とめどなき光芒が、虚空に幾重も書き加えられていく。

 銀河標準暦4292400年。

 交戦しているのは、戦艦、巡洋艦からなる王国軍の小艦隊と、海賊旗ジョリー・ロジャーを掲げた1隻の戦艦である。

「王国軍の犬ッコロどもがァ! しつけェんだよ! クソッタレ宇宙ヴァルハラまで付いて来る気なのかよォ!!」

 がなりたてる男は海賊。

 その名をジャック・ザ・カトラス。

 豊かな黒髭をたくわえた、古式ゆかしき宇宙海賊である。

「オイ操舵手、暗黒海域まで後何秒だァ!」

「400秒でさァ、キャプテン!」

「それまで逃げきりゃいいだけだァ。安心しやがれ野郎共、宇宙での砲撃戦なんてなァ、滅多に当たるもんじゃねえぞォ!」

 可視光はなく、お互いジャミングまみれの電磁波を頼りに、亜光速で移動する宇宙船に攻撃を当てるのは至難である。

 故に、砲撃戦は宇宙戦闘における決定打にはならない。

「ああっ! その滅多が起こりやしたァ!」

「んだとォォォォォ!!!」

「機関部被弾、慣性航行に移行しやす!」

「追いつかれるじゃねェか畜生!」

 ジャックは赤いビロードの椅子から正面の巨大ホロスクリーンを見た。

 表示された敵艦の概算位置が、我が方の海賊船に近づいていく。

「ダメージコントロール出せィ!」

「アイ、サー! スレイブマン、解凍。外の補修に当たらせやす!」

「さて……」

 船長が立ち上がる。

 艦内の誰も彼もがその意味を理解していた。

出撃る」

 一言、発する。

 多重の隔壁が開放され、キャプテンの通過とともにまた閉鎖されて行く。

 最後の扉を開ければ、宇宙に繋がる。

 ジャック・ザ・カトラスは躊躇わずに飛び出した。

「抜刀!!」

 叫び、同時に、腰に下げたカトラスを引き抜く。

 瞬間的に、ジャックの姿が変化する。

 緑色の骨組みが実像を形作っていき、装甲へと変わる。

 黒を基調とした近世の船乗りのようなシルエットに、白い髑髏面の怪人が、宇宙空間に現れた。

 右手にはカトラスを持っている。

 剣士である。

 瞬時に、ジャックの知覚が拡張された。

 無明の宇宙が視覚的な情報となり、数亜光分も離れた敵艦を補足する。

 本来音波など伝らぬはずだが、エンジン音すら聞き分けることが出来る。

 レーダーでも核兵器でもなく、1振りの剣のみを恃みにする。にもかかわらず、宇宙戦の主力とされている超物理的存在。

 剣士である。

 カトラスの剣士は亜光速で敵艦へと襲い掛かった。

 亜光速航行とデブリに耐えうる航宙戦闘艦は非常に堅牢であり、剣士といえど生半な手段で斬った捨てたとはいかない。

 故に、直接乗り込む。

「アボルダージュ!!!」

 数百万年前の旧時代より受け継がれた移乗戦闘を行う際の伝統的掛け声を発し、海賊は来た。

 瞬間的に装甲を斬り割り、人1人が通れるサイズの穴を開けたのである。

 狭い回廊を破壊しつつ、襲い掛かる人造兵士を殺戮していく。

 対変異種ミュータント戦闘を想定した小口径徹甲弾すら、剣士に対しては足止めにもならない。

 なぜ撃つのかと問われれば、「もしかすると足止めになるかもしれない」という、それのみの理由である。

「まず1ォつ!」

 重力子スライドエンジンの要であるジェネレーターが、寸毫で細切れにされた。

 航宙艦の最期は爆発。

 ジャックは次の標的へと向かう。

 無数の砲門、堅牢な装甲、神出鬼没の機動力。

 武装惑星と剣士を除くのならば、戦艦は最優の兵器の1つだろう。

 剣士という戦力が規格外なのだ。

 体よく乗艦を果たしたジャックは、最前と同様虐殺を開始する。

 乗艦より2秒。たかがそれだけの時間でも、戦艦を機能不全に陥らせるには十分だった。

 撃沈はしかし、成し得なかった。

「畜生が!」

 ジャックは斬られた。

 宇宙空間での亜光速戦闘ならば、即死だろう。

 勢いのまま、破壊された隔壁から宇宙空間に投げ出される。

 手練れの奇襲。

 無論相手は。

「そりゃいるよなァ、剣士」

 無骨な鎖帷子に格子模様の腰巻、牛鬼のごとき鉄兜の剣士。

 無重力に立ち、首の横から前方に刃を突き出す霞に構えるのは両手剣クレイモア。

「我が国王陛下の誉れ高き海軍中将、ニューブリスター伯アーサー・ネイピアである! 貴様も名を名乗れ。墓碑に刻んでやるゆえ」

「海賊、ジャック・ザ・カトラスだ! 墓碑とやらには『国王の犬、大海賊ジャック・ザ・カトラスに敗れ死ぬ』とでも書いとくんだなァ!」

「ほざけ、下種めが」

「テメエの狙いは『人類種の遺産』だろォ? 人のモンしつこくつけねらいやがって、どっちが海賊なんだかなァ」

「貴様のような者に海路図が渡ったのがそもそもの間違いなのだ。陛下の悲願、果たさせてもらうぞ」

 言うが早く、お互いに背を向け、真逆の方向へと飛翔する。

 亜光速まで加速し、流星の如き一太刀を浴びせねば、剣士は斬れない。

 旋回は小惑星の重力を利用する。

 8亜光秒の距離で敵を視認。

 頭と頭を向き合う体制からの剣戟は、最もスタンダードなものである。

 アーサーは八相に構えている。

 剣の重量差を利用し、押し斬る意図か。

 大剣クレイモア小刀カトラスならば順当な戦術ではある。

 ジャックが正対から受けるのは愚作かと思われたが。

「小癪な!」

 カトラスを構えていない左手。

 尋常のものではない。

「海賊ナメんじゃねえぞォ!」

 カギ爪だった。

 1本のカギ爪がクレイモアを捉え、受け流している。

 超物理の衝撃が互いの脇をすり抜ける。

「死ね! 犬がァ!」

 カトラスが、心臓を狙い突き出された。

「甘いわ!」

 突きの右腕を弾いたものがある。

 足だ。

 蹴り。剣術の技では珍しいものではない。

 だが、

「犬かと思ったら、テメエ、タコ野郎が」

 通常の蹴りでは間に合わない。ならば関節を外し、頭の上まで素早くカチ上げる足技。

「王国の剣士はな、貴様が如き野良ネズミなどに斬れるものではないぞ!」

 カトラスが弾かれる。

 しかし、右手は得物から離さない。

 アーサーはクレイモアを振りかぶり、カギ爪を滑らせ、ジャックを投げ飛ばした。

「おお!」

 動揺は死に直結する。

 カトラスは大剣の胴を受けたが、膂力が及ばない。

 追撃の剣は海賊の腹を裂いた。

 アーサーはそのまま1亜光秒を飛び、残心を構える。

 その間に、ジャック・ザ・カトラスは事切れていた。

 装甲が砂と化して分解し、宇宙空間に放り出された生物の常として冷凍ミイラが出来上がる。

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