縦長の固いシートに3人の女が座っている。

 シャオラン、エマ、ザマリンの姉妹だ。

「まさか本当に乗れるとは思わなかったよね」

 ザマリンは乾いた笑いを漏らす。

 3人は中枢へ向かうシャトルの中にいた。

 シャトル内は無重力のため、全員ハーネスを着用している。

「軌道エレベーターに乗ろうとすりゃ『乗り降り自由の張り紙』、シャトルに乗ろうとすりゃまた『乗り降り自由』の張り紙って、何考えてんだろうね」

 王国軍が張ったものではあるまい。議会派の手に落ちてからこのような状態になったのだ。

「トップの顔が見てみたいよね。宇宙ゴリラが司令官やってんじゃない?」

 ステーションにいた議会派兵士に中枢へ行くシャトルの乗り方を訊いたのはエマだった。

 まさか捕虜の変な女に教えるとは思ってなかった。

「モヒカンのゴリラだ」

 それまで聞いてただけの議会派兵士だった。

 兵士とはいえ武装惑星の保守整備が主な仕事の自然種ナチュラルなので、人造兵士ソルジャースレイブのような体格はしていない。

「ウチの司令官はモヒカンのゴリラだぜ」

「じ、人語は解すのですか?」

 基本的に、エマは楽観的でいい加減な性格だ。シャオランとザマリンから見ても『アホなのでは?』と思うことがしばしばある。

「鳴き声はある」

「どんな!?」

「見りゃわかる」

「あひゃひゃ、見てみてー!」

 サウザンマリナー星系の出身というその男は、休暇を使って中枢の歓楽街に行くのだという。

「5年前に攻略してから少しの間はもっとピリピリしてたんだけどな。元々司令官の方針で規律を重視しない実力主義的な軍だったのが、戦いから離れりゃこんなもんさ。良くも悪くも個人主義の連中なんだな」

「それは不満って意味?」

「不満なもんかい。戦争はじきに終わるってことだ。クソみてえな王国の言いなりになる時代も終わる。せいせいするよ」

 海賊としていくつもの星系を移動してきたエマたちだからわかる。大勢はほぼ完全に議会派に傾いている。100年続いた戦争も終わるのだ。

 3人は男に付いて歓楽街に行くことにした。


 吹き抜けの町一つ分もある空間にブルーやピンク色のネオンが怪しい光を放つ。ここは白を基調とした無個性な風景が延々と続く武装惑星の中にあって、異質な区画といえた。

 元来は酒場や性歓奴隷が許されている以外個性のない娯楽区画だったらしい。

 王国が支配していた500年の時を経て、料理人も性歓奴隷も様々な文化を取り込み、議会派の方針で管理者の自由裁量を認めた結果こうなったということだ。

「まるでホークランドみてえだろ? 行ったことないけど」

 自由惑星ホークランドは、しばしばあらゆる娯楽やビジネスが氾濫する理想郷として語られる。

「俺はとりあえずスシを食いに行くよ。プラントで養殖してる宇宙バラマンディーと宇宙カムルチーしか出せねえんだけどな。大将に会いたけりゃ一番奥の『GYPSY』ってクラブに行くといいぜ」

 言い残し、男は去っていった。

「クラブにいんの? 司令官が?」

 シャオランの脳裏に平和ボケという文字が思い浮かんだ。

「行ってみる?」

 行くことにした。


 一番奥の角地にそのクラブはあった。

 鮮やかなホロネオンが『GYPSY』の文字を浮かび上がらせている。

 立派な門構えは、特に警備なども置かれていないようだった。

 聞いたこともないような騒々しい音楽が流れている。

 壊れた機材に可能な限り大音量で録音したような、一言でいうなれば雑音だ。

 こんな歪んだ音楽が受け入れられることは長い人類の歴史を紐解いても一切ないだろうなとシャオランは思った。

 実のところ、この音楽は前地球時代のパンクロックというジャンルで、ノイズ交じりの歪んだ音はエフェクターという機材でわざわざ作っているのだが、シャオランはそんなことなど露も知らない。

