クロムウェルはピンク色を基調とした悪趣味な部屋で待っている。

 既にスーツは脱いでおり、黒い王国軍特務の制服だ。

 剣士の鋭敏な聴覚は、遠くの区画から聞こえてくる、やはり悪趣味な前地球時代のアナログ音楽を聞き流していた。

 不必要なほど派手な音を立てて、その男は入ってきた。

「ようテメエかい、特務の二重スパイコウモリ野郎ってのは」

 モヒカン頭にミラーレンズのサングラス。

 はちきれんばかりの筋肉を宇宙バッファロー革のベストに押し込めている、東洋系の男だった。

「はい、私です。武装惑星ガンディ司令のワ―――」

「やめろ、やめろ! 俺が名乗る自由を奪うんじゃねえ! 俺が自由に付けた俺の名前だ。俺に名乗る自由がある」

 叫ぶ男に、クロムウェルは顔をしかめた。

 辺境だとこのような男が一城を任されるものか。

「ワン・ルイビン―――ワンが姓でルイビンが名だ」

 王鋭兵。

 元は王国軍の近衛剣士隊に所属していたという話だが、にわかには信じがたい。

「遊撃剣士エドワード・クロムウェルです。少々の間ご厄介になります」

「『人類種の遺産』っつったか? テメエの探し物」

 ルイビンはクロムウェルの正面、毛の長い長椅子に腰を落とし、長い脚を組む。

「お耳が早い」

「胡散臭えにもほどがあるぜ。テメエをよこした同志に訊いても名前しかわからねえ」

「実のところ、遺産の正体は初代国王の埋蔵トークンなのです。居住可能人口1億人級のコロニーを200も建造しうる莫大な額のトークンが今なおどこかの海域に漂っている。議会派勝利の暁には、旧王国領の復興に役立つでしょう」

 あっさりとした答え。信じたわけではないが。

「は、そうかい。まあいいさ、俺には関係ねえ。無視するのも自由だ」

「では捕虜の尋問は私が行います」

「ラインゴルド号の船長か」

 ワンはおもむろに端末を掴み、通信アプリをタッチする。携帯端末から室内の装置に接続され、光ケーブルで武装惑星内のあらゆる場所と交信が可能になる仕組みだ。

「俺だ、収容所に繋げ。ラインゴルドの船長だ―――よう、キャプテン=アオイ。俺はここ仕切ってるワン・ルイビンってもんだ」


 白く手狭な牢獄、アオイは壁からホログラムがポップするのを見た。

 派手なモヒカンの男がそこにいる。

「よう、キャプテン=アオイ。俺はここ仕切ってるワン・ルイビンってもんだ。海賊ってのはいいよな、自由がある」

「いきなりなんです?」

「だが今のテメエにゃ自由がねえ。自由がねえってのは惨めなもんだ」

 どうやら話が通じない系の人らしい。

「15年前、俺は大本星で近衛にいた。全く自由のねえ星だったよ。どいつもこいつも人工の階層都市に押し込められて毎日人工の空を拝んで愛玩動物ペットみてえだった。大本星に住めるような奴は特権階級だから働かなくてもいい。労働なんてのはロボットと奴隷人間がやることだ。全員に管理細胞セルマシンとマイクロチップが埋め込まれているから犯罪もねえ。できねえ。国王と門閥貴族どもは10何亜光年も離れた植民惑星の生きるの死ぬだのの自由を王宮から一歩も出ねえで決めやがる。いつだって思ってた。『自由がねえ』『自由が欲しい』ってな。だが『自由』なんて言葉、曇った窓に書いただけで思想犯罪だ。俺は初陣で冷凍睡眠から目覚めると同時に議会派に寝返ってやったよ」

「……」

「自由がねえってのは惨めなもんだ。テメエは元奴隷人間スレイブマンだろ。自由の価値が分からねえでもねえだろうが」

 交渉しようとしているのか。この男は。一方的に契約を破棄しておいて。

 自由を標榜しておきながら平等さの欠片もないとは―――笑わせる。

「……くっ……ひひひっ……ははは!」

「何を笑うよ」

「それじゃあ、貴方が自由を恵んでくださるというわけですね。この惨めな元奴隷人間の海賊に」

 思い出すのは、あの時。命を飲み込むだけの墓穴が無限に続く大海に変わった瞬間。

「―――冗談じゃねえですよ。私が行く場所は私が決めます。そして私はもう奪ったとしても奪われない。―――海賊ですので。遺産は我々がいただきます。こうなりゃもう意地です。あんたが挑発しやがったんだ。吐いた唾飲むんじゃねえぞ!」

