Chapter 1.5 暗闇に浮く
1
海賊船ラインゴルド号の乗員は、今や11人となっていた。
冷凍睡眠をしていた奴隷人間を合わせても100人は乗っていたので、およそ1割まで減らされたことになる。
船長アオイ。
剣士、金井・誠右衛門。
作業用
合計11人。
閑散とした管制室、11人は各々好きな椅子に座り小会議を開いていた。
「えー、まずは皆さん、お片付けお疲れさまでした。おかげさまで本艦の居住性は最低限確保できたと思われます」
片付け、とは死体の掃除のことである。
正規船員、
暗黒海域に打ち捨てるのもあんまりなので、海域を抜けた後マスドライバーによる宇宙葬が方針として決定された。
遺体は2日がかりで無空調の区画に運び入れられ、絶対零度の真空で保管されている。
幸いにしてクリーニングロボはほぼ無事だったので、血痕の掃除はあまり手間をかけずに済んだ。
「なんかまだ血生臭い気がするんだけどぉ」
発言者は性歓奴隷の1人、最も小柄なニグロイドの少女だ。
「ザマリンも? にひひ、アタシ達の慰安室は完全ノーダメージだったから余計に臭う気がするよねー」
金髪碧眼の白人女が大柄な体を揺らして笑う。
本来決まった名を持たぬ奴隷人間だが、性歓奴隷などはペットネームが付けられることが多い。
「ザマリン、エマ、まさか慰安室で会議を開けだなんて言わないだろうね」
3人のまとめ役と思われるのはやせ型の東洋人だった。切れ長の目は、妹分2人を交互に見る。
「シャオラン姉も部屋に人が来ないと寂しいって言ってたじゃんよー。ボクが
「そりゃ寂しいさね、私たちの仕事はセックスであって、飯炊きでも抱かれた男の死体掃除でもないんだから」
性歓奴隷は人類史上最古の奴隷人間といわれている。
その歴史は前地球時代まで遡り、人権の無い人造人間の使い道として真っ先に思い付くのが性奴隷というあたり人類らしいといえばらしい。
往時はジャック・ザ・カトラス船長を含めた21人の正規船員を分担していた彼女たちだが、現在本来の仕事は免除されている。
ちなみに、分担の割り振りは絶対であり、船長ですら別の性歓奴隷を抱くことは許されていなかった。船長の担当はザマリンだったが。
「船員の補充はしますよ。その他の補給も必要になってきた時期ですし」
「で、船長、差し当たっての目的は?」
コバルトブルーの肌をした男。作業用奴隷だったが、解放民となるにあたってツォーマスを名乗ることにしている。
「我々の一応の雇い主、議会派の武装惑星『ガンディ』まで向かいます。しかしご注意。どうも船長は『人類種の遺産』の件は議会派に伏せていたようなのです」
スクリーンに球形構造物が表示された。
惑星サイズの構造体に1キロ級対艦光子砲、配置型マス水爆ランチャー等々の超重武装を何千基と――細かいものを含めれば億を超える――搭載した、剣士と並ぶ宇宙最強兵器『武装惑星』である。
人類が独力で建造しうる戦力としては最大のものだ。
「ま、今の我々も『人類種の遺産』とやらが何なのかわかってないんですが」
「む、ラインが何やら言ってなかったか」
アオイとラインの会話は、金井にはほとんど理解できないものだったが。
「宇宙を支配しうるなんちゃら、なんて言ってましたね。眉唾な伝説の類でしょうが、王国軍が剣士まで投入して追っている以上相応の財宝でしょう」
アオイは腕を組む。何十年も船長をやっているような貫禄だった。
「なので奪取します。我々、海賊ですんで」
方針の説明を終えた後、アオイはふと何か言い忘れていたことがあったような気がした。
だが気がしただけだったのでとりあえず棚上げとしておいた。
「ガンディまであと21日程度。暗黒海域を抜けるとすぐですね。各自それまで各々の職務を果たしたり果たさなかったりするように。暗黒海域は一応安全ですが、艦の調子がどうも信用できないので」
海戦の被弾、ネイピアに斬り割られた内装は、やはり不安材料だ。
本格的な修理は議会派に依頼せねばならないだろう。
「議会派、議会派、議会派ですか……」
白を基調としたコントロールルームは、王国軍の戦艦のものだった。
呟く男は若い。
黒髪を後ろに撫で付けた20代の青年。
丈の長い黒の制服に大佐の階級章を付けている。
相手方の階級も大佐。こちらは紺の制服だ。
「ああ、クロムウェル特務大佐。連中の進路は不明だが、ダメージの状況からいって議会派の武装惑星に寄港するものと予測される」
「シアーズ大佐、それで?」
「現有の戦力で武装惑星に挑むのは無謀なので、本隊の救援を待つ。これは提督副官としての決定だ」
「嫌です」
「ネイピア卿亡き今、艦隊の権限は卿の副官である私が所持している。剣士といえども越権行為は許さんぞ。そもそも貴官、剣士であるにもかかわらず、ネイピア卿が戦っておられる間何をしていたのだ。臆してコソコソ隠れるのが特務のやり方か?」
「これは手厳しい。ですが訂正を。私は隠れていたのではなく……」
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