第32話(最終話) 魔法少女と亀の俺の呪文詠唱


「はー……! 満喫したなぁー……」


 久しぶりの外の空気を吸い込みながら、大きく伸びをする。


「ええ。こんなにじっくりと色々見て回ったのは初めてかも」


「そうか。気に入ってもらえたんなら、妹直伝のコースを案内した甲斐があったな。なんにせよ、チケットをくれた泉に感謝だ」


「ふふ、そうね。おかげで――」


 言いかけて、口を閉ざす白雪。


「ん? どうした?」


 覗き込むと、何故か恥ずかしそうに口元をおさえている。


「……大丈夫か?」


「……な、なんでもない……いえ、なんでもなくない……」


 もじもじとしていたかと思うと深呼吸をし、そして、一言一言を確かめるように口を開く。


「その……たのし、かったわ……おかげで、今日は、楽しかった」


 帽子に隠れて見えるか見えないかギリギリのその表情は伏し目がちで、若干頬が染まっている。

 こんな乙女チックな照れ方、数か月前に俺と契約したばかりの白雪からは想像もできない。正直に言うと超かわいい。でもそれ以上に、こうして素直に喜んでくれたことが俺は何より嬉しかった。思わず口元がほころぶ。


「お前、すげーよな」


「きゅ、急に、何……?」


「こないだ『素直になる』って言ってから、ちゃんとやろうとしてる。焦らなくていいって言ったのによ。やるって決めて、実際にすぐできるやつなんてそうそういねーよ。だから、すげーなって思って」


「そ、そうなの……?」


「そうそう。俺だってお前の力になりたいって思ってからできるようになるまで、随分かかっちまったし」


「う……あ、あんた、よくそんな恥ずかしいことが言えるわね……」


 白雪の顔が一層赤くなる。これは見覚えがあるぞ。俺の前で初めてスノードロップに変身したときくらい赤い。かなり恥ずかしいときのだ。なんでこいつがそんなに恥ずかしがってるのかはわからんが。


「別に、恥ずかしくなんてねーよ。思ったことをまんま口にしただけだ。あーあ、俺もお前をみたいに色んなことをすぐできるようになれればいいんだけどな。生憎そんな出来も良くねーし、要領もよくなくて……」


 ぼんやりと駅へ向かいながらそう呟くと、白雪は急に立ち止まった。


「――ない。そんなこと、ない」


「ん? なんか言った――?」


「出来が良くないなんて、そんなことない。万生橋は、私に出来ないことができる」


「……? そんなんあったか? 夜の病院が平気とか?」


「ちがっ……! そうじゃなくて! 思ったことが素直に言えるのは、私にとってはすごいことなの。私はちゃんと意識しないと、そうはできないから」


「ふーん? よくわかんねーけど、お前に褒められるなんて初めてじゃね?」


「別に褒めてない……あんたのそういうとこには感謝してるから、ちゃんと言おうと思っただけ……あと……」


 白雪は照れ臭そうにそっぽを向くと、おもむろに鞄を漁り始める。取り出されたのは小さな包みだった。さっき行った水族館のロゴがプリントされている。


「……あげる。色々、こないだ助けてくれたお礼も兼ねて……」


「――俺に? これを?」


「……早く受け取って」


 ぶっきらぼうに包みを押し付けられる。不思議に思って開けてみると、そこに入っていたのは小さなウミガメのキーホルダーだった。


「はは、俺と違って随分可愛い顔してるな? でも、好きなんだろ? こういうの。俺のはいいからさ、今日の記念にお前がとっておけよ」


 包みを返そうとすると、首が折れるんじゃないかと思うくらいに顔を逸らされる。


「私のは……別に買ってある……」


「え……? それって……」


(まさかとは思うが、『お揃い』ってやつか……? あの、カップルとかがよくするやつ? いやいや。白雪のことだ。友達とそういうことがしたかった、っていうオチも多分にある)


 そう思いつつもなんとなく気恥ずかしいまま、白雪の顔を見る。


「この際だから、言っておくわ。朝の日課の他に、やってほしいことがあるの」


「――はい?」


 急に強気に来られて面食らう。

 白雪はその勢いのままの強い口調で、思わぬことを口にした。


「明日からは、私のことを名前で呼んで」


「……へ? なんで?」


「なんでもいいから。その方がパートナーらしいかなと思ったのよ。紫と泉君もそうだし」


(たしかに、言われてみれば……?)


