今はまだ想像だけ
団地の前、黒い封筒を片手に佇んでいる、スーツの男性。嫌な予感をひしひし捉えながらも、気付いていない振りをした。
「あぁ、瀧田さん。千里がいつもお世話になっています」
「
話し掛けられたら、返すしかない。自動的な、中身のない笑み。
「これ、ご存知ですよね。妻に怒られました。娘との時間が取れないので、楽しんでくれれば良かったんですが……予想してない事態になってしまって、すみません」
封筒を見せてきて、深々と謝罪。身内なのに堅苦しい、こういう所が苦手だった。
「どういう人が絡んでても、イタズラで済まそうと、僕は思ってましたから。別に。ただ千里も同じモノを持っていた。怖がっていた。それなのにまわせば他の人が同じ思いをするかも……良い子ですよね。ほんとに」
渡川さんは姿勢を元に戻し、「話した相手が、瀧田さんで良かったです。学校の友達であれば更に悪化したでしょうね。ほんと、ありがとうございました」
……なんだろう。謝りにきた、だけではないような気がする。
目が合うことなく、渡川さんは言う。
「千里はよく、そちらにお邪魔してるんでしょうか?」
「そうですね。千里の家から僕の団地まで、そんな離れてませんし。何かと都合が良いから」
「物心つく年頃ってありますよね。理解できる事が増えていく。何かと、お父さんはお仕事忙しいもんね。そう言われることが多くなりました……家ではよく瀧田さん、貴方の話題が出るんですよ」
仕事が忙しい。実際にそうだ、でも誰もが当てはまり、言い訳にも使えてしまう。そう言われる、考えられる理由は、寂しさや嫉妬だろうか。娘を可愛いと思える、いいことだよ。
「少し恐怖を仰ぐモノ、でしたね。斜め上の考えというか」
「好奇心ではしゃぐ処か怯えて、夕方のアニメでありますよね、謎解きの話が。あれに近づけたかっただけなのに」
「千里って、そのアニメ好きなんですか?」
「それをモチーフにしたアトラクションとかもありますよね? だから人気だと思ってたんです」
データが自分の子どもにも当てはまる? きちんと向き合ってから比較するべきだ。
「千里、料理出来るんですよ。知ってました? 母親の真似をしてるだけだと思うんですけどね。楽しそうにするんですよ」
「つまり、料理が好き?」
「関心は高いと思いますが、一度見ただけで決めつけはどうかと思うんで……一緒に楽しんであげたらどうですか?」
「んー、仕事の調整が……」
遊びに来てるだけ、ずっとそう思ってた。その理由があって千里は俺のほうに来てるなら。
「寝る前に話してみるとか、どうですか?」
「自分に余裕が出来た頃には、千里は寝てますからね」
「封筒……あっ、手紙のやり取りはどうですか? 交換日記とか」
「でも、何を書くんです? 交換日記、良いとは思いますが」
「聞きたいこと、下手な絵。何でも良いと思いますよ。というか、僕がやりたいかも」
時折カラッと吹く風。養っていかなきゃいけない、自由気ままにしてる俺には自分の物差ししかない。立場を変えたとして、奥さんとの時間、子どもとの時間を有意義に過ごせるだろうか。
千里が遊びに来て、子どもが居たらと想像できた。楽しかった。だから、繋がれる交換日記を提案する。
「そうですね、やってみようと思います。瀧田さん、メールしてもいいですか? 交換してるのにやったこと無いですよね。千里との接し方は先輩ですから、教えて下さい」
はにかんだ。雪が溶けるみたいな、心の扉が開く瞬間。そのうち敬語が取れたら、と伝えた。渡川さんは笑い、会釈した。
運ばれてきた、春休み。 戌井てと @te4-3
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