第4話 この別人こそが乙幡博士本人なのであります


 岸本は懐から辺りを見廻し私と彼以外他に人が居ないことを確認

すると、腕時計を弄ってその場に立体映像を立ち上げた。

「それが未来の3D映像と言う訳か?」 

「いえ、6D映像です。

 まあ6Dと言ってもここには温度や、臭いや、空気、そう言った

ものを演出するアウトプット装置がありませんから、3Dと言えば

3Dになりますが、ま、そのことはさておき。

 乙幡博士は自らが開発した人工知能に、国際リニアコライダーが

日本に誘致されなくなる方法を導き出させたのです。

 その為には中ロへの国際リニアコライダー誘致の阻止の必要性を、

別班から日本政府に上申させないよう画策す可し。

 そう結論付けられた」

 私の眼前には岸本の時計が創出したのであろう3D、否、彼の言

葉に従えば6Dだかの立体映像が立ち上がり、国際リニアニアコラ

イダーが如何なるものかを見せてくれていた。

 やがて今日までに到った経緯を、まるで監視していたかのように

正確な立体映像が流れる。

 岸本はその立体映像を解説するように続けた。

「そこで別班の班長である貴方を社会的に抹殺し、組織自体を解体

させようとしたのです。

 その方法こそが、貴女の娘さんを亡き者にすることだった。

 事故に巻き込まれる時間帯まで娘さんに残業をするよう仕向けた

のも乙幡博士ですし、また事故を起こしたあの場所にあのタイミン

グで娘さんが遭遇するよう交通規制などを敷いたのも、乙幡博士の

仕業だったのです。

 その事故に恰もハロウィーンに参加した不届き者が拘わったよう

に見せ掛ければ、貴方が復讐を果たし自決するに到る。

 乙幡博士の人工知能がそう答えを導き出したのです。

 その際一定人数の将兵等を使って無差別殺人を犯したとなると、

貴方は卑劣なテロリストに成り下がる。

 まさかそれが過去から連れて来られた二・二・六事件の歩兵だな

どと、この時代の誰が信じ得ましょう。

 その上二・二・六事件の将兵等が一時間後に元の時代に戻ってし

まえば、元々この時代に存在しない彼等を特定のしようも無い。

 畢竟北見班長、貴方がテロの首謀者になる。

 つまり貴方は乙幡博士の創った人工知能に依って、テロリストに

されようとしていたんです。

 乙幡博士と言う男は目的のためなら手段を選ばない。

 その為にはディープラーニングの際、人工知能に何が正義で何が

悪かを教えないのも彼の流儀なんです」

           ー17ー





 私は棒立ちとなり気色を失った。

「そんな馬鹿な・・・・・」

 そう呟くことしか出来ずに立ち尽くす私に、岸本は冷静に尚も追

い討ちを掛けるように重ねた。

「先回りをして二・二・六事件の当日から歩兵等をわざわざ連れ出

したのも、乙幡博士を惑乱させる為でもあり、また彼を逮捕する為

でもあるんです。

 念の為我々は乙幡博士の到着する一時間前に歩兵達を連れ出し、

その際彼が歩兵達を連れ出させないようにした。

 昭和十一年に居る二・二・六事件首謀者の野中四郎大尉に、もし

乙幡博士が来たら彼を殺さず捕らえるように、と。

 これは勅命であり、乙幡こそが君側の奸たる統制派の陰の首魁で

ある、とも。

 しかし仮に昭和十一年で乙幡博士が捕えられたとしても、一時間

後には自動的に彼はこの時代に戻ってくる。

 彼の不完全なタイムトラベリングのお陰でね。

 そして必ずここ渋谷にやって来る。

 今日貴方がテロリストになったかどうかを確かめる為に。

 仮に何も無かったとなれば彼はまた違う時代にタイムトラベルし、

何らか違う手を使うかも知れない。

 しかし自身の計画通りに多数の仮装者が倒れているとなれば、話

は別になります。

 まさか倒れている仮装者が、眠っているだけだとは思わないでし

ょうから。

 彼は今この渋谷の何処かに必ず潜んでいる筈です。

 そこを捕え乙幡博士を2120年の未来に連行するのが、私達2

120年の日本防衛軍諜報部に課せられた任務なのです」

 岸本の言葉を聴いている内に、私は最早彼が未来から来た者かど

うかなどはどうでもよくなっていた。

 彼の言っていること自体嘘では無さそうだし、それに仮に彼がも

しCIAなどの米国諜報機関所属のエージェントで、私を攪乱させ

る為に未来から来たなどと嘯いているのならそれはそれで肯ける。

 ここに来て漸く冷静さを取り戻した私は、岸本を正面に見据えた。

「ひとつお訊ねします。

 先程から貴方は逮捕とか連行とか仰っていますが、それは彼の何

の罪に対してですか?」

 ひとつ肯いた岸本は低い声音で返した。

「乙幡博士は時空管理法違反の罪に問われています」