「クロムウェル! あとはテメエの自由だ!」

 交信が切れた。あのモヒカン、心なしか嬉しそうに笑ってた気がする。



 一方残された乗組員は。

「ハア!? 捕虜!? 鹵獲!? 尋問!? なんでそんなことになるんだよ! 議会派は味方じゃなかったのか!?」

「そんなん俺に言われてもわかんねえっすよ。俺はただ言われたこと伝えただけで」

 ツォーマスが叫ぶ相手、管制室に映し出された長い金髪の男は気だるげに言う。

「じゃあ収容所の場所送るんでー、検めのもんが来るまでに勝手に入っといて」

 軍人とはとても思えない気の抜けた男は、ラインゴルド号が係留されているドック周辺に収容所の場所がマーキングされた地図を送信してきた。

「拿捕する気あんのかテメエら!」

 このまま出港してもなんの問題もなさそうだが。

「なんか逃げようとすると区画ごと破棄して水爆使うって聞いたんでー、逃げないほうがいいっすよ」

「クソが!」

「あと船の修理と補給は予定通りやるらしいっす」

「なんでだ」

「さあ? 誰も中止しろって言ってねえからじゃねえっすか?」

 なんといういい加減さか。

 こんなのが議会派の要塞だというのか。

「じゃあそういうことでよろしくー」

 通信は切れた。アオイも剣士もいない今、一応自分が仕切るべきだが。

「とりあえず言われた通りの部屋に行くか」

 検めの兵士があのようにいい加減なものとは限らない。

 奴隷人間など遺産の海路図を捜索するついでに処分されかねない。

 早く、言われた通りにするべきか。

「部屋割りどうする―?」

「何部屋あんの?」

「人数分あるね」

 性歓奴隷セックススレイブ3人は相変わらず能天気だ。

「……俺はミッチと同じ部屋で」

「まあ、フェイイェンがそういうなら」

 他の乗組員もおのおの状況を受け入れている。



 結局、しばらくは指定された収容所で生活するということで落ち着いた。

 収容所とは名ばかりで、実際には議会派の兵士と同様の居住区が割り当てられた。外出も特に制限は受けておらず、警備の置いてある場所以外はどこへでも行けた。

 あくまでも船長アオイだけが知っている遺産の海路図の隠し場所が目当てらしい。

 船員にとっても久しぶりの陸地。それも奴隷人間に上陸許可が下りることはめったになく、大概は冷凍睡眠装置の中で無為に過ごすとあれば、小惑星を改造した人工物といえ陸地が初めてというものも多くいる。

 居住区には食堂が設えられており、酒や食事をとることができる。

 とはいえ所詮軍事要塞の中なので、内部のプラントで栽培している芋や豆や豆で作ったスプラウトがほとんどなのだが。

 しかし味付けは悪くない。酒も付くとあれば青い顔の船員連中は食堂の隅に固まってとりあえず酒を飲む。

 厨房からビュッフェ方式で取ってきた料理と酒だ。

「そもそも敵対する私らに、一区画とはいえ内部の図面を渡すあたり舐め腐っているとしか言いようがない」

 アエルは芋から作った蒸留酒を合成フレーバーと水で割ったものを喋りながら飲んでいる。

 寡黙なカリムが無言で図面を出した。

「ここが今いる食堂だな。居住区付近1000mに厨房施設はここ一つと」

 アカシュが指さした場所に旗が立つ。

「で、ここが俺たちの収容所か」

 ツォーマスが指さした場所には赤いマークがついた。

「フェイイェンとミッチは部屋で食ってるんだよな。せっかくの上陸なのにほとんど外出もせず何やってんだ」

 アエルがいぶかしむ。

 アカシュは何かを察したようで目を背けた。

「他の奴ら……特に剣士さんとアオイはどこにいるんだ」

「推測だけど―――剣士さんはここからそう離れていない場所にいると思う」

 アカシュの言葉に注目が集まった。

「どうしてそう思う」

 ツォーマスは酔いを醒ますようにカップの水を飲み干した。

「剣士を監禁するとしたら水爆で囲って、少しでも怪しい動きをしたら爆殺ってのが手っ取り早い。ぱっと思いつく限り、剣士の頑丈さと速度に対処するなら」

「武装惑星は巨大だからな。1区画自爆させて剣士と心中できるなら十分ってことか」

「で、議会派の奴が水爆を使うだの言ってたアレだ」

 単に自分たちとライン号を繋ぎとめておきたいだけなら、水爆など使う必要はない。

「居場所が分かったところでどうにかなるものでもないだろうがな。おかしな動きが監視に引っかかればまとめて自爆なんだから」

「剣士さんの救出は保留だな」

 カリムが芋を炒めたものを持ってきた。

 厨房の方を見ると宇宙ルーンをあしらったアクセサリーを全身に付けた自然種の男がこちらを一睨みした。

「船長の場所はもう分からんな。もしかすると星の裏側まで行っているかも」

 ツォーマスが芋炒めを皿に取った。

「どうやってそんなところまで行くの」

 アエルはレンズ豆をスパイスで煮たものの椀のふちを指で撫でた。

「入渠する前にでかい塔みたいなのがあったろ」

「そこまで見てない」

「……あれは軌道エレベーターだ。頂上のステーションにはシャトルが定期的に巡回していて、ほんの4時間程度で星の裏側まで行ける。遺産の情報を重要視しているなら中枢まで連行されている可能性があるな」

「知ったところでそのシャトルには乗れないだろうよ」

「だろうなあ」

「中枢の場所なんて訊いて教えてくれるもんでもない」

「だろうなあ。打つ手がないなあ」

「いっそ遺産の情報など渡してしまえばいいんじゃない?」

 アエルはなんとなくといった口調で提案した。

「現状唯一の交渉材料だぞ。渡したところで王国側に情報を売ることを警戒するなら俺たちは監禁しっぱなしのほうが都合がいい。で、そうなりゃ時間が来て管理細胞に殺されるだけだ」

「打つ手がないな……」

「ここで酒を飲むだけか」

 アカシュがストロベリーフレーバーの酒をあおる。本物の苺など見たこともないがドリンクの色がこうも赤い以上赤い食べ物なのだろう。

「私ら所詮平船員だよ。船長の指示を待とう」

 アエルのカップには青いブルーベリーフレーバーの酒が注がれている。

「アオイのか? 武装惑星に囚われているんだぞ。自力で脱出できるとは思えないが」

「できなけりゃ所詮それまで。私ら全員寿命で死んで終わり。ジャック・ザ・カトラスの後釜を名乗るには役不足だったってことだよ」

 機関部に勤めていたアエルは、船外作業担当のツォーマスらに比べると、先代船長を少しだけ知っているようだった。彼は自分たちを使い捨てる自然種の象徴であり、命を預けるリーダーでもあった。

「で、あの賑やかな3人組はどこ行ったんだ?」

「さあ? どこほっつき歩いてるんだか」

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