金井は船内の通路を歩いていた。

 無駄なエネルギー消費を抑えるために通常航行時は薄暗い。

 時たま船員とすれ違うので会釈をする。

 生き残った作業用奴隷人間スレイブマン6人。

 エンジンメンテナンス担当のアエルとアカシュ。両名とも女だ。船内作業員で生き残ったのは彼女らだけだった。

 船外作業員の生き残りはアオイ以外全員男。ツォーマス、フェイイェン、ミッチ、カリム。

 全員青いエゲレス人顔なので、金井はいまだに憶え切れていない。

 さっきすれ違ったのはアエルかアカシュどっちだっただろうか。アオイさんではないと思う。

 などと考えながら向かうのは慰安室だった。何やかんやあって、鍛錬の時間以外はほとんどいずれかの部屋に入り浸っている。

 昨日がシャオランだったので今日はエマの番だろうか。

 浮ついているのは自覚できているが、剣士に任せるような仕事などほぼないので、こうする他やりようがないのである。

 ふと、声が聞こえた。

 方向は正面向かって左。

 暗く、腰をかがめなければ入っていけないような通路だ。

「……やめろよ……人が……」

 男のささやき声だった。

「……こんなところ……どんだけ耳がいいんだよ……」

 気配を消して近づくにつれ、はっきりと聞こえてくる。

 そこはいくつかの小部屋とケーブルで埋め尽くされた一角だった。金井にはあずかり知らぬことだが、艦内の有線通信系の管理を行う場所である。

 横開きの手動ドアは少し空いており、うっすらと懐中電灯の明かりが漏れている。

 忍び寄り中を覗いた。

「剣士さんと慰安室の奴らがやってるのを少し見ちまったんだ。こうやってさ……」

「それ男型同士でも大丈夫なのかよ……。あっそこっ……」

 フェイイェンとミッチがお取込み中だった。

 金井以外奴隷人間は生殖能力がカットされているため、立つものものも立たず中途半端な真似しかできないが、できないなりに愛をはぐくもうとする者もいるということだろう。

 金井にとって衆道は珍しいものでもなかったのでまあ、そういうこともあるかと納得。邪魔をしては悪いので早々に退散することにした。


 その20分後、金井自身が取り込んでいる最中。

「年がら年中女と乳繰り合っていいご身分だな剣士さん。船長からの仕事だよ」

 ミッチとフェイイェンが慰安室のドアを叩いた。

「おめえらには言われたくねえべよ」

 こうも自分たちを棚に上げられるとは、と少しショックを受けた。



 ラインゴルド号のセンサーがその異常を捉えたのは7日目のことである。

 500m程度の極至近距離に巨大な影を捉えたというのだ。

 暗黒海域を航行中につき朧げなノイズとしてしか認識できないが、その影はまるで生命のように断続的な放射線を出し続けているという。

「俺たちの仕事はそいつを目視で確認すること。あんたはデブリを切り払うための護衛だそうだ」

「む」

 フェイイェン、ミッチ、金井の3人は、ハッチを開き外へ出た。

 フェイイェンが金井の幽鬼のような風体を間近で見るのは初めてだった。

 すでに全地球時代の怪異の伝承など失われて久しかったが、何か本能に訴える不気味さがある。

 スーツのライトを点け、慣性航行中の船体上を歩く。

 腰のウィンチは命綱だ。点検通路の手すりに付け替えながら進む。

 丘のような船体の起伏を上ると、それが見えた。

 宇宙怪獣……としか言いようのないものだった。


「アオイさん、アオイさん! ずねえぞ!」

「ちょっとセーモンさんは黙っててください。ミッチ、何が見えてますか?」

「宇宙怪獣だ」

「……」

 戦艦を超える800m超の巨体。

 長い胴体に鰐のような巨大な顎の顔が乗っている。

 全身の亀裂のような鱗の隙間からは、常に青白い光が漏れ出ていた。

「ライン、宇宙怪獣のデータは」

「船乗りの与太話としては、王国成立以前からありますね。宇宙オーディンの使いだとか、宇宙ゼウスの雷霆で滅ぼされただとか」

 そもそも宇宙空間に完全適応した生物など聞いたことがない。

 自分たちのように宇宙空間での活動用に遺伝子改造された種族ならば、硬く特殊な外皮のおかげで放射線の影響を受けず、スーツ無しでもおよそ1分間は生存可能だが。

「なにかクスリやりました?」

「やってねえよ! 本当に宇宙怪獣がいたんだよ!」

 喧々諤々、論戦の間に宇宙怪獣は一声鳴いて去っていった。

 その鳴き声は、真空中でも伝わる剣士のそれと同一の。

「なんだったんだ」

 その遭遇は吉兆か凶兆か。


 

 20日後。

 濃霧のような電磁嵐が晴れた。

 暗黒海域を抜けたのだ。

 管制室の大型スクリーンに外宇宙の星海が投影された。

 近く、鋭い構造体が無数に突き刺さった小惑星が、真円の人工太陽に照らされている。

「武装惑星『ガンディ』。名前は関帝とかいう神に由来するらしいですね。銀河標準暦4291900年頃に王国によって建造され、現在議会派が実効支配する武装惑星です」

 ラインが目標地点に関するデータを読み上げた。

 スクリーンの正面に立つアオイが後に続く。

「我々はここで補給を受ける予定ですが、その前に一つ報告があります」

 務めて冷静な表情で、言う。

「主人としての権限を持つ船員が全員死亡したことで、我々全員、管理細胞セルマシンの脱走防止プロトコルが作動しています。私も含めた元カトラス船長所有の方々、元王国製戦闘奴隷のセーモンさんともに残りおよそ80日で死にます。解除するための脱奴隷化手術はこの先の自由惑星ホークランドでしか受けることができません」

 王国領の果て、惑星ホークランドを中心とした星系は、王国から公式に自治権を認められている6つの国の1つだ。アオイも話に聞いたことがあるだけだが、高度に発達した経済惑星らしい。

「脱出防止か。そういやそんなのあったねー」

「気にしたことなかったな」

 エマとシャオランは能天気だった。

 あるいは全員そんなものなのかもしれない。隷属したままでは気にする必要などなかった機能だ。むしろ発動する前にデブリや戦闘で死ぬ確率のほうがはるかに高い。

「で、ホークランドまでの日数は?」

 ツォーマスや、他の船員も表情は硬い。

「最長で66日というところですね」

 ラインがモニターに航路を映した。

 猶予は14日。補給と修理は4日あれば終わるだろう。

 しかし、生き死にのかかった10日は果てしない重圧だ。トラブルで足止めでも食らえば、ここにいる全員が死ぬ。およそ無敵の剣士を擁してようが死ぬのだ。

「つまるところ俺も皆も死ぬということなのか? なんでべさ?」

 事情をよく呑み込めていない金井が右隣のザマリンに尋ねた。戦闘奴隷として蘇り、毛髪の無かった頭も短髪と呼べる程度になっている。

「そりゃセルマシンの寿命制限って奴で――」

「せる? わけがわからん! どのくらいで死んでしまうのだ」

「あと80日だってさ」

「80日? なんでべさ?」

「だから管理細胞の――シャオランー!」

「では時間も迫っていることですしガンディへ受け入れ要請を送信します」

 アオイはビロードの椅子に座り、足を組む。その表情は読み取れない。



 Chapter 1.5 暗闇に浮く 終   Chapter 2 龍檻に囚わる に続く

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