Chapter 2.5 墓標に手向ける
1
ラインゴルド号が武装惑星ガンディより出港し40日の時が過ぎた。
追手がかかっている状態で人員も少ないので長期航海でもコールドスリープは使えない。
金井はというと甲板に出て剣を振ったり、シャオランの部屋に居座ることが多くなった。
暇なりに読み書きや端末操作を教わったりしている。
自動学習装置では読み書きの知識までは身に付かない。
「あんた脱出するときに手紙で連絡とったんだろ? 読めもしなかったってことかい?」
「む、あのときはな『ねっか脱獄できそうだけんじょ、脱獄していいんかなじょーもわがんね。誰かが何か指示さくれりゃあ、はー抜けちまうべ』と思ってた矢先。『何か指示』が届いたのでそのまま出てきた」
「つ、綱渡りだね。ま、結果オーライって奴か」
脱出の成功は宇宙怪獣の襲撃をはじめとした度重なる偶然によるところが大きいが、偶然を結果へと導いたのは各員の意志や行動だ。
特に船長アオイは偶然船長の座に収まった作業用
圧倒的不利の状態から議会派の精鋭剣士を斬り伏せた金井も尊敬を集めてしかるべきはずだったが、普段の言動がどうにも抜けているので微妙な扱いだ。
「ときに今さっき、何か脱走したときに言おうとしたことを思い出したことを思い出したんだが―――何を言いたかったんだべか」
「知らないよ。頭でも叩いたら思い出すんじゃないのかい」
「む、では叩いてくれ」
金井は頭を差し出す。
シャオランは剛健な剣士を自分程度の力でどうにかできるのだろうかと思い、全力でチョップを叩きこんだ。
「痛え!?」
「え、痛いの!? 弱すぎるくらいだと思ったんだけど」
殴られた金井が見たのは、壁だ。
正確には壁にかかった、銃弾で穴の開いた楽器と『MIKO FOX』の衣装。
「あ、思い出した。あの巫女装束がシャオランさんに似合うと言おうとしたんだった!」
「はあ、そうかい」
そっけない返答。思慮の足りないことを言ってしまったかとも思ったが、シャオランは苦笑。
「ま、ありがとうよ」
シャオランの部屋から出た金井は管制室に向かった。
知ったところで意味はないが、今現在どこを通過しているのか、たまに気になることがあった。
管制室にはアオイとアカシュの2人だけだ。
アオイは右目の視力補正用に眼帯型モノクルを付け、定位置である赤いビロードの椅子に座っている。
「今ですか? ぼちぼち1つの植民惑星は通過しますね。正確にはかつて植民惑星だったと言うべきでしょうが」
「かつて?」
「うーん、実際に見たほうがいいかもしれませんね。今の政情とも深い関係のある星ですから」
腕組みをして、AIを呼び出す。
「ライン、惑星『ケープホーキンス』の高軌道上に制止してください」
「あんな陰気な星によく立ち寄る気になりますね。人類はやっぱ馬鹿ですね」
文句をたれつつも、機械は主の命令に逆らうことはできない。
数時間後、その星に停止した。
惑星ケープホーキンスは環状の浮遊物で取り囲まれている。
デブリではない。全て人工衛星だ。
40年前、この星は反乱を首謀した咎で王国の制裁の対象になった。
科せられた刑は、星滅刑。
その星の全人口に対する死刑宣告だ。
事実上の絶滅戦争の末、ケープホーキンスはその制海権を王国に明け渡した。
宇宙に逃げ延びるすべを失った住人を待っていたのは浄化衛星による虐殺だ。
軌道上から対人レーザーを放ち、人間だけを丹念に1人ずつ殺す人工衛星が無数に配置され、人工40億の星から人間は消えた。
この暴挙は周囲の星系全土に伝わることとなり、反乱軍を一転攻勢に変えるきっかけになったとされる。
恒星の光を反射する美しい帯は、人類の愚行を無言で語る碑。
冷徹なる墓標だ。
この殺人衛星を撤去できないがために、ケープホーキンスの大地には焼き殺されて白骨化した遺体が野に晒されている。
剣士ならば1日がかりで衛星を撤去できるだろうが、すでに滅びた星に剣士という貴重なリソースを割くものはこの40年間ついに現れなかった。
「……1日待ってくれ。全部壊す」
返答を待たずに、金井はラインゴルド号から出ていった。
「……ふう、やっぱそうなりますか」
アオイは嘆息。管内全域に指示を出す。
「総員、1日だけ待機」
近づいてみれば、青い海と点在する陸地の美しい星だった。
この中に40億の犠牲者が眠っている。
忌々しい駄兵器を破壊しながら思いを馳せた。
老人もいれば子供もいただろう。将来の夢に邁進するものがいれば明日の生活もわからぬ者もいただろう。シャオランのように美しい旋律を奏でる音楽家もいただろう。
それらの人々は全て殺されてもういない。
これが戦争に負けるということだ。
敗者には何一つ選択する自由がない。
故郷会津を思う。
あの戦争には勝っただろうか。
帝を戴き、幕府より大政を受け継いだ薩長土肥はすでに名実ともに官軍であった。
戦術と必勝の信念さえあればあるいはとは思うが、勝った可能性は低いだろう。
金井個人としても、弾に斃れた時点で己1人の敗北を認めた。
己は敗者だ。
敗者が、敗者の墓標を整えている。
手向けはこの剣一振りきり。
それが金井・誠右衛門の持つ全てだ。
無心で剣を振っていたらいつのまにか全ての浄化衛星を破壊していた。
こんなものかと頷き、ラインゴルド号に帰還してすぐさま過労で倒れることになった。