 防音扉を開いて室内に入るとさらにえげつない大音量が耳を切り裂く。

「ひでえ……」

 シャオランは顔をしかめ、ザマリンはしきりに腑に落ちない顔で首をかしげている。エマの笑顔からは思考が読み取れない。

 箱の大きさに比して、客の入りはまばらだ。

 ヴェポライザーからドラッグを吸入して長椅子に伏している女兵士に、司令官はいるかと尋ねてみた。

「司令かあん? ああ、大将なら上の方じゃない」

 女が指さしたのは中2階のVIP席。モヒカンのケバケバしい筋肉男が女を侍らせてヴェポライザーをくゆらせている。

 見るからにダメな人間だ。

 警戒させないがため、ザマリンだけ上がることになった。

「あんたがここの司令官?」

「あ?」

 男が睨む。剣呑な雰囲気だが、殺気立っているというわけではない。ジャックの相手を長年してきたザマリンにはそれが分かった。

「何が司令官だ。俺を所属とか階級で呼ぶんじゃねえ。真の自由はそんなもんに縛られねえんだ。俺はルイビンだわかったか」

 かなり深くダウナー系のドラッグを吸い込んでいるようだが、ルイビンの雰囲気におかしいところはない。恵まれた肉体、気力を持て余しているようだった。

「ラインゴルドの奴だな。ここまで来たかよ。いいさ自由だ。お前らが何をしようが知ったこっちゃねえ。自由だ」

 成程、鳴き声。

「議会派は遺産を追ってるんじゃないの?」

「俺はそんなもん欲しくもねえ。クロムウェルの野郎が自由にやってんだ」

「そいつ誰?」

「国王直属の剣士隊には2種類ある。護衛役の『近衛』と極秘任務を遂行する汚れ役の『特務』だ。奴は今なお特務に所属しながら議会派の遊撃剣士を自由に名乗ってるコウモリ野郎だよ。あの黒い制服を見るだけでも虫唾が走る。とっとと出てけよクソが」

 議会派は決して一枚岩の組織ではない。もとより広大な王国領内、建国以来様々な軍閥が興り消えていった歴史がある。現在の議会派は軍閥の集合体のようなもので、革命成功の暁にはそれぞれ独立不干渉の立場をとる協定が結ばれている。

「あのなんちゃらとかいう剣士出してやろうか。クロムウェル野郎への嫌がらせにもなるし、俺も久しぶりに剣士とやりあえる」

「え? ほんとにほんとに!? ありがとールイビンさん!」

 ルイビンの傍らで端末をいじっていた女が、姿勢を変えて彼にしなだれかかる。

「火遊びはしないでちょうだいよ?」

 自然種のようだが、見た目はなんとなく性歓奴隷に似ている。胸元の空いた上下一体型の服からもそういった印象を受けた。

「あー! あー! 冗談だよ! あんな奴解き放って俺の同志が生きる自由を奪われてどうすんだ! テメエらは自由に生きて自由に死ね!」

 また、ヴェポライザーを深く吸い込み、グラスの酒を一気に煽る。

 ザマリンは新しい酒を注ぎ、自分で飲んだ。

「自由だなテメエ! 気に入った! 下にいる奴らともども、またここに来るのも自由だ。俺は大概ここの最上階で寝泊まりしてる。ここにいなきゃ別の居住区なり倉庫なりで自由に寝てるぜ」

 ルイビンの奢ってくれた『GYPSY』の食事はなかなか豪勢だった。宇宙カムルチーのマリネと天然バターを絡めたマッシュポテトは冷凍の保存食では味わえない絶品だ。

 騒々しい『GYPSY』で寝泊まりする気にはなれず、エリア内の娼館に泊まることにした。

 ルイビンは口が軽い。あるいは機密でも何でもないことなのかもしれないが。

 歓楽街に居座るのはいい情報収集になるだろう。


 

