9
ルイビンは、宇宙怪獣と戦闘するのは初めてだった。
剣士が相手なら何度か交戦したことがあるし、全て勝ってきた。
巨大な戦艦など何百隻と落としてきたし、さらに巨大な武装惑星とも戦ったことがある。
だが宇宙怪獣の勝手は分からない。
今、彼は勘だけで戦っている。
800mの巨体に生えた無数の青白く光る触手がデブリや隕石を保持し、物理法則を超越した2本の剛腕がそれを投擲する。
原始的だが、膂力のスケールが桁外れだ。
ルイビンは100m級大出力レーザーが敵の表面体を蒸発させた隙間を縫い、触手を斬り落としていく。
触手の先端は鋭利な槍状になっており、亜光速で動き回る。当たれば剣士をも絶命させるだろう。
規格外の強敵だ。武装惑星の支援込みとはいえ交戦できているのは――
「俺が滅茶苦茶強ええからだ!!」
青龍刀が1つ、また1つと触手を斬るが、きりがない。
「急所はどこだ、畜生!」
叫ぶ。
だが集中は切らさない。
一瞬の油断が死に直結する。
視界の隅に捉えた攻撃を右手甲で弾いた。間一髪だった。
だが、その攻撃は宇宙怪獣のものではない。
「剣士だと!?」
触手に邪魔されて勢いを失したおかげで、手甲を少々傷つけるにとどまったその攻撃の主は、金井・誠右衛門だ。
幽鬼のごとき白髪が通り過ぎ、攻撃のための再加速を準備する。
「俺の自由をテメエエエエエエエ!!!」
どのようにして脱出したのか。なぜこの状況で自分に襲い掛かるのか。不明点だらけだが、気にする必要はない。
敵ならば殺せばいい。
ひとまず宇宙怪獣の攻撃範囲の外へ出て、敵の剣士を迎撃する。
金井は脱出した直後、とりあえずツォーマスのところへ向かったが、
「お前がいたら自爆される可能性があるっつーのになんでこっち来るんだよ! とっとと上に出ていけ!」
怒られて宇宙に出た。
どのような原理かは知らないが、剣士は機器無しで通信を行うことができる。
アオイからのビデオ通話が来た。
「アオイさん、その顔は!?」
生々しい拷問の跡に驚く。
「そんなことは後でふ! 命令でふ! 敵の剣士と交戦して、生け捕りにしてくださひ!」
敵の剣士とは、2亜光分ほど向こうで巨大な怪獣と交戦しているあの派手な奴の事か。
「心得た!」
飛び立つ。もとより許す気など金井にない。
宇宙怪獣の触手に阻まれつつも斬りかかったが、浅い。
二正面は不利と見たか、敵は宇宙怪獣の攻撃範囲の外に脱出した。
「逃さん!」
生け捕りにしろとの指示が出ている。剣のこと以外を考えるのは苦手だ。
斬れと言われたならば言われたものだけを斬って見せよう。
加速し、敵と相対する。
敵の構えはこちらから見て逆立ちになり、上方――すなわちこちらの頭に剣先を向けた奇態である。
上下左右のない宇宙戦闘においては一般的ではないながらもあり得る構えだが、嘉永生まれの金井には慣れないものだ。
さらに武装惑星からの支援がこちらの加速を阻む。
十分な加速が得られないまま、圧倒的リーチから青龍刀が襲い掛かる。
「攔!!」
一合。
敵は円を描くように青龍刀を回す。
こちらの刀を絡めとる心算だ。
こちらから当てるように弾き、凌ぐ。
すれ違う。
一合でわかる。クレイモアの剣士と同じく強敵だ。半生を剣に捧げた強者だ。
「自由も自由にやりやがってこのクソが! テメエの相手をしてる暇なんざねえんだよ見りゃわかんだろうが!」
宇宙怪獣は今なおガンディへの攻撃の手を緩めてはいない。放置すれば犠牲者が増えるだけだろう。
「問答無用」
だがそんなことは知ったことではない。今重要なのはこいつを生け捕りにすることだ。
二合目。
またもレーザー攻撃に阻まれ加速がうまくゆかない。
敵はガンディの武装を熟知し、こちらを誘導しているようだった。
剣士としてではなく、将としても一角の器だ。
感心している暇はない。
こうなれば凌ぐ他に手はない。
敵の構えはまたしても逆立ち。
青龍刀を担ぎ、上段に構えた。
下手と知りつつも受けざるを得ない。
「攔!」
骨を砕かんばかりの衝撃が太刀越しに伝わる。
さらに
「拿!」
物打から敵の刃に弾かれる。
金井の首はがら空きだ。
「扎!」
打ち、弾き、突く。一連の動作はよどみなく必殺に繋がる。
だが、金井はわずかに顔を傾けたのみで抜けた。
一合打ち合えばこの程度は読める。
読めていれば、弾かれる前から回避動作をとり、打ち込む位置を誘導することは可能だ。
