Chapter 2 龍檻に囚わる
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銀河標準歴4290255年。武装惑星の乱開発により中央集権の色を強めていた王国は、時世を憂いた数名の剣士により手痛い損害を被る。一時は大本星の王宮まで占拠された事変の末、ときの王トーマス12世は1枚の文章に玉璽を使う羽目に陥った。
『慈悲の法典』と呼ばれるその文章の中の1節により、汎王国市民議会が設立されることになった。
遠く離れた星間の移動や通信に年単位の時間がかかり、その間コールドスリープなどで肉体を保存することもあり得る悠久の宇宙史の中で、やがて市民議会の制度は風化していくことになる。
そして銀河標準歴4292303年。金井・誠右衛門が蘇るおよそ100年前。
いくつかの惑星で独立自治を求める気運が高まり、当然のように『慈悲の法典』と市民議会制度が持ち出されることになった。
自由を求める運動は王国の苛烈な弾圧も相まって領内全域に飛び火するに至る。
故に、もう10年もあれば大本星まで攻略すると予想されている叛徒達は自らを『議会派』と名乗る。
2千年前とは状況が違う。領邦内に尊王の意識が根強く、また王宮を占拠したものも王を諫めんとする近衛剣士の一部だった2千年前とは違うのだ。
議会派は完全な武力によって大本星系周辺を攻略しつつあり、一部の急進派は王の処刑すら主張しているという。
歪な機械の星に穴が開いている。
戦艦用のドック。
戦死者の遺体を外宇宙の果てに見送って久しく、議会派の承認は既に得られた。
ラインゴルド号は重力子スライドエンジンを精密に稼働させ、武装惑星の重力と釣り合いを取りながらドックに吸い込まれていった。
船艇を移動マニピュレーターに合致させ、重力に対し水平の姿勢をとる。
可視光に照らされ、黒いステルス塗料の船体が露になった。
「戦艦サイズですからね。当然真空ドックです。干物になりたくなければスーツの着用をお忘れなく」
艦の代表としてアオイと金井だけが出る。金井はスーツ無しの剣士姿だ。刀は鞘に納めているが、剣士の存在を示すことは交渉にも役立つ。
微重力の中タラップを歩き、議会派の出迎え集団のところまで向かう。
ライフルを肩に保持した兵士が5名。
姿勢はめいめい好きにとっていることから、人造兵士ではないとわかる。
「初めまして、ラインゴルド号の皆さん。ようこそお越しくださいました。私はクロムウェルと申します」
代表は若い男だ。
穏やかな物腰だが、スーツ越しからでも油断のならない目線と無駄のない体躯は分かる。
アオイは議会派に寝返った元貴族の士官か何かだろうと推測した。
「初めまして。殉職したジャック・ザ・カトラスに代わりまして新船長のアオイです。契約に基づいた補給を要請します」
「その節は残念です。キャプテン=ジャックは名高い剣士でありリーダーでした。我々も彼の協力が得られるとわかったときは諸手を挙げて歓迎したものです」
白々しくよく言う。
契約内容を見る限りではかなり足元を見られただろうに。
「そちらの剣士殿は?」
「金井・誠右衛門と申す」
金井はがくりと大雑把に、しかし全く隙だけは見せないように礼をした。
「早速新しい剣士を迎え入れるとは、新船長殿も信頼のおける方のようで何よりです」
剣士は完全に生まれ持った才能で発現するものである。人工的に作ることはできず、発現の確率は1億に1人と言われている。王国領だけでも人口10億人超の星は1000以上存在するものの、やはり途方もない貴重品には違いない。
クロムウェルに促されるまま与圧室に入りヘルメットを脱ぐ。
「ここガンディは大本星からこそ遠く離れていますが、中立勢力たるホークランドやさらにその背後のガリアンを望む要衝です。前線基地として多くの軍事基地や資源惑星を勢力圏に納めています。とはいえ王国軍は前線の維持に手いっぱいでしょうし、航路には暗黒海域も控えています。まず戦火にさらされることのない安全地帯ともいえるでしょうね」
ヘルメットの中から現れたのは黒髪を後ろに撫で付けた若い男だ。
「長旅でお疲れでしょう。ヴィジタールームにはシャワーもありますよ。循環装置には十分な余剰水がありますので」
ヴィジタールームはさらに多くの隔壁を抜けた場所にあった。
軽快とは言えないスーツのまま標準重力の中ひたすら歩く。
「意外と、厳重なんですね」
アオイが平坦な口調で漏らす。
「軍事基地ですので」
クロムウェルの感情は読み取れない。
金井は装甲だけ解除し、鞘に納めた刀は帯紐で腰に差している。
広大な基地内にもかかわらず誰ともすれ違わないのは、居住惑星ではないからか。
「やあ、着きました」
通されたのは柔らかそうなソファが並んだ暖色の部屋だった。
個室でスーツを脱ぎ、シャツとパンツに着替える。
クロムウェルだけがスーツのままだ。
「どうぞ、ご自分の部屋と思ってゆっくりなさってください」
ゆっくりしている暇などないが、船の補給が完了するまでは仕方ないか。
「貴方も、スーツなんか脱いだらどうですか?」
「そういうわけにも参りません。急いでいますので」
一息、溜めて。
「―――急いで、人類種の遺産を確保しなければなりません」
アオイに戦慄が走った。
人類種の遺産のことは議会派には何も言っていない。
あれは全くの偶然に鹵獲した王立海軍の船から、先代船長が入手したものだ。
「私たちの仕事は通商破壊であって、戦利品に関する権利は議会派さんがたに無いはずですが」
「権利とかじゃありませんよ。ただのお願いです。ただお願いするのに契約も何も関係ないでしょう?」
クロムウェルは無表情だ。無表情なまま、初見と同じ穏やかな口調で話す。それこそ、ただお願いをしているだけだと言わんばかりに。
「まあ、お願いを聞いてもらうための手段は選びませんが」
クロムウェルが拳銃を抜き、アオイのこめかみに押し付ける。
「わっ!?」
早い。
それは金井が刀を抜き、一足一刀の間合いで静止したのと同時だった。
神のみが介在しうるほどの一瞬の出遅れで、金井が負けた。
「剣士になれば解決とは思わないほうがいいでしょう。いざとなったらこの区画ごと放棄して水爆を使います。剣士であっても確実に死にます。私も途連れですがね」
「外道が」
「でしょうね、すいません。船長殿に聞くこともあるので、私はここで失礼します」
隔壁が開き、アオイとクロムウェルが吸い込まれていく。
「船長命令です。セーモンさんは諦めずに大人しく待つように! 暴れたりすればこの区画ごとドカンでしょうから」
「そうなのか!」
「げ、やっぱ理解してなかった。水爆を知らないんでしょうか」
隔壁は閉じ、アオイの声が聞こえなくなった。
金井は刀を納め、床に落ちるように座った。
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