第5話 二番じゃ駄目なのか、と、言う低い志の具現がこいつらだ
眼の前で話をされ、しかもこれ程私に見詰められていると言うの
に、乙幡博士であろう男は私と岸本の会話に入ってくるでもなく、
拘束されるがままずっと黙して顔を横に背けていた。
ここへ連れてこられてからずっとである。
岸本も業を煮やしたのか視線を乙幡博士であろう男に向けた。
「何か話してくれたらどうですか、乙幡博士。
黙秘を貫かれたところで貴方の時空管理法違反の罪は消えない。
それに2120年から持ち込んだDNA検査キットは、今のそれ
と違って数十秒で貴方が誰かを割り出すんです。
もう既に長谷川中尉の手に依ってそのことは検証済みだ。
それに我々の顔認証システムは、ゲノム編集を始めとした遺伝子
操作を施したかもどうかも割り出せるのです。
貴方が未来に行ってゲノム編集手術を受け、本来貴方の持つ遺伝
子を操作して外見を変えたことも分かっています。
今のこの時代では確か・・・・・そう、整形手術と言いましたか。
そして白衣の下に着込んだ軍装は、否、軍装の上にいつも着てい
る白衣を纏って仮装に見せ掛けた、と、でも言った方が宜しいか。
貴方にすれば完璧に擬態したおつもりなのでしょうが、我々には
通用しない」
岸本が言い終えるや乙幡博士であろう男は不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、何でもお見通しと言う訳か。
馬鹿らしい、時間管理法違反だと。
私は国家なのか米国の五十一番目の州だか分からんこの島国を、
腐りきったこの日本を糺そうとしただけだ。
こいつ等を排除して何が悪い」
そう言い終えた直後、そこら中に倒れる夥しい数の仮装者を見渡
した乙幡博士であろう男。
この男の言い放った今し方の言葉は、彼を紛うことなき乙幡博士
本人であることを証明していた。
私は今漸くこの男が乙幡であることを悟った。
この男が私の娘を死に追いやった、乙幡本人であることが。
やがて乙幡は低い声音で続けた。
「見よ、この仮装者どものぶざまな姿を。
毎年十月三十一日になれば仮装をして渋谷に繰り出す、この阿呆
共が何の役に立つと言うんだ。
コロナウイルスにしても下火になったと言うだけで、未だ完全に
収束したと言う訳ではないのに集まっては馬鹿を繰り返す。
こいつらは日本を貶めるだけの存在だ、と、そうは思わんかね。
恐らく今ここ渋谷に居る阿呆どもは、国際リニアコライダーの存
在さえ知らない筈だ。
ー21ー
しかしこいつらがこんなになってしまった責任は、こいつらだけ
にあるとも言えない。
こいつらをこうしてしまった根源は、腐りきった日本そのものに
こそある。
友愛党政権の時代スーパーコンピューターの予算を巡って、『二
番じゃ駄目なんですか』、と、言った女の議員が居たが、あれはあ
の女の言葉であっても、あの女自身の言葉ではない。
日本国民の愚かな民意を炙り出した言葉に過ぎんのだ。
政治家などは票が集まればそれで良い訳で、あの女は人気を集め
たいが為にああ言ったに過ぎない。
つまりあれが日本国民の本音だったと言う訳だ。
そしてあの頃から日本人は二番で良くなった。
2000年頃は先端技術分野で世界一の特許出願数を誇った日本
が、米中に先を越された挙句その次の順番さえも韓国に譲ることに
なった。
二番でいいなどと言う戯けたことを言っているうちに、二番どこ
ろか三番にさえ止まることが出来なくなったのだ。
科学の進歩なんかよりも今が楽しければそれで良い。
将来なんか知ったこっちゃない。
一番になって何が楽しい、浦安にある鼠御殿や渋谷のハロウィー
ンを、今楽しめればそれでいい。
今の日本たるやそんなにも愚かな考えに満ちている。。
こんな資源の欠片もない、そして猫の額ほどの国土しか持たない