「別に構わないけど、いいのかよ? お前、自分の名前キライだっただろ? 男みたいで」


「それを克服する意味もある」


「克服、ねぇ。俺が呼ぶくらいで克服になんのか……?」


「あんただから、頼むのよ」


「どうして俺? 菫野じゃなく?」


 そこまで言うと、白雪はもどかしそうに顔を苛立たせた。


「万生橋に呼ばれるなら、キライな名前も少しは好きになれるかもしれない気がしたのよ! なんとなく!」


「なんとなく……?」


「ええ!! なんとなく!!」


 今度は急にキレだす。この光景はつい最近もあった気がするぞ。

 それにしても、あの完璧主義の白雪が『なんとなく』だなんて、随分曖昧な言い方をするもんだ。らしくもない。菫野との戦闘で庇って以降、最近様子がギクシャクしているように感じるのは俺だけか?


「まぁ、お前がそう言うならそうするけど……」


 俺はいまいち要領を得ないまま承諾する。白雪が克服したいって言うんだから、応援してやるのがパートナーとしての筋ってもんだろう。


「そういうことで! 頼んだわよ!」


 白雪はそう言うと、ワンピースの裾を翻しながら駅へすたすたと歩きだしてしまった。


「ちょ、待てよ! しらゆ――ええっと……優兎ゆうと!」


 急いで追いかけ、隣に並ぶ。

 帰りの電車の中、さっきまで一緒に楽しく水族館をエンジョイしていた筈なのに白雪との会話はゼロだった。前に病院へ向かったときと違い、今回は話題が無いわけではない。むしろさっき見た魚やウミガメ、イルカのショーについてや、こないだ泉に聞いた美味いと評判のカフェに行ってみたい(連れてってくれと言ったが泉には断固拒否された)など、話したいことは沢山あった。だが、当の白雪がなかなか目を合わせてくれないまま、白雪の最寄り駅についてしまった。


「じゃあ、また明日」


「おう……」


 そう言って降りていく白雪の背を見送る。


(もうちょっと、話したかったんだけどな……)


「――あ」


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、電車のドアから一歩踏み出していた。


(やべっ、つられて降りちまった……)


 突っ立ったままでも仕方がないので白雪を追いかけ、呼び掛ける。


「優兎、やっぱ送っていくよ」


「――――っ!!」


 急に背後から話し掛けられたからなのか、飛び上がるくらいの勢いで肩をびくりとさせる白雪。


「なっ……! 万生橋が、なんでここに?」


 さすがに、気がついたら降りていたとは言いづらい。


「いや、こないだハーメルンに絡まれたこともあるし、やっぱり送っていこうかと……」


 咄嗟に思いついた言葉だったが、あながち嘘でもない。

 白雪はその整った容姿のせいかやたら人の視線を惹きつけることを今日実感した。一緒にいるだけで、俺が見られているわけではないのに普段より落ち着かない心地がしたのはそのせいだろう。ハーメルンに限らず、帰り道で怪しい奴に声をかけられないとも限らない。まだ夕方で日は落ちていなかったが、送っていった方がいい。


「もう降りちまったから、送ってく」


 そう言うと白雪は小さく首を縦に振った。駅からの道を並んで歩く。


「駅からは十五分くらいって言ってたっけか?」


「ええ」


「そっか……」


「…………」


 先ほどの電車内での雰囲気を引き摺ったまま、ふたりして歩道を歩く。話題は沢山あった筈なのに、うまく切り出すことができない。


(あー……こんなとき、何て言えばいいんだ? 話したいこと、言いたいことは……)