 薄暗い室内。強化ラバーの拘束服を着せられて椅子に固定されているのは、アオイだ。

 歓楽街や司令部のある中枢区画。シャオランたちのいるエリアからは4㎞程度しか離れていない。ポーター車を利用すればさほど時間はかからないだろう。

 しかし、周囲はクロムウェルの部下によって厳重に警備されており、やすやすと近づくことはできまい。

 目隠しを外し、最初に映ったのはクロムウェルの鋭いまなざしだった。

「お久しぶりですね、船長」

「クロムウェル……」

「―――いやあ、私の部下もラインゴルド号の船内くまなく探してはいるんですが、なんせ戦艦の巨体から手のひらサイズの記録媒体を探すのは難しい。あの口の悪い管制システムのログを漁ろうにも、中々強いセキュリティで時間がかかりそうだ。そもそも、命綱になるような重大な情報をあんな目立つ場所に隠すとも思えませんしね」

「さあ、どうでしょう」

「貴女が喋ってくれれば話は早いんですよ。明確な正体もわからないものに命を懸けるのは馬鹿馬鹿しいと思いませんか?」

「意地でも渡しません。何であれあれは我々のものです」

「では正体を教えて差し上げよう。あれは初代国王の埋蔵トークンです。莫大な額ではありますが、命は金には代えられない。違いますか?」

「私の命の額を勝手に査定しないでください」

「……」

 無言で、クロムウェルの手が動く。

 鋭い痛みが左手に走ったと思えば、爪と指の間に針が刺さっていた。

「もっと深く入れたほうが針治療になっていいですかね」

 拘束された手に、ゆっくりと、しかしすさまじい力で針が入っていく。

「10本全部が終わったら、次は爪を剥ぎます。手が終わったら次は足で同じことをします。足の次は歯を一本ずつ抜いて。その次は三半規管を特殊なペンチで引き抜きます。次も聞きたいですか?」

「どうぞ」

「熱したナイフで片方の目玉をくりぬき目の前で食べます。もう片方はその次の、そのまた次の拷問を効果的に行うために取っておきましょう。では拷問の続きを始めましょうか。時間はまだまだありますよ。ゆっくりやりましょう」


 その日は、左手の爪までで終わった。

 ときおり思い出したように蹴りを入れられたので肉由来のじんわりとした痛みが続いている。

 クロムウェルの退散を見届け、アオイはあざけるように笑った。

「あの程度で痛めつけた気になっちゃって、可愛いったら」

 奴隷人間は痛みに強い。デブリが直撃して肉が爆ぜることなど日常茶飯事だし、その程度の事でいちいち大げさに騒いでもいられない。

 最悪、目やその他の器官はホークランドで新しいのを調達して移植すればいい。もとより作り物の身体だ。気になどするものか。

 寿命はすぐそこまで迫っている。最低でも7日以内に脱走せねば。わずかな隙も見逃してはならない。



 金井が囚われているのは、最初に通されたヴィジタールームだ。剣士を下手に動かしたところで脱走されれば武装惑星そのものが壊滅の憂き目にあう可能性すらある。

 超一級の危険物の待遇は、しかし悪くはなかった。食事は3食きっちりエアシューターで運ばれてくるし、暇なら(刀を出すことこそできないが)身体を動かす自由はあり、埋め込み式の端末からローカルラジオも聞けた。

 だからこそ、もどかしい。

 アオイは、ラインゴルド号の船員は、エマは、ザマリンは、シャオランは、どんな目にあっているのか。

 自分はどうやらかなり特殊な才能を持ってこの異邦まで流されたということは金井にもわかる。

 この好待遇はそれ故だろう。

 だが彼女らは生まれとしては奴隷に位置づけられるらしい。いかなる無法な扱いを受けるものか。

 乏しい想像力が延々脳をかきむしり、この鈍い男には珍しく夜も眠れぬほどだった。

 時計に示された夜が明けてみれば、鏡にはひどく凶相の己が映っている。

 残り時間は少ない。なぜだか知らないが、残り数日で自分たちは皆自然に死ぬらしい。猶予はあと13日しかないのだ。

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