第31話 ハッピーエンディングデート

      ◇


 翌日。都内の水族館の入り口に少し早めに向かうと、そこにはすでに白雪の姿があった。遠くからでも一発でわかる、人目を引く容姿。白いワンピースに揃いの色のつば広帽子をかぶり、普段は結っている髪をおろしている。その髪の、初夏の風に煽られてふわりと揺れる様子はまるで野に咲く花のようだ。

 俺は一段と可憐なその姿に思わず歩みが止まってしまった。白雪は細い手首に巻かれた華奢な細工の腕時計をちらちらと気にしていたかと思うと、俺に気がつきこちらに向かってくる。


「来てたなら、声かけなさいよ」


「あ……わりぃ……今ちょうど来た」


「思ったより、早かったわね」


「お前こそ、めずらしく早いじゃねーか。放課後はいつも遅れて来るくせに」


「……別に、遠出するのに少し早めに家を出ただけよ……放課後は、お化粧直してるから、その……」


 何故か気まずそうに目を逸らす。


(早く着く分にはいいんじゃねーかと思うが……そっか、放課後は化粧を――)


 先日妹にした調査の結果『女子が頻繁に化粧を直すのは少しでも可愛く見られたいからなの!』が頭をよぎり、思わず口元がによりと緩む。


「ま、いいや。とりあえず入ろうぜ」


「ええ」


 ふわりと身を翻して入り口に向かう白雪の隣に並び、入場ゲートをくぐる。カウンターでチケットを見せて中に入ると、薄暗いながらも幻想的に青く照らされた通路が見えてきた。


「おお。やっぱいいな、水族館」


(いつぶりだ? 妹と冬にイルカのイルミネーションショーを見に来て以来だから、半年ぶりくらいか?)


 俺は結構水族館が好きだった。動物好きの妹の影響もあるだろうが、どちらかというと動物園より水族館派だ。

 クラスの友人には『意外』とか『ぽくない』とか言われるが、この静かな雰囲気と水中をゆったりと泳ぐ魚や海の生き物を見るのはなんだか心が落ち着いて好きなのだった。


「意外ね? 万生橋が水族館に興味があるなんて」


「はは、よく言われる。なんか落ち着いてて好きなんだ。ひょっとして、俺が『亀』なのもそのせいかもな」


「――そう。じゃあ、私が『水の魔法少女』なのも、そのせいかもね」


 白雪はそう言って、近くにあった色鮮やかな小魚の水槽を穏やかな表情で眺めている。


「白雪も好きなのか? 水族館」


「ええ。幼い頃、両親に姉と連れてきて貰って以来だから、来たのはすごく久しぶりだけど」


「そうなのか? それって何年前だよ? 最近の水族館は凄いんだぜ。プロジェクションマッピングって言ったか? とにかくすげーから。案内してやるよ」


 俺はマップを取り出しショーの時間を確認すると、おすすめの順路を指でなぞった。ほとんど妹の受け売りだったが、このルートなら効率よく全ての水槽が見れてイルカのショーやペンギンの散歩コースなどのイベントを網羅できる。もちろん、今日の本命である『ウミガメ』の水槽をじっくり見る時間も取れる予定だった。

 白雪は少し驚いたように俺の説明に耳を傾ける。


「万生橋にこんな才能があったなんて。水族館には、その……よく来るの? 女の子と?」


「へっ!? いや、妹とだぞ!? 頻度はまぁ、そこそこか? 妹が動物好きだから、季節のイベントとかがあると一緒に来たりするな。年に二、三回くらいか?」


「へぇ……やっぱり、面倒見いいのね」


 白雪はどこかほっとしたような表情でマップに視線を落とす。


「じゃあ、次はクラゲね?」


 俺達はクラゲやうつぼ、カエルといった生き物の水槽をはじめとし、ジンベイザメやエイなどがゆったりと泳ぐ大水槽、ラッコやカワウソの愛らしい姿を堪能した後、ペンギンの散歩を眺め、ウミガメの水槽の前に来た。


「ショーは午後からだから、しばらくここでのんびりしたら昼飯にしようぜ」


「賛成。ほら見て、あんたの先輩よ」


 白雪はウミガメの水槽に張り付いたまま目を輝かせ、ひらひらと手招きする。『孤高ツンドラの雪兎』と呼ばれているなど到底思えないその無邪気な姿に、思わず笑みがこぼれる。


「お前、水族館ほんと好きなんだな?」


 半笑いしながら話しかけると、ムッとした表情が返ってきた。


「……わ、悪い? そんなに意外に思うことないじゃない。どうせあんたも私のこと、近寄りがたい冷たい女だと思ってるんでしょ?」


「そんな訳ねーだろ? 冷たい奴は、そんな顔でウミガメなんて見ねーよ」


 水槽に視線を戻すと、水の中を心地よさそうに泳ぎ、時折ぷかぷかと水面に顔を出すウミガメの姿があった。なんとも呑気で気の抜ける顔だ。よく見ると目がくりくりとしていて、優しい表情をしているように思う。


「……かわいい……」


 白雪の口からぼそり、と感想が漏れる。その口元はふわりとほころび、いかにも『抑えられませんでした』といった笑みが浮かんでいる。きっとこれが、こいつの素なんだろう。俺もつられて口元が緩む。


「はー……呑気だよなぁ。ぷかぷか浮いて、海藻食って、気持ちよさそうに泳いで……」


「ええ……」


 白雪はうっとりとした表情でウミガメから目を離さない。俺達はふたりしてしばらくぼーっとウミガメの泳ぐ姿を眺めていた。


 ――結論から言うと、ウミガメから得られた守護者マスコットの極意は何もなかった。

 考えてみれば当たり前だ。俺達はウミガメに戦闘の助けになるような能力が何かないかと思って来たわけだが、水族館でのんびり暮らすウミガメに戦闘の機会など訪れる筈も無い。いや、目の前にいるこいつの姿を見ているかぎり、野生のウミガメが天敵に出くわしたとしてもその戦う雄姿をみられるとは到底思えないのんびりっぷりだった。

 しかし、ここまで来て何も得られなかったなどと、口が裂けても白雪には言えない。俺は「呑気で可愛くて戦うところなんて想像できない」という感想を胸の奥深くにそっとしまい、白雪と共に次へ向かった。


 館内のレストランで遅めの昼食を済ませ、プロジェクションマッピングを利用した屋内のイルカショーを堪能したあと、俺達は水族館を後にした。

 その間白雪は普段学校では見せないような、驚いた顔や感動した顔といった様々な表情を見せ、俺は白雪に内緒でその姿も堪能させてもらった。こればかりはパートナーマスコットの特権といってもいいだろう。俺にとっては、今日一番の収穫ともいえる。最後にお土産屋を通過して外に出ると、時刻は午後の三時をまわっていた。

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