艦内はおびただしい死体であふれていた。

 全て、アーサー・ネイピア1人で斬ったものである。

 目的のものを捜索するため、執拗に艦内を探った結果、ほぼ鏖殺という結果になってしまった。

 だが、手に入れた。なんということはない、片手に収まる程度の半導体記憶装置だが、これこそが『人類種の遺産』への海路図なのだ。

「これで国王もお喜びになるだろう」

 旗艦へ帰投し、引き続き遺産の調査に赴かねばならない。

 壁を斬り、船外への道を作る。

 だが、

「あっ! (&#&$%&”!」

 見知らぬ剣士が壁の向こうにいた。

「誰だ貴様」

「#$%#」

 未知の言語だ。宇宙は広く、王国の領域だけでも5000の居住可能惑星と200の言語があると言われている。

 だが、王国標準語は即席記憶としてパッケージングされたものが全星系に普及しているはずだ。

 外宇宙人ガリアンの可能性も視野に入れておくべきだろうか。だとすれば、深刻な条約違反だが。

「待て、剣を下ろされよ」

 自らの剣を横に構え、地面に置く動作。

 剣士は貴重で、いかな実力差があろうとも斬り合いにはリスクが付き物だ。明確に敵と認定できないものとの戦闘は厳に慎むべきである。

「私はニューブリスター伯、アーサー・ネイピアである。貴君の身分を明らかにされよ」

「……カナイ・セイエモン」

 それだけだ。謎の剣士は刀を下ろさず、抗戦の意思を強く放っている。

「あい分かった。セーモンとやら、宇宙の藻屑とならねば気が済まぬとみえる」


 先手を取ったのはネイピアだった。八相に構えたクレイモアが直線的に振り下ろされる。

 無駄のない太刀筋、と金井が一瞬感心したのは自らの刀で受けた後だ。

 クレイモアに比べれば頼りなさげな太刀が、牛鬼の剣士を1Gの地面に縫い留めている。

 体軸ごと押し付けるような、見事な鍔迫り。

「ぬっ……! 手練れか」

 無防備な足を絡め、マウントポジションに金井が乗る。

 断頭台のごとき刀が、首に押し付けられた。

 ギリ……と頸部装甲が軋む。

「剣士のセオリーを知らんのか貴様」

 ネイピアはなおも余裕。

 これでは剣士の装甲は破れない。

 関節を外し、タコのように滑らかな動きでマウントから脱出する。

 一瞬で関節を戻し、敵に背を向けた。

「来るがいいセーモン! 決着を付けよう!」


 星の大海を、侍が泳ぐ。

 距離2亜光秒。亜光速の加速でもって激突する。

 ネイピアは正眼の構え。

 リーチに劣る金井には突きを仕掛けてくると読んだ。

 こちらも正眼で受けて立つ。

 しかし、その突きは尋常ではなかった。

 ネイピアの身長、クレイモアの刀身長――それらを超越した領域からの攻撃。

 左腕の関節を外し、全く識域外からの突きを可能にする。

 国王の剣士ニューブリスター伯の得意手が、侍の右肩を掠る。

 それだけだ。掠っただけ。

 要領の悪さから『抜け金井』と半ば蔑まれてきた。もう半ばは敬意だ。

 道場の誰も、師範すらも全く歯が立たない。

 その抜け技には誰も太刀を入れられず敗北する。

『抜け金井』

 ついぞ日の目に当たることのなかった天才剣士は、遠未来の宇宙で開花した。

 ネイピアの左手首が、関節から3分の1ほども斬られる。

 ささやかな、2cmほどの切れ込み。

 致命傷には程遠いそれが、勝負を完全に決した。

 歴然とした実力差に加え、両手で剣を振るえぬ程の負傷。

 万に一つの勝ち目もなくなった。


「……私の負けだ。降伏する」

 屈辱的だが、勝負の決した剣士が降伏するのは珍しいことではない。

 いかなる勢力にとっても剣士は貴重品であり、莫大な身代金や植民星を引き換えにしてでも確保しておきたいのである。

 あるいは自軍に引き入れられれば絶大な戦力となる。

 しかし、謎の剣士は首を横に振る。

「……あえて問う。なぜだ」

 無言で、剣を向ける。

 その先、船外作業用の奴隷人間スレイブマンが漂っていた。

 海賊船に乗り込む際に斬り捨てたアレだ。

 認めたくはないが命をかけて戦ったもの同士、気持ちが何とはなしに通じる。

「アレを斬ったことを咎めているというのか。身に寸鉄を帯びぬものを斬ったことを責めているのか」

 だがアレは物だ。奴隷人間だ。超越者たる剣士がその死を想うなど。

「……ああ、否」

 幼いころに読んだ騎士道物語を思い出す。

 誇り高く、高貴な身分でありながら民草のために剣を振るう、前地球時代の騎士たちの物語。

 御伽噺だと思っていた。そのような時代ではない。歴史の果ての存在だと。

 無言で、クレイモアを構えた。

 半身、右手の中段で。

 加速する。

 剣を突き出す。

 だが両手持ちの膂力には勝てず、手首のスナップで外に弾かれる。

 全身が無防備となった。

 あっけなく、介錯のように、アーサー・ネイピアの首は胴体から離れた。

 鮮やかな技であった。


「南無三」

 金井は無形の構えで残心。

 刀の血を払い落とし、鞘に納める。

 恐るべき使い手だった。名に聞こえた戦国の剣豪もかくやとばかりの敵だった。

 降り首だった。だが斬った。

 葛藤はあるがそれも一瞬。

「#$&’&!!」

 呼び声がした。扉のようなものの向こうから、青い顔の女が手を振っている。

 金井は海賊船に入っていった。

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