒッヒ……ごめんねェ。お客サンの事情を詮索するのが趣味でねェ…… 終わったら宇宙みかんジュースと宇宙ポップコーンをあげるからねェ」
ぬらりひょんは意外と親切だった。
金井の身体にパッドが張られ、
手術は1時間もしないうちに終わった。
「じゃあうつ伏せになってねェ……。バーコード消してあげるからねェ……。ヒッヒッヒッヒ」
首筋に熱いものが当たる。レーザメスで刺青を消しているのだ。
金井は灸のようだと感じた。
「ヒッヒッヒ……これで自然種とも区別がつかないねェ……。よく頑張ったねェ。はい、宇宙ポップコーンと宇宙みかんジュース。診療所の外で食べてねェ」
「む、忝い」
診療室を出ると、シャオランと鉢合わせた。
別の部屋で同時に手術を受けていたのだ。
宇宙のりしおチップスの袋と宇宙みかんジュースのボトルを抱えている。
シャオランとはあの後一言も喋っていない。
「……」
シャオランは一瞬驚いた顔をすると無言で闇診療所からでてゆく。
顔が青かった。あれは逃がしてはダメだということは金井にも理解できた。
「待ってくれ!」
ぬらりひょんの仕事は正確だ。横に流した髪を1つに結んだシャオランの、絹のような首筋には痣1つついていない。
後れ毛を追いかけるように肩を掴む。
シャオランは悪戯を咎められた大型犬のようにゆっくりと振り向いた。
やはり青い顔だ。アオイのような文字通りではなく、体調が悪そうという意味だが。
何を言えばいいのか、金井は数秒悩み――
「うな重が食べたい」
とりあえず何かして気を引こう、とまず思い、いいものを食べれば機嫌も直るのではないかという考えに直結した結果がこれ。
「……あ、うん。食べたいんだ?」
「すまんが探してくれんか」
金井では端末の機能を使いこなせない。大都市であるサンガブリエラなら日本料理屋にも鰻屋にも事欠かないだろうが、場所が分からなければどうしようもない。
「……ああ、いいけど」
シャオランが自分の端末を出し、鰻屋の場所を検索する。
案外近場に見つかった。無人タクシーを2人で拾って行く。
「議会派からの違約金がたんまり入ることになりました。今度の上陸用に給料ははずみますよ!」
とは、アオイの言だ。
金井に価値は分からないが、無人タクシーの請求と比較する限り相当な額のようだ。
鰻屋にも安心して入ることができた。
店に入り、個室の座敷席に座る。
無人レーンで出てきたほうじ茶をすすると、シャオランから切り出してきた。
「すまんね」
「む」
「わかってるよ。でもあんたが気を使うことじゃないさ」
「それは……俺は何か気に障ったことでも言ったのかと……」
「逆だよ。あの服が似合うって言われた時は本当に嬉しかったさ。でもね、そんなの当たり前なんだよ。
シャオランは美しい。ザマリンも。エマは最近盗み食いをしすぎているせいか肥えてきたが、それでも自然種では及び難い。
それの何が悪いのか、と言おうか迷っている内に、
「本当ならこのままほとんど老いることもなく30年位で死ぬ。そのはずだったんだけどね。老化を制御してた管理細胞が停止したせいで齢を重ねれば老いる――そんな体になっちまったのが怖いんだ。あたしは性歓奴隷だ。男に抱かれる以外の生き方を知らないし、それ以外に価値なんかないと思う」
そんなことはない。シャオランは楽器がとてもうまく弾けるし金井に文字や電子機器の使い方をめげすに丁寧に教えてくれた―――という言葉が喉元まで出かかったが、やめた。
自分の価値は他人が決めることではない。シャオラン自身が感謝や称賛の積み重ねによってその価値に気づかねば意味はない。
「残り60年近くまで延びちまった寿命をあたしはどう過ごしたらいいんだろうね。自分が生まれた用途に文句なんかなかったし、性歓奴隷のまま終わると思ってたのに、そうはいかないときた。アオイやルイビンは自由自由と目を輝かせて叫ぶけど、あたしは自由が怖いんだよ。選択が怖い。用途を失って生きることが怖い。怖いんだ」
前地球時代に自然種として生まれ、意識のみがこの宇宙時代で人造兵士として目覚めた金井には、根本的にこの悩みに共感することはできない。
だが、考えていたことがあった。
切腹を思いとどまった監獄で、ふと思い浮かんで消えない言葉が。
「シャオランさん、俺は、まあ、この通り抜けた男だけんじょ……その、しょ、所帯を持つくれえの甲斐性はあると思うんだ。だから―――残りの人生、せめて俺と過ごしてくれないか」
プロポーズだった。
次男だったので家督も何もなく、相手もいないので伸ばし伸ばしにしていたが、シャオランとなら所帯を持ってもかまわない。いや、ぜひ持ちたい。男やもめで生きてきた金井の一世一代の。
「馬鹿だね、あたしなんかと。奴隷に入れ込んで結婚までする奴はそりゃ稀にはいるけど、周りからいい顔はされないよ」
「全く持って意に介さん」
「子供も産めないんだよ」
「仔細承知した。では2人で生きよう」
「―――あたしの負けだよ。折れた。あんたに付いていく。これで満足かい」
「語るに及ばず」
「はあ―――」
嘆息。泣き笑いのような顔で、
「あんたが好きだよ」
アオイの手術が終わったのは最後だった。
右眼球はやはり交換が手っ取り早いらしい。
眼球の発注から手術、術後の経過観察に合計10日ほど。
それまで船員には自由時間ということで休暇を出してある。
並行して船員集めや作業用ロボットの発注など船長は忙しい。
ツォーマス、アカシュにも事務仕事をやってもらっているが、経理担当を雇う必要がある。
サンガブリエラは大金融街なので簡単に見つかるだろう。
歯の移植だけは当日中にやってもらった。抜けていると見栄えが悪い。
治療ポッドと同じ細胞活性化薬に漬けてあるので、24時間以内に完全活着するということだった。
ラインゴルド号の受けた損害はあっけなく塞がっていく。
先代船長の遺産が莫大なものだったからだ。
ただ問題もある。
ラインゴルド号の資本の大部分が、先代船長の個人資産として扱われていたのだ。
自分の口座に横抜きして、必要になった時にラインゴルド号の資本として使うという杜撰な運用をしていた。
船長には遺産を相続するような親類縁者もいないので、そのまま資金としてアオイが受け継ぐ権利がある。
相続手続きのために銀行に向かった。
サブマシンガンを持った女の戦闘用奴隷にボディチェックをされ、銀行に入る。
銀行の担当者が言うには、
「相続はしていただけるんですが、手続きに9営業日ほどいただいております」
休暇を伸ばすことにした。
すぐにでも『人類種の遺産』捜索に向かいたいところだったが、無理に急いでも仕方ないだろう。
銀行を後にして向かうのはホテルだ。海賊というグレーゾーンの立場上、表部階層の高級ホテルとはいかないが、それなりの部屋をとってある。ラインゴルド号の奴隷人間用スリープ装置やガンディの拷問部屋と比べると雲泥の快適さだ。他の船員も保安上の観点から中級以上の宿に泊まるよう指示を出してある。職業上恨みを買いやすいし、今は『人類種の遺産』という厄ネタを抱えてしまっているためである。
ホークランドから遺産の隠し場所までは50日。
海路図を使用せざるを得ないので、隠した記憶媒体を出さねばならない。
議会派の捜索で見つからなかったのは僥倖だった。我ながらよくできた隠し方だと思う。
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