エマは映画を見ていた。
ガンディで新しく手に入れた動画データで、並行宇宙に飛ばされた冴えない主人公がジャガイモなどを栽培して食糧難を救ったりする、いわゆる『並行宇宙モノ』と呼ばれている類の映画だ。一時期流行して粗雑な内容の模造品が大量に作られた。
ゲームか何かの影響だろうか、宇宙空間で水平に展開された艦隊が、主人公の提案した車懸の陣で敵艦隊を殲滅するシーンで笑っていると、ダブルベッドの隣に寝ていた金井が起きた。
「おはよー」
「……おはようございます」
金井の腹が盛大に鳴る。飲まず食わずで浄化衛星の撤去作業をしていたのだから当然と言えば当然だろう。
あれから一晩経って10時になった。
「解凍機あるのはあたしの部屋だけだからさー。こっちに寝かしといたけど良かったよねー?」
「忝い」
「何食べるー?」
エマはベッドから降りてエアシューターの側に立つ。
「普通食で結構だ。ただし2食欲しい」
「ほいほいー」
普通食の番号は暗記している。
単に普通食を注文すると、豆と芋を潰したものにトマトソースやカレーソースで味付けされたものがランダムで出てくる。
安価で栄養価が高いので船乗りの常食はほぼこれだ。
週2回、ソーセージとトマトソースで炊いた米料理など動物性たんぱく質を摂ることができ、大概の船乗りはこれを数少ない宇宙船生活の娯楽としている。
解凍機で3食分を作る。
エマのはグレービーソース味。
金井のはバターソースとグリーンカレー味の2種類だった。
「む、うまい。ねっかうめえ」
「そんな美味いかなー?」
金井はこんなものでも実際おいしそうに食べる。
「ここに来る前は普段食うもんなんていったら米に味噌をかけただけのもの、野菜の汁物、冬場など漬物くらいしかなくてな。まあ不満はなかったが、今のほどほどに油っこくて味の濃いものに慣れてしまうと、戻るときに難儀しそうだ」
「へー、アイズってとこも大変だったんだねー」
金井の首筋には王国軍製人造兵士としてのバーコードが刻まれているものの、本人はアイズという場所で軍務に就いていたと頑なに主張する。
そこら辺を深く突っ込んで聞いてみても彼の説明が下手でなんだか要領を得ないので、そういうことで納得することにした。
「厳しい土地だ。冬には雪が積もる」
「雪」
惑星の
植民惑星の主要都市はほぼ赤道付近にあるのでエマは雪を直接見たことなどない。
「ジェットパックを背負って雪原を横断する『ジェットスキー』?って遊びやってみたかったんだよねー」
「聞くからに危険だな!」
「背骨折って半身不随になってクローン臓器のお世話になるまでが恒例行事だってよー」
サイバネティックスが過剰発展し、労働力といえばロボットよりも人造人間の方が安上がりな世の中だ。生まれ持った体の価値は低い。
ホークランドに上陸した後の娯楽などについて少し話をしていると、シャオランが現れた。
「……」
金井に目をやるが、無言。食事だけ作って自室に戻っていった。
「セーモンが衛星斬りに行ったあたりからなんか調子でさー。嫌われることでも言ったー?」
「覚えがね……ということは間違えなく言った……」
落ち込む金井の肩をエマが叩く。
「冗談だよー。セーモンが気にすることじゃないってー。あたしとシャオランも12年来の長い付き合いだけどねー、あの子はあたしほどアホじゃないから悩みとか忘れらんないし、ザマリンほど頭が回るわけでもないから自分で解決できないんだよー」
「12年か。本当の姉妹ではないのか?」
「遺伝子的に近いかと言われるとかなり遠いねー。人種から違うしー。でも生まれた時から一緒だからねー」
「生まれたとき? 12年で? エマさんもシャオランさんも、二十歳そこらにしか見えないが」
「あたしら生まれた時からこんな姿だよー。
ロールアウト時点は10代半ばくらいの若い身体だけどねと付け加えた。
「つまり、シャオランさんは12歳……」
何か深いショックを受けているようだった。
「神経系の培養中にVR世界で情緒とか学習していくし、
「エゲレスの生まれは複雑だ……」
金井は複雑の一言で考察を放棄したようだった。
「まー、シャオランならほっとけばボロ出すと思うからー、そん時に悩みでも何でも聞いてやりなよー」
ほの暗い一室。
王国軍の戦艦の上級士官用個室だ。
他の居室に比べるとベッドの大きさなど諸々のグレードは高いのだが、部屋の主はそのようなことは気にしない性質だ。
私物と呼べるものは一切置いておらず、彼の過去やパーソナリティを特定し難くしている。
エドワード・クロムウェルは、端末からホロディスプレイを光らせて通信用のメッセージを録画している。
遠く離れた星との通信には10日程度のラグが出るため、会話をすることはできない。
「申し訳ありません。『人類種の遺産』の海路図は未だ海賊の手の中に。ですがご安心を。この小臣が必ずや御許に」
画面に対し、恭しく最敬礼を行う。国王直属の特務がそのような態度に出る相手はこの宇宙にただ一人きり。
「では失礼いたします――国王陛下」
録画を切る。クロムウェルの表情は虚無のごとく静謐だった。
Chapter 2.5 墓標に手向ける 終 Chapter 3 王に問う に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます