後編
あの男を殺してから一週間がたった。
俺のところに男が死亡したという連絡は来たが、ニュースで取り上げられるようなことはなかった。
まあ、他にも事件がたくさんあるんだ、事故死として処理されたんだろう。
そう思っていたころ。
玄関のチャイムがなり、外に出ると、二人組の男が立っていた。
一人は少し小柄で、人懐っこい笑みを浮かべた男で、年は三十くらいか。結構整った顔立ちだ。
もう一人は高身長でイケメンであることには間違いないのだが、ものすごく冷たい印象を受ける。
「こんにちは。突然すいません。私、警視庁捜査一課第〇班の佐藤です。こっちは鈴木。少しお話を伺いたいのですが……よろしいですか?」
小柄な男の方が警察手帳を見せつつ簡潔に自己紹介をする。背の高い方は黙ったままだ。
「え、ええ……どうぞ」
驚きはあったものの、警察がくるのは覚悟していたことだ。顔には出さないようにし、二人を家に上げる。
「それで、どういったご用件で?」
「はい。■■さんのことはご存知ですか?先日、お風呂場で亡くなったんですが」
「ええ……まあ、割と付き合いの長い友人ですからね。それが?」
「はい。一見すると酒を飲んで酔った状態で風呂に入り、溺れてしまった、という状況なんですが、どうやらそうじゃないのでは、ということになりまして」
「はあ……つまり、事故ではなく殺人であると?」
少し驚いたような演技をしつつ話を聞く。
「そうですね。はい。それで、▽月△日の夜8時から翌日のアリバイとかありますか?」
「……いえ、その日は家に一人でいましたので、アリバイはありませんね。えーっと、アリバイがないと怪しいのでしょうか?」
「さあ、それはどうでしょう。あなたを含め、■■さんを殺害しようと思っていそうな人は割といますからね」
それはその通りなのだが、もう俺のこともつかんでいるのかと思った。が、別に慌てるような段階ではない。
「ちょっと聞きたいのですが、○○さんは■■さんの家に行ったことはありますか?」
「いえ、行ったことないですね。一応住所は何となく知ってますけど」
「そうですか。いえ、■■さんの知り合いの方に聞いてみたんですけど、誰も家に行ったことがないという答えでして。まあ、部屋の中を調べれば、■■さんが生活していた痕跡しかほとんど残っていませんでしたからね。おそらく犯人が初めて■■さんの家に上がった客人だったのでしょう」
そうだろう。だからこそ、家に行ったことがないと答えたわけだが。
「えーっと、それで……」
次は何を聞かれるのだろう、と思っていると、佐藤は世間話をするかのようにこう切り出した。
「ところで、事故死に見える現場で見つかった不審な点について興味がわきませんか?」
「え?あーまあ……」
いまだ笑みを浮かべている佐藤だが、こちらを見るその眼には、すべてを見通しているかのようなものを感じた。
そして、もう一方の鈴木は一言も喋っていない。さながら佐藤の用心棒のようで、隙のない視線をこちらに向けている。
「例えば、指紋を調べてみると、ダイニングとか、玄関の扉とか所々きれいにされていまして、■■さんの指紋も残っていなかったんですよ」
やはりそこをつつくか。しかし……
「でもまあ、■■さんが急に思い立って掃除とかをしたのかもしれなせんからね。そういう可能性もあるから、不審には思いましたけど、そこだけでは何とも言えない」
言おうと思っていた言葉を警察にとられてしまった。少しドキッ、としつつも、聞き流す。
「例えば、フローリングの床も綺麗にしていて、髪の毛もほとんど落ちていませんでした。結構丁寧に掃除をしたんだなあと思いましたね。ほら、どんなに気を使っていても、人間抜け毛はどうしようもないんですよ。だから、髪の毛という証拠を無くすために犯人が綺麗にしたのかもなーとも疑ることもできますけどね」
ただ、と佐藤はさらに話を続ける。
「■■さんの衣服に第三者の髪の毛等が付いていて、それが家に帰ってから落ちた、と言い張られたらなかなか反論しにくいですけどね。でも、そもそも○○さんはスキンヘッドですから、そういった抜け毛とかそういう証拠が残る心配はなさそうですね」
この佐藤という刑事が言った通り、俺はスキンヘッドだ。そして、髪の毛以外の場所も綺麗に剃っているから、毛という俺につながる証拠は残してないはずだ。
「それで、不審な点というのは?」
「ああ、すいません、話が脱線していましたね。それは、脱衣所にありました。そこを見て、僕がこれは事故死じゃないと思いました」
一体どこだ?
「脱ぎ捨てられていた服ですよ。上からトレーナー、Tシャツ、ズボン、パンツでした。明らかにおかしいですよね?」
「え……」
「だって服を脱ぐとき、下着から脱ぎますか?順番が逆でしょう。Tシャツやトレーナーの上に下着が来なくちゃおかしいでしょう。脱衣所で酔った状態で服を脱ぎ、洗濯かごに服を投げ入れている、という状況で、わざわざ服を逆に入れていくなんておかしいだろう、と」
確かにおかしい。思わず声に出そうになるのをこらえた。
ただ、そこまで致命的なミスだろうか。まだどうとでも言い訳もできそうな気がする。
そんな俺の考えをよそに、佐藤はさらに話し続ける。
「そして、そう思って風呂場前の床を良く調べました。そしたらやはり思った通りでした」
何が思った通りなんだろう?あいつを引きずるようなことはしていないから、そういう痕跡は残っていないはずだが。
「風呂場前に■■さんの足跡がなかったんですよ。正確に言えば足の指紋ですね」
あ……思わずそう呟いてしまった。
手の指紋等に意識が向いてて、足の指紋については全く考えていなかった。言われて初めて足にも指紋がある事を思い出した。
「風呂に入るんですからね。さすがに靴下は脱ぎます。それなら、足の指紋が残るでしょう。でも、そういったものは一切ありませんでした。だから、■■さんは何者かに運ばれたのではないかと」
少し絶望的な気分で話を聞いてたが、ふと思った。
確かに、事故死ではないという結論に至ったとしても、イコール俺が犯人だということにはならないだろう。
そんな俺の考えを読んだのか、佐藤はこう話しだす。
「とまあ、事故死じゃない、ということは分かりましたが、じゃあ、犯人は一体誰なのかということですね。おかしい点はありますが、証拠はないように見えます」
そうだ。そのはずだ。
「で、ちょっと捜査に協力していただきたいんですけど、○○さんの指紋を取らせてもらってもいいですか?」
「指紋……ですか?」
「ええ。まあ任意なんですけど」
迷ったが、了承することにした。断ったところで、知らない間に採取されているかもしれない。
「えーっと、指紋だけでいいんですか?」
こういうのはDNAとかも調べられそうなのだが。
「ええ、とりあえず。実は、■■さんの家を詳しく調べると、■■さん以外の指紋が見つかりまして。それで、その人物の指紋を探しているんです」
「指紋……」
少なくとも、自分の指紋は消しているはずだ。だから、俺の知らない誰かの指紋が偶然残っていたんだろう。
そう、そのはずだ。俺は静かに続きの言葉を待つ。
「どこから見つかったか気になりませんか?」
「ええ、まあ。どこなんです?」
佐藤は人懐っこい笑みを浮かべたままこう言った。
「インターホンです」
犯人の小さなミス 安茂里茂 @amorisigeru
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