長い夜が明けた。

 基本的に、性歓奴隷セックススレイブは夜型だ。

 午前は丸々寝過ごし、起きたのは13時を回ったころだった。

 武装惑星ガンディは自転こそしていないが、前地球時代に倣って人口太陽の回る周期を24時間に調節し、1日としている。

 別の惑星にはまた違った暦もあるが、おおむね1年365日の銀河標準歴と併用だ。

 厄介になった娼館は少々特殊な性歓奴隷が従事しており、彼女らは獣の耳を持っていた。

 白と赤のワフクに身を包んだ彼女たちの働くその娼館は『MIKO FOX』の看板を掲げていた。

「うぇー、その耳本物なのー?」

 着替えがなかったので、エマも同じワフクを着ている。小柄な娘が多い店だからか、少し窮屈そうだ。

「おうともさ。100パーセント生体パーツ製、神経もつながっておる本物じゃぞ」

「その変な喋り方は?」

「開店以来400年前からの伝統じゃ。由来は知らん。先代のそのまた先代も使っておったそうじゃ。元をたどれば、儂らを作っとるホークランドの老舗奴隷プラントあたりになるんじゃないかのう」

 狐耳の娘は、名をウキグモ・ダユウと言った。ダユウというのは『MIKO FOX』の仲間たちに連綿と続く共通の姓のようなもので、これまた由来は不明瞭だった。

「なんかセーモンみたいな名前だねー」

「『セーモン』と『ウキグモ』じゃ似ても似つかんと思うんじゃがのう」

 ともあれ、需要の隙間を縫って王国時代から細々と続いているらしい娼館は、確かに400年の伝統を感じさせるに足るものだった。

 手狭だが、妙に居心地はいい。

「腹が減っておるのならそこらへんで食事でもとるのがよかろう。芋と豆メインの普通食ならトークンなしで提供しとるぞ」

 近場の食堂で、遅い朝食をとることにした。

 レンズ豆とトマトのスープ、茹でた芋を唐辛子と合成バターで和えたもの、それから平べったいパン。宇宙バラマンディの切り身がついてきたのはうれしい誤算だった。

 総じて質素だが、航行中に食べる普通食はもっとひどい。毎食豆と芋を潰したようなものが出てくるのだ。シャオランたちは船内でも特殊な立場にいるために、先日のうな重のような豪勢な食事をとることも稀にあったが、基本は普通食だ。

 大豆由来の合成ミルクと近場のコロニーから仕入れているであろう粉末コーヒーをゆっくり飲んでいれば、貴重な時間も過ぎていく。

 店内の壁にはホログラムが映されており、ホークランドやニューブリスター産の映画や番組、基地内の工事予定などが適当に流されている。

 その画面が、宇宙空間に変わった。

 変えたのはウェイトレスだ。手元の端末を操作して、チャンネルを変更した。

「今日も始まる」

 何が始まるというのか。答えは画面の中にあった。


 剣士がいる。

 過度な装飾が施された黄銅色の明代めいた鎧。頭頂に赤い飾り紐をあしらった饕餮紋の仮面兜。鎧の下のスカート状の服には豪奢な龍の刺繍が施されている。

 総じて派手な剣士だ。幽鬼の様な金井・誠衛門とは真逆である。

 しかし最も目立つのは、やはり剣だ。

 剣士の象徴。前地球時代の一時期使われた戦道具。何の理由があってかこの宇宙時代に蘇ったそれは、かつて前地球時代の先祖が使用していたものとも、本人の心象を映し出したものとも言われている。