島国が、科学への探求をやめてしまった途端こいつらは生まれた。
言うならば『二番じゃ駄目なのか』、と、言う低い志の具現がこ
いつらだ」
吐き捨てるように語尾を荒げた乙幡は、再びそこら中に倒れる夥
しい数の仮装者に向かって顎をしゃくった。
直後拘束された腕を振り解かんばかりに身体を荒々しく揺すり、
尚も乙幡は続けた。
「技術立国も叶わず、知財強国への野望も中国に譲った日本なんぞ
に、最早未来などない。
だからこそ私は日本が日本であった時代の、あの二・二・六事件
の将兵等を呼び寄せてこの愚かな日本人を始末させたのだ。
私が中ロに寝返ったのも自明の理と言えよう。
こいつらなどは殺されて当然なのだ。
こいつらを殺したことを私は感謝こそされ、誰に咎められなけれ
ばいかんと言うのだ」
私は乙幡の顔に唾を吐きかけてやった。
「黙れ」
ー22ー
声を荒げる私を見た乙幡は嘲るように嗤った。
「あんただってこいつらを排除しようとしてたじゃないか。
所詮はあんたも私も同じ穴の狢なんだよ」
乙幡の言葉を聴いた私は暫く記憶が飛んでいたらしい。
気が付くと声を上げて嗤う乙幡の頬を殴り付けていた。
何度か殴ったのか定かではないが、乙幡は血飛沫を上げながら尚
も嗤い続けた。
私は反駁の声を上げながら尚も乙幡に殴り掛かる。
「殺していい者などはひとりもいないんだ
貴様のせいで奈津子は死んだ。
貴様のせいで、貴様のせいで」
そう言いながら顎を突き上げてやるつもりでアッパーを繰り出そ
うとした私であったが、肩口から何者かにその腕を押さえ込まれた。
直後聴き知った声が耳朶を打った。
「班長、そのくらいでお止め下さい」
何時の間にか松木が戻ったのだ。
「離せ、松木三佐。離してくれ」
振り解こうとする私に諭す声音で松木が告げた。
「間も無く乙幡は違う空間へ転送される筈です」
「違う空間?
違う時代、と、言う意味か」
振り返って訊き返す私に首を左右に振りながら松木は応じた。
「そうではなくリニアコライダーを手に入れた中ロが完璧なタイム
マシンを製作し、第二次大戦時代に原子爆弾を持ち込んでしまった
後連続する空間のことです。
リニアコライダーを手に入れた中ロの狙いは、原子爆弾を毛沢東
とスターリンに渡し世界中を真っ赤に染めることだったのです。
尤も今我々の居る空間でそんなことは起こりませんが」
松木がそう言った直後黙っていた岸本が切り出した。
「乙幡博士貴方は多次元空間論についても知識がおありでしたね」
岸本の言葉に蒼白となった乙幡は瞠目し拘束されながらも、棒立
ちとなった。
「おい、何をした。
連れて行くなら連れて行けよ。
君らの居る未来に連行するんだろ」
にやと嗤った岸本がさらりと言い放った。
「私は貴方を時間管理法の罪に問うとは言いましたが、貴方を私達
の居る未来へ連れて行くとはひと言も言っていない。
ですが望みのようですから貴、方を未来へお連れ致しましょう。
ー23ー
但し私達の居る未来とは別の未来へね。
間も無くでしょう貴方の作った不完全なタイムマシンを、我々が
完璧なものに改造した効果が出るのは。
空間転送装置も作動させておいたので、どうぞ行ってらっしゃい。
毛沢東とスターリンが原子爆弾を使って、世界中を真っ赤に染め
た別の空間へ」
岸本の言葉の直後乙幡の身体は靄が懸かったように、徐々に薄く
なっていった。
「おい、やめてくれ。
やめろ・・・・・」
そうした乙幡の言葉が私の耳に届いたときには、彼の身体は拘束
された鷲津と長谷川両名の腕から既に消失していた。
ー24ー
ハロウィーンの明けた朝に 松平 眞之 @matsudaira
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