 またもSF小説のような罪状を嘯く岸本だが、それも秘匿行動の

一環と考えれば肯けないことはない。

           ー18ー





 不服そうに溜息を吐いた私を見据え返し、尚も岸本は揺るが無い

声音で続ける。

「我々は彼の到着する一時間前に彼等を連れ出し、乙幡博士が彼等

を連れ出させないように、今も昭和十一年に居る首謀者の野中四郎

大尉に、そのことを勅命であると言い含めてあります。

 彼こそが君側の奸たる統制派の陰の首魁である、と。

 尤も乙幡博士の逮捕連行は私達の目的であり、松木三佐の目的は

全く別にありますが」

 言い終え意味ありげに口元を歪める岸本に対し、私は我知らず小

首を傾げた。

「別の目的?」

 私の問い掛けに被せるように岸本が言い放った。

「そのことは、それはこのハロウィーンの明けた朝に分かりますよ。

乙幡博士を逮捕した後にね」

 そう告げて遠くを見る目のまま岸本が首を廻らせた先に、真ん中

に人を抱えた人影が三つほど見えた。

 人影が次第に近付いてきて数十メートル先に居るその内の一人が、

別班所属の鷲津二尉であることに気付いた。

 任務に就く場合一組ふたり以上で行動する別班では、佐官になる

と最低でも一名の尉官が部下として配属される。

 そんな別班の鷲津二尉は、松木三佐の直属の部下であった。

「北見班長、鷲津二尉只今任務を完了し帰還致しました」

「鷲津二尉ご苦労であった」

 いつもの癖でついそう返してしまった私だが、何の任務だったの

かさえ把握していない。

「長谷川中尉も乙幡博士逮捕の任務完遂。ご苦労であった」

 私の胸中を悟っているかの如く、岸本は答礼を返す際にあざとく

任務の内容に触れて来た。

「はっ」

 挙手の敬礼を岸本に返すこの長谷川と言う男は彼の部下であった

か、と、思うよりも強く今し方の長谷川に返した岸本の言葉が気に

なって仕様がなかった。

「鷲津二尉、乙幡博士を逮捕したと言うが博士は何処に居る。

 その拘束している男は乙幡博士とは別人だろう」

 自分が出した命令ではないが、任務完了と言うからには乙幡博士

を逮捕したに違いない。

 しかし鷲津二尉と長谷川のふたりに挟み込むようにして抱えられ

ていた男は、明らかに乙幡博士とは違っていた。

 白衣こそ身に纏っていて研究者のように見えるが、髪を短く刈っ

ていたし乙幡博士とは似ても似つかない外見をしている。

           ー19ー





 この白衣も恐らくハロウィーンの仮装の一種で、彼は乙幡博士の

協力者か何かなのだろう。

 それに乙幡博士はアインシュタインを気取った長髪で、もう少し

全体的にふっくらとしている。

 身長こそ凡そこんなものだが、20代で筋肉質のそして俳優のよ

うに整った顔をしたこの男は、断じて乙幡博士ではない。

 強いて言えば白衣から垣間見える旧日本陸軍将校のものと思える

軍装が、我々と同様で何となく解せないところなのだが、しかし眼

前で拘束されているこの男は明らかに乙幡博士とは別人である。

「はっ、ここに」

 私の問いにあっさりとそう返してにやと嗤った鷲津二尉は、拘束

された男に向かって顎をしゃくりながら言い放った。

「これが今の乙幡博士なのです。

 班長の言う、この別人こそが乙幡博士本人なのであります」

「そ、そうであったか」

 何が何やら訳も分からないままそう返してはみたのだが、私は身

じろぐことも出来ずにその場に立ち尽くしてしまった。


 鷲津二尉の言うことが事実だとしたら、乙幡博士のそれは仮装を

通り越して変身をした、と、でも言うべきか。

 それとも皆して私を騙しているのか。

 否、松木三佐を始め鷲津二尉までが、別班班長の私に対して虚を

吐こう筈などない。

 やはり眼前にいるこの男が乙幡博士なのだろう。

 しかし釈然としない。

 それは今ここに拘束されている男が乙幡幡博士本人かどうなのか、

と、言うことではなく、この岸本と言う男や長谷川と言う男が未来

から来たと言うのが本当なのか、或いは米国の諜報機関の人間なの

か、果たしてどちらなのかと言うことについて、だ。

 唯、私の部下である松木三佐や鷲津二尉が協力しているのだ。

 この岸本・長谷川の両名は、信頼に足る人物であると言うことだ

けは確かである。

 別班の班長ともあろう私だけが蚊帳の外に置かれ、事の真相も見

抜けないとは何ともお笑い種だ。

 娘への強い思いが私を盲目にさせてしまったのだ。

 私は眼前で拘束されている男をぼんやりと見詰めながら、自らを

嘲るように嗤うしかなかった。




           ー20ー

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