「時間がないのはこちらも同じ。次で仕留める」
ルイビンは5亜光秒の距離から敵の動作を見る。
ガンディ周辺は、長年の戦争で溜まった宇宙船のデブリがそこら中に漂っている。
ガンディの支援が不利と見たのか、相手はデブリの陰に隠れた。
「自ら自由を断つかよ。だが無駄だぜ」
加速を失った剣士には何もできはしない。
レーザーの砲撃が艦艇の残骸を残骸とすら呼べない塵に変えていく。
砲撃が過ぎるタイミングで突撃。まともに動けない敵を斬ればよい。
しかし、金井は来た。
亜光速まで全開で加速をしている。こちらと同等の速度だ。
残骸を盾に、蒸発するギリギリのタイミングで潜り抜けてきたのだ。
恐るべき天賦の才。
弾きを成功させた青龍刀をああも見事に避けられたのが初めてならば、このような方法で対艦レーザーを避ける剣士も初めてだった。
認める他はない。
敵は強い。
伝説に謳われた剣聖にすら届かんばかりの豪傑だ。
だが分はまだこちらにある。
相対速度が上がった現状、逆さ状態からリーチに勝る青龍刀を凌ぐ術はない。
受ければ受けた腕ごと脳天を叩き割る。
凌げば威力に勝るこちらが弾き勝つ。
避けることなどまず不可能だ。
打ち合いの距離に届く。
金井の構えは八相だ。
受けからのカウンターを狙うつもりだろう。
こちらの指先くらいなら落とせるか。
だが指先と首を交換することはできない。
再び上段より落とす。
金井は―――左手で刃先を握りこんだ。
1本の棒を両手で掲げるような、異な構え。
そんなもので凌げるものか。
刃と刃がカチ合う。
瞬間。
「む!!!」
鉄棒前転のごとく、ルイビンの青龍刀を支点にして宙返りをした。
打ち込みの勢いを利用したムーンサルト。
だがまだだ。これでは足りない。
足りない威力、足りないリーチは、青龍刀の柄を左手で掴み―――引き寄せることで完全とする。
ルイビンの身を引き寄せた先に待つのは、太刀の刃先だ。
左肘の関節に刃が深々と刺さる。引き抜く代わりに、横に捻りを加えて斬り外し、左腕を皮一枚で繋がったような状態にした。
「自由―――――――!!!」
ルイビンが叫ぶ。
その間に、金井は宙返りの動きそのままに飛び去り、無形の構えで残心を決めた。
残心中の金井はルイビンが片手で青龍刀を持ち、いまだに抗戦の構えを崩さぬのを見た。
太刀を鞘に納め、飛翔する。
片手で突いてくる青龍刀を無刀取り。相手の懐に潜り込み右肩の関節を極める。
青龍刀は邪魔なので放擲。
太刀を再び左手のみで抜刀し、ルイビンの首を抑えた。
「殺せええええええ!!! 殺せえええええええええ!!! 俺を自由にしやがれええええええ!!!」
「お主も士分ならば大人しゅうせい! いい大人が情けないとは思わんのか!」
流石の金井でもこれは引く。
ルイビンはなおも喚き続けるが、
「うるせえ!! 黙れ!!」
思わぬ方向からの一喝。鬼気迫る声だ。金井も一瞬気圧された。
直感的に見るとガンディが10亜光秒程度の距離に近づいていた。位置的には中枢を正面に見る形だ。
宇宙怪獣がどうなったのか、ガンディの陰に隠れて見えない。
戦っている間にここまで来てしまったらしい。
「今のテメエにそんな自由があると思ってんのかこの〇○○野郎が!!」
金井には理解のできないスラングで罵るのは女の声。
ルイビンの副官だった。
「あ、はい。ごめんなさい」
ルイビンが大人しくなった。
あのまま騒いでいれば望み通り30分を待たずに失血死していただろうが。
ひとまずこちらの戦いは落ち着いた。
「宇宙怪獣はクロムウェルが対処して撤退させたわ。そいつのボスが人質として扱うそうだから、ラインゴルド号の治療ポッドで止血をすることね。その腕も、ちゃんと治療すれば30日で繋がるわよ」
アオイの目的はこれだったのか。
ルイビンを人質にして安全に脱出する。なにせ剣士でここの最高責任者だ。大概の要求は通るだろう。
銃撃を受けて蒸気を放つ変形した扉を開き、アオイとシャオラン、エマ、ザマリンが出てくる。
最早誰も手を出そうとはしない。
アオイが端末に向かって叫ぶ。
「野郎ども、錨を上げほ!!」
ツォーマスを始めとした一同がラインゴルド号を動かした。
重力子スライドエンジンに火が点り、マニピュレーターが外されていく。
そして無重力の大海へと出港する。
中枢区画からシャトルを経由しアオイ達を拾い上げ、次に金井とルイビンを拾った。
