遥か遠くを見る。

 とはいえ、何が見えるわけでもない。

 海賊船の外殻、簡素な宇宙服を身にまとった、青い肌の女がいる。

「ウチの船長は勝ったんでしょうかね」

 どこか他人事のような独り言は、彼女が正規の乗組員ではないからか。

 人工的に遺伝子を合成されて生まれた奴隷人間スレイブマン

 硬質の鱗に覆われた青い肌は、宇宙空間に適応したものだ。

 船外作業用奴隷人間――それが彼女の仕事であり、存在理由である。

 生まれながらの奴隷に名はない。

 今も消耗品として、危険なエンジン修復作業に従事している。

 幸いにして、ケーブルを直結させ、無理やりに信号を送るだけで応急修理にはなりそうだった。

 インカム越しに不必要なまでの大声を出す整備士長の指示を受けながら、無重力の船体上を滑るように移動する。

 一瞬の後、何かが近くを通った。

 その場にいた同僚の奴隷人間の胴体が上下に分かれている。

「え?」

 気がついたときには、船体に人間大の穴が開いていた。

 数秒で整備士長の声が聞こえなくなった。

「あ、負けか」

 すとんと納得した。

 剣士の襲撃。

 製造されてこの方、船長以外の剣士は見たこともなかったが、あれがそうなのだろう。

 現実逃避気味に宙を見る。

 敵の艦隊が、星の光を遮り姿を見せていた。



 遠ざかること120亜光秒、ジャックに襲撃された戦艦が無言で漂っている。

 しかしながら、船内は意外と慌ただしい。

「人造兵士の積み込み、半分終了であります!」

 告げる若い男は奢侈な軍服を身にまとっている。

 王国の海軍は貴族出身者で構成されている。

 士官以外は人造兵士で事足りるため、正規軍人は指示を出すだけの役割を果たせばいい。

 男爵家出身の若い少尉は、健康的に鍛えた腰にサーベルを帯びている。

 無論剣士ではない。ただの装飾刀だ。

「ご苦労。貴官、剣士との戦闘は初めてか」

 カイゼル髭にケピ帽の上官が、鷹揚に帽子を触りながら言った。

「はっ! 悔恨の念が絶えません。愛する艦をみすみす自沈処分の憂き目にあわせるなど……」

「昨今議会派なる叛徒の勢力も強まっている。また斬り合いが発生するかもしれん」

「王国は不沈と確信しております。ネイピア閣下の実力も」

「無論だ」

 話す士官の横、標準重力下の廊下を、人造兵士ソルジャースレイブが黙々と行進を続ける。

 禿頭に白い戦闘スーツの兵士達は、カッターボートに物同然に押し込まれていく。

 うなじには奴隷人間の証であるバーコードが焼き付けてある。

 解凍された彼らは、自動学習の通りに、自ら戦闘スーツを着込んで列に加わっていく。

 だが、保存装置から出たばかりの人造兵士が、奇妙な行動を示した。

「$%&サッチョー#」

 聴いたこともないような言語で、他の人造兵士に話しかけている。

 服を着ようともしないので全裸。

 2人の士官はしばし目を丸くした後、同じ結論にたどり着いた。

 聞いたこともない事例だが。

「不良品か?」


 確かに死んだはずだった。

 だが、金井・誠右衛門の意思はここにあった。

 そして周囲には。

(なんだこいつらは。幕軍味方なのか、薩長軍なのか)

 揃いの白い服を着た連中に、紺色の洋装を着た連中。

 とりあえず、訊いてみる。

「お主薩長か」

 金井は要領のいい人間ではなかった。

 どころかまともに会話できる人間は親しいものに限られた。

 一言で言うと愚鈍である。

 人造兵士達は金井の呼びかけを無視して、カッターボートに乗り込んでいく。

 金井は全く気に留めずに問い続けた。

「お主薩長か」

「不良品であれば処分をすべきだ」

「了解しました!」

 金井には理解できない言語で、紺色の2人が話す。


 若い少尉がサーベルを抜き放った。

「最早掃除の手間も必要ない。艦内に打ち捨てていきましょう」

 斬りかかる。しかし、

「薩長だな! まあずわけのわからん訛りで話しよって!」

 避けられた。そして、

「腕を!?」

 人造兵士のようなものは、士官の腕を掴む。

 流れるような動作で、その腕をひねり、サーベルを奪い取った。

 少尉には、奪い取られたという認識すら感じられなかった。

 達人の技。武術の極みともいえる。

 少尉の喉が真一文字に裂かれた。

 乾いた風音を1度鳴らして、少尉は息絶えた。

 装飾刀といえど、強化セラミック刃の切れ味は真正である。

「軽く、強い。いい得物だったな」


 金井が人を斬るのはこれが初めてだった。にもかかわらず一切の違和もなく人を斬ってのけたということは、道場での剣法が実戦の感覚と完全に一致していたということである。

 無論、道場剣法といえども実戦を想定したもの。初陣においても違和感なく振るえるというのが理想ではあるが、それを実現するにはそれこそ天賦の才というものが不可欠だろう。

