剥き出しの岩壁に囲まれた地上20mほどの橋から、居住棟へと入ることができる。

 居住棟は3階建ての安アパートの様な外観で、内部は4畳半の人工フローリング床だ。

 捜索に来たという議会派兵は、そこら辺の兵士や労働者とは毛色の違う雰囲気だった。

「おいおい、荷物検査は初日にしたじゃねえかよ」

 玄関越しに相対するツォーマスは冷や汗だ。

 見た感じやる気十分で、冗談が通じるようには見えず、しかもなぜか王国軍の黒い制服を着ている。

「口答えできる立場か。次は銃殺する」

 大人しく、2名の兵士を部屋に上げてボディチェックまで受ける。

「ここには無いか。3部屋、荷物だけで人のいない部屋があったようだが、貴様説明しろ」

「知らねえよ。あの3人、いつの間にかどっか行っちまったんだ」

「……隠し立てはためにならんぞ」

 兵士が拳銃を抜く。鉛の弾丸を固形火薬で発射する原始的な銃だが、グリップに装着された反動制御装置のおかげで宇宙空間でも撃てる仕様になっている。

「おい、ツォーマス。あたしの部屋が荒らされてんだけど――お取込み中かい?」

 2日ぶりにシャオランが現れた。

「シャオラン、お前どこ行ってたんだ」

「中枢だよ。エマとザマリンもそっちにいる」

「中枢だと……チッ、怠惰な連中だ。捕虜を行かせたのか」

 苦虫を噛み潰したような顔だ。ガンディ駐留の仲間とは折り合いが相当に悪いらしい。

「女、この記録装置は貴様のか」

 シャオランに見せてきたのはごくごく一般的な半導体記録装置だ。

「そうだけど」

「中身はなんだ」

「ただの音楽だよ。見りゃわかるだろ」

「ふん―――こちらホテル1だ、物理ドライブを持ってこい」

 別の部屋を漁っていた仲間が、トランクケース型の大型端末を持ってきた。

 スペック的には通常の暗号程度なら破れるだろう。

 記録装置を挿入し、中身を全て確認する。

「このデータは?」

 指さしたのは、曲名ではなくただの番号が羅列されているだけのファイルだ。

「ラインのデーターベースから適当に見繕って抜いてきたからね。こいつは覚えがないよ」

 再生する。

「――――!!!」

 雑音だった。禍々しいまでの耳障りな雑音が再生された。

「なんだこれは――ソースにも容量にも異常はないな。偶然録音されたただの雑音――といったところか」

 そして1時間ほどでチェックは完全に終了した。

「確かに、音楽データしか入ってないな。下らん」

 ツォーマスの部屋に記録装置を投げ捨て、シャオランのボディチェックをする。

 無論、シャオランが『MIKO FOX』で借り受けた胡乱な巫女装束は全部脱がしてだ。

 内心頭にきたが、ツォーマスは無言で外に出た。

 最後に見たシャオランの顔は無表情で毅然としていた。

 考えていることは同じだろう。

(こいつら絶対ブッ殺してやる)


 クロムウェルの部下たちは撤収して、ツォーマスの部屋。

「俺はお前らの上官でも何でもないがな、勝手に雲隠れされる方の身にもなったらどうだ」

「悪かったよ。あたしらの端末からの通信が遮断されてたんだ。でも何もしてないあんたらと違って、成果もあったんだしいいじゃないか」

 それはそれで正しい。

 現状の非常事態なら少しでも脱走の糸口を探すほうが正解だろう。

「王国軍の元士官、それも俺たちを散々殺した剣士の部下か。まあ、頼もしいといえば頼もしい。で、船長の居場所は」

「ザマリンが昨夜ここのボスから聞き出したよ。本当にクロムウェルとあの大将は仲が悪いんだね」

 中枢の一角、拠点にしている歓楽街から4kmほど離れた場所に、アオイは拘禁されている。

「奴らクロムウェル直属の部下と人造兵士ソルジャースレイブが警備を担当しているらしい。事を起こすならドンパチは避けられないね」

「そうか、勝ち目は……現状無いだろうな」

「まあ、無謀だね」

 戦闘訓練を受けた船員や奴隷人間スレイブマンは全員殺された。というより、生き残り組は戦闘の役にはまず立たないと見なされたおかげで助かったようなものだ。

 金井の戦闘力が突出しすぎているために戦闘行動に対する不安は無かったはずだが、今の事態はなんだ。

「他の連中とも情報交換だけしたらあたしはもう行くよ。元々日帰りの予定で、楽器とこのデータだけ欲しかったんだ。無いと落ち着かなくてね」

「楽器か。音楽くらいなら聞いたことはあるが、演奏を生で見たことはないな。聞かせろよ」

 21日間の航海中も、作業担当と慰安室担当が交流することは、ブリーフィングなどを除いて全くなかった。

 お互いがお互いを別の世界の住人のように認識していたためだ。

「はっ、あんたも素直になってきたね」

 シャオランが笑う。

 3人姉妹の中では一番近寄りがたい雰囲気だったが、なんとなく性格が掴めてきた気がする。

「一言余計な奴だな」

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