 彼の剣は長柄。俗に青龍刀と呼ばれる大刀である。

 剣士の武器は剣に限られ、槍や矛といった類のものはまず発現しない。

 だがときたま、薙刀や長巻など長柄の武器が剣とみなされ発現することがある。

 そうなったものは幸運だ。まずリーチが圧倒的であり、突進力に加え遠心力も剣先に乗るために、純粋な意味で強力な武装となる。

 長柄武器を持つものは、剣士の中でもまず最高位にまで上り詰める。

 ルイビンが若くして近衛に配属されたのも頷けよう。

 その男、ワン・ルイビン。議会派にして数多の戦役を潜り抜けた至強の剣士。

 前線を離れて久しいが、その腕は微塵も落ちてはいない。

 夜はクラブに入り浸り酒とドラッグ漬けの毎日だが、昼は他の剣士と同様鍛錬を欠かしていない。

 常の鍛錬は1億に1人の稀なる才能を開花させたものの義務だ。

 ルイビンとてその例に漏れない。

 その鍛錬とは、まず数百ものレールキャノンの砲門に向き合う。

 そして、1亜光分の距離より飛び立ち、身に降りかかる弾幕を一つ残らずすべて斬り捨てていくのだ。

 最後に砲門の内側にもぐりこみ、ゆっくりと降り立つ。

 その後3時間もの間ひと時も休まず套路という型稽古を繰り返し、再び砲門と向き合い、弾幕を斬る。

 これが1日たりとも欠かさず行うワン・ルイビンの鍛錬である。

 剣士が相手になればこのようなことせずに済むのだが、クロムウェルはどういう理由か模擬戦を持ち掛けても断る。

 絶対数の少ない剣士のこと、味方ならば、その剣技を切磋琢磨するのは半ば義務ともいえるのだが―――

「それも奴の自由だ。全く気に食わねえが。俺の刃、実戦で突き立ててほしいのか」

 義務という言葉は気に入らない。

 太刀筋を秘するのも剣士の自由だ。

 今はそれでいい。


 なお、3人は套路が10分を過ぎたあたりで飽きて店を出た。



 中枢区画の司令部エリア、最高司令官用の官舎にルイビンはいた。

 トレードマークのサングラスはさすがに付けていない。

 高位貴族に対応するため贅を凝らした邸宅は、今やルイビンが鍛錬の汗を流すための大浴場くらいしか使われていない。

 獅子や麒麟の彫像が遊ぶ豪奢な浴場は、一時期の王国の隆盛を忍ばせる。

 ぬるい湯が隆々とした筋肉の熱を奪っていく。

 戦艦に乗り、王国軍と戦っていた時期には湯をなみなみと張った風呂になど入ることはなかった。

 4日に1度、蒸気式の洗浄機の中に入って終わり。

 それはそれで刺激的で愉快な日々だった。

 今、ルイビンの傍らには女がいる。

 議会派として活動するようになった際、副官としてあてがわれてから、こうして愛人を兼ねるようにまでなった。

「前線から離れてから、貴方退屈そうにしてることが多くなったわ」

「退屈もクソもねえだろ。テメエが自由にやった結果だ。俺も自由にやったし、これからも自由にする。それだけじゃねえか」

 名目上、剣士が提督や司令官になるのは通例だ。

 彼らは強く、希少で、象徴的である。

 しかし剣技以外のもの、複雑を極める宇宙戦の指揮や政治能力まで磨くのは、希少な剣士という能力の浪費である。

 実際として身分相応の発言力はあるし、引退した剣士が政界に進出するということも珍しくはないのだが。

 この女、その服装から初見のものにはただの情婦と見られがちだが、ワン・ルイビンの右腕として議会派の艦隊を指揮、大壁境グレートウォール戦役に勝利し、武装惑星ガンディ占領を最小の損耗で導いた相当のやり手である。

 この武装惑星の事実上の最高指揮権は、彼女が担っていた。

「これからよ。これから貴方を主席とした軍閥政権を樹立して周辺宙域一帯の独立を宣言。お隣のホークランドとの折衝やケープホーキンスの再テラフォーミングなんかにも手を付けなきゃいけないし――まあ、とにかく暇なのは今だけってことよ」

「国が欲しいか」

「貴方の国よ」

「自由になれよ。テメエが自由に欲しがって、テメエが自由に用意した椅子だ」

「私は事を起こすたびに貴方に自由にしてもらってるわ。そのたびに、貴方は私についてきてくれた。感謝してるのよ?」

「国が欲しいか」

「欲しいわ」

「じゃ、自由にしろや」

 これ以上の会話を拒絶するように、ルイビンは頭を浴槽の縁に投げ出した。

「先に出てるわね」

 浴槽から出た女の裸体が露になる。

 女にしては、骨が太い。

 女にしては、腰の位置がやや低い。

 女?

 そうだ、7年前、ホークランドで悲願の手術を果たしてから、彼は女になった。

 顔を変え、声帯を変え、乳に脂肪をつぎ足し、自身の細胞から培養した子宮も移植した。

 未だ両方の性器がついているのは何の諧謔か。

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