一人の剣士が武装惑星を背に浮かんでいる。
クロムウェルだった。
片手に剣を持っているようだが、どのような得物かうかがい知ることはできない。
総じて装甲の薄い剣士だ。
一つ目の仮面に、風もないのにたなびく白い鉢金。
体のラインがそのまま浮き出ている黒いインナーのような上半身は、白銅色の手甲のみが防具。
半面下半身は鶯色のたっつけ袴に脛当て、佩盾を備えている。
袴には鮮やかな白い花があしらわれている。
「やれやれ、骨折り損のなんとやらでしたか」
溜息と独り言。
「まあ、行先は分かっています。次でなんとかしましょう」
彼は遠く、ある一点を見ているようだった。
「宇宙怪獣ファフニール。実在するということは、やはり『人類種の遺産』は在るのですね」
ルイビンはラインゴルド号内部の個室に軟禁されていた。
軟禁とはいうものの、手負いとはいえ剣士を押さえつけることなど不可能に近いために実質野放し状態だ。
それにしても、捕虜なりの態度というものがあろう。
「おいザマリン、酒持ってこいや!」
「飲むの!? さっきまで半日治療ポッドに入って生死の境をさまよってたのに、飲むの!?」
「飲まねえでやってられっか! 怪我を治すにゃまず酒だ。酒は栄養があるからな!」
「人工血液入れすぎたんじゃないの?」
捕虜の他に部屋にいるのはザマリン、金井、アオイの3人だ。
先ほどザマリンが酒を取りに出ていったので金井とアオイ、ルイビンが取り残された。
ルイビンは椅子に座っている。
船長と金井は床に胡坐をかいていた。
「これじゃどっちが勝ったんだかわかりませんねえ」
アオイもその後治療ポットに入って、拷問で受けた傷はある程度塞がった。
火傷の跡の皮膚はパリパリとしているし、爪はすぐに生えてこない。
歯は新しいのを移植しなければならなし、視力にも後遺症が残った。きちんとした医者に手術をしてもらわねばならないだろう。
「なあ、剣士よ。テメエ名前は」
「金井・誠右衛門」
「シェイイェンモー? ややこしい名前だなおい。俺はワン・ルイビンだ。シェイよ、テメエの事は一生憶えといてやるぜ」
「む、そうか」
こうして話してみれば、少々癖はあるものの中々の好漢だ。立場が違えばわからないものもある。
「テメエ、遺産とやらを手に入れた後はどうするんだ」
「会津に帰る。俺には仕えるべき殿がいるのだ」
「あんだよ、そいつがお前のボスじゃなかったんか」
ルイビンはアオイを無遠慮に指さす。
「アオイさんとは成り行きで協力しているだけだ」
「成り行きですねえ」
「で、アイズってのはどこにあるんだ。方々王国中を転戦してやったが、アイズなんて星聞いたこともねえぜ」
「日本だ」
「ヒノモト……? そいつならどっかで聞いたことあるような……まあいいや、道が決まってねえってのはいいことだ。テメエはこれからそのアイズまでの道を自由に選べる。ま、ホークランドに着いたら首都の星立図書館を調べてみることだ。禁書ばかりの大本星のアーカイブよりもよっぽど使いもんにならあな」
ザマリンが酒を持ってきた。カクテルのようだ。
ルイビンは盆からグラスを取り上げると一気に煽った。
酒は『GYPSY』のメニューを憶えていたザマリンが、わざわざメニューにないものを選んできたものだった。
「儲けたな。飲んだことねえ味だ。さて」
椅子から立ち上がる。平静を装ってはいるが、左腕にはギプスと生体フィルムが巻かれている。本人の細胞から培養し、安静にしていればそのまま体組織と一体化してしまう優れものだが、半日では仮止め程度でとても癒着などできない。鎮痛剤も抜けていないはずだ。
「帰るぜ」
「まだ約束の期限まで半日はあるんですが」
「そうだよ! その状態じゃまた傷が開くよ!」
「いいんだよ俺は。帰りくらい自由にするさ」
ルイビンがハッチを開け、ラインゴルド号を出ていく。
変身した右腕を上げてサムズアップをした。
「あばよテメエら! 自由にな!」
そうして議会派の剣士は己の場所へと戻っていった。
彼がこの後一国を戴き名声を自由に得るのか、あるいは風来坊として自由気ままに宇宙をさまようのか。それは彼だけの自由だった。
Chapter 2 龍檻に囚わる 終 Chapter 2.5 墓標に手向ける に続く
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