「……惚けておる場合か!」


 全裸の奴隷人間が、王国の軍人を殺した。

 ケピ帽には目の前の光景が信じられなかった。

 信じられないが、軍人である以上自分が対処すべきである。

 相手は剣士でも何でもない、たかが人造兵士1人。

「兵士諸君、銃を構えろ! 反逆者を殺せ!」


 号令一喝。

 人造兵士達は戦闘服の腰に固定した対変異種ミュータントライフルを抜き放つ。

 銃を向けられるよりも早く、サーベルが剥き出しの眉間に刺さる。

 胴体を防刃、防弾繊維の戦闘服で覆い、目には対放射線ゴーグルをかけているため、装飾用のサーベルで致命傷を与えるにはここを狙うしかない。

 10人超過の兵士たちが金井に狙いを定めた。

 その間に可能な行動は、2人目の兵士の腕を捻り挙げて盾にすることがせいぜいだった。

 対変異種弾が戦闘服に風穴を開けていく。

 衝撃にのけ反りながらも後退していくが、ジリ貧と言わざるを得ない。

 限界を感じ、ボロ布のようになった盾を手放す。

 一瞬、身を低くし、弾幕を掻い潜る。

 背を見せれば撃たれる。ならば。

「――ッ!」

 諸手に構えたサーベルが3人目の犠牲者を生んだ。

 4人、5人と敵の真ん中で剣を振るうも、限界である。

 放たれた弾丸の1発は金井に向かう。

 戦闘の集中にあって、避けようもない弾と判断した。

 会津の記憶が蘇る。

 肉の爆ぜる痛みが。

「否!!」

 否定。

 何かわからないが、打開するものがここにある。

 いつの間にか紛れ込んでいた、自分の中にある何かが。

「抜刀!」

 鞘を走る白刃。

 鞘だ。いつのまにか腰に下がっていた。


 刀がそこにあった。

 刃渡りおよそ2尺5寸。直刃の、流麗な刀だ。

「剣士……」

 ケピ帽が小さく呻く。

 半ば漆のはがれかけたような朱い鬼面、白頭。裾の朽ちた黒い羽織には三つ葉葵の紋が染め抜かれている。

 幽鬼のごとき剣士。

 戦力差は完全に逆転した。

 どうあがいても剣士相手に勝ち目などない。

「ネイピア卿に知らせろォ!! 剣士の襲撃だ!!」

 これで終わりだ。自分にできることはもうない。虫のように抵抗して虫のようにつぶされるだけ。

 だが、

「おっ? んっ?」

 剣士は宙に浮かんで、手足をジタバタと動かしている。

 飛翔どころか無重力にさえ慣れていない様子だ。

「なんなのだコレは……」

 呆然とその様子を見つめる。攻撃指示を出すタイミングは見失った。

「あっ!」

 謎の剣士は戦艦の廊下をバウンド。艦外に吹っ飛んでいった。

「なんだったのだアレは……」



 奴隷人間の女は、海賊船の表面構造に降り立つ人型を見た。

 目の前だ。衝撃と驚愕で少し漏らした。股部ユニットの重合体が尿を吸収する。

 こちらに気づいて何やら叫んでいる。いかなる通信手段か、真空中でも音が伝わってはいるが、未知の言語だったので何を言っているのかはわからない。

 右手の剣を虚空にグルグルと振り回しているが全く伝わらない。

 これはいったい何なのだろうか。



 我武者羅に虚空を漂っているうちに、飛翔のコツはある程度つかめた。

 やがて巨大な船のようなものを発見し、とりあえず近づいてみた。

「どうやらここは会津じゃないようなんだが、会津はどっちだろうか! 俺は会津の侍で会津に戻らねば薩長が会津を……あー、ともかくアレだ! わかったか!」

「$%#$%&’??」

 まったくわからん。

「もしやここは異国ではないんか? 音に聞くエゲレスというやつか? 相違ないべな?」

 そういうことになった。

 エゲレス人はしばし右往左往した後、船に空いた穴を指さした。

「そっちに行けばいいんか! かたじけないエゲレス人さん!」

 金井は船に入っていった。

 

「とりあえず船の中に案内してしまいましたが、よかったんですかね」

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