「――あ」


 思い出した。俺も言おうとしていたことがあったんだった。


「なぁ、しら……じゃない、優兎。ひとつ言ってもいいか?」


「な、なに?」


「俺も今日は楽しかった。この数か月色々あったけど、大変だったことも含めて、今は楽しかったって思えてる。多分……お前のおかげだ」


「――っ!?」


 白雪はこちらを向いて固まっている――が、一応話は聞いているようだ。少し照れくさいとは思ったが、白雪が素直になろうとしている姿を見て、俺もちゃんと伝えようと思っていたんだ。少し呼吸をおいて、言葉を続ける。


「お前がパートナーで、よかったよ。だから、その……」


「…………」


「これからも、よろしく頼む。どれだけ力になれるかとか、どれくらい守れるかとかは正直まだ自信がない。けど、俺はお前の傍にいるからさ。少しは頼ってくれると、その……嬉しいっつーか、なんつーか……」


 結局照れ臭くて最後までしっかり言えなかった。我ながらなんとも情けない。思わず視線を逸らしてごにょごにょしていると、白雪は可笑しそうに笑い出した。


「ふふっ……ちょっと前は私と来るの、あんなに嫌そうにしてたのに。変な万生橋」


「わ、笑うことねーだろ……」


「考えてみれば、そっちから『パートナーになってくれ』って言ってきたのに。一緒に来るのを嫌がるなんて失礼な話よね?」


「うっ……」


(言われてみれば、たしかに……)


「でも、いいわ。私もあんたに強く当たり過ぎていたところがあるし。魔法少女の衣装コスチュームがアレなのは、別にあんたのせいじゃないわけだしね?」


(えっ……それで、だったのか? つーか、それだけ?)


 白雪の俺に対する当たりが強かった理由を、初めて知った。


「なに百面相してるのよ? いじわるして、悪かったわね。言われなくてもよろしくするわ。だって――」


 白雪はいたずらっぽく笑って人差し指を突き出す。そして、俺の心臓の辺りをぐい、と突いた。


「あんたは、私の『亀』だもの。これまでも、これからも」


 まるで生殺与奪は自分のものだと言わんばかりにぐいぐいと指を押しつけてくる。その動作はなんとも女王様っぽいが、遠回しに『これからもよろしく』と言っていることはわかる。そんな『なんちゃって女王様』な白雪は、付け加えるようにぽつりと呟いた。


「それに――」


「それに?」


「――兎は、さみしいと死んじゃうのよ……?」


「えっ。それ――」


(……お前のことか?)


 聞き返そうとしたのに、上目がちに俺を見上げる白雪の照れ顔があまりに可愛すぎて、言葉が思うように出てこない。

 俺は喉の奥から『可愛いかよっ!?』と叫びたいのを我慢して、深呼吸をした。そして死に物狂いで平静を取り繕う。


「……じゃあ、これからもよろしくってことで、明日から発声練習はナシでいいな?」


 俺はここぞとばかりに主張した。だって俺は一刻も早くあの日課から卒業したい。それに、発声練習をしなければその分白雪とカフェで過ごす時間も長くなるし。そんな俺の意図には気づかなかったのか。白雪よ。


「 だ め 」


「ですよねー……」


 儚い望みは、あっさりと打ち砕かれた。


「明日からも日課はしてもらう。学校にも一緒に行く」


「はいはい……」


「そんなにイヤなの? 発声練習」


「そりゃあイヤだろ」


「余計な羞恥心が残っているからそうなるのよ」


(お前に言われたくない……)


 変身するたびに顔を真っ赤にして泣きそうになっている、お前にだけは。


「なんなら、今ここで叫んでもいいのよ?」


「え……」


「冗談よ」


 くすくす笑いながら満足そうにこちらを見つめる白雪の姿を見て、俺は観念した。そうして、誰にも聞こえないように心の中で詠唱する。


(ああ、明日からも、俺は変わらずアレをやるのか)



 ――『まじかる☆みらくる☆めるくるりん!』――――と。






※あとがき


 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。お話はいかがでしたでしょうか? 


 私事にはなりますが、只今コンテストに参加中のため、もしよろしければ率直な感想や☆、レビュー等をいただけるととても嬉しいです。


 頂いた感想は今後の参考にさせて頂き、引き続き邁進して参ります。是非、よろしくお願いします!

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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱 南川 佐久 @saku-higashinimori

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