第3話 殺そうとしたつもりが、殺すように仕向けられていた


 狐につままれたようでもあるが、まさか本当に岸本は未来から来

たのか・・・・・否、そんなことはない、と。

 そう自身に言い聴かすべく首を激しく左右に振った。

 直後猫のキャラクターの女の腕を離し、私はその場から岸本に射

るような視線を送った。

「どう言う事なんだ。

 何かの手品のつもりか。

 タネは何だ。

 或いはこれもハロウィーンの余興だとでも」

 抗う岸本は反駁の代わりに無言でこちらに近付き、私の掌の上に

小さく冷たい何かを乗せてきた。

 岸本の翳した手が引かれると、そこには一発の弾丸が在った。

「実弾の代わりに、我が日本防衛軍が演習時に使う麻酔弾を彼等に

与えたのです。

 大元帥陛下からの恩賜の弾丸だと言い含めてね」

 確信めいた物言いをする割りには、それは何の変哲も無い銃弾で

あった。

 只、それは旧式の銃弾であることは間違いなかったが、ずしりと

重い銃弾であったし、それを生身の身体に受ければ確実に死ぬ。

「只の実弾じゃないか。

 たとえ演習用とは言えこれが麻酔弾でないことくらいは、私にだ

って分かる」

 岸本は私の言葉に押し被せるように強い声音で返して来た。

「厳密に言うと実弾の表皮を被った麻酔弾です。

 標的の手前で表皮は四層に分断され、中から麻酔弾が発射される。

 身体を傷付けることはありませんよ。

 とは言え、こうした当たり前の技術も今はまだ完成されていませ

んから、そうお思いになられても致し方ありませんが」

 そう言うや腰に吊ったホルスターから南部式と思われる拳銃を取

り出し、その弾丸を装填し少し離れた位置に在るパンダの着包みの

方に向けた。

 脱ぎ捨てられたのだろうそれは、しお垂れて首は取れてその辺り

に転がっていた。

 岸本が引銃を引いたのであろう銃声がした。

 直後脱ぎ捨てられたパンダの着包みの方へと駆け寄った岸本は、

何かを拾うような素振りをしたかと思うや私に手招きをした。

 手招きをされるままそちらの方へと駆け寄った私の掌に、岸本は

 四方に分かれた銃弾の金属の部分を乗せながら告げた。

「超小型の量子チップが埋め込まれており、そいつが総ての自動計

算をします。

             ー13ー






 と、言っても、そのことだけを計算する単純な人工知能ですが、

それでも正確無比に標的を打ち抜くことは確かです。

 金属の表皮を除いた中身のごく柔らかい麻酔ブレットだけをね」

 淡々とした岸本の言葉に、私は彼が本当に未来から来た男なのか

も知れないと思うようになっていた。

「そしてその麻酔ブレットは標的に当たった時点で溶けてなくなる。

 またその時同時に麻酔薬を標的の身体に送り込むんです。

 尤も現代の科学知識だけでは検証できないでしょうがね

 従って今そこら辺に倒れている連中が凡そ一時間の後に目覚めた

後で、幾ら病院に言って旧日本軍の仮装をした一個小隊の連中に撃

たれたと医師に訴えても、それこそハロウィーンの余興だと笑われ

るだけです」

 尤もらしい説明に私は反駁の声を上げれず、駄々を捏ねる子供宜

しく屁理屈程度の言葉しか出てこなかった。

「百歩譲って君の言う通りだとして、何の為にわざわざ二・二・六

事件の将兵等に撃たせた。

 別に彼等に撃たせなくとも、君が未来から来たのならその未来か

ら一個小隊を呼んできて撃たせればよかろう」

 溜息をひとつ吐きの捨てた岸本の口からは、思いがけず聴き知っ

た人物の名が飛び出した。

「彼等を呼んだのは私ではありませんよ。

 彼等を昭和十一年から呼び寄せたのは、あなたも良くご存知の乙

幡(おつはた)博士と言う、マッドサイエンティストですよ。

 乙幡博士は国際リニアコライダーを自由に使えるよう中国とロシ

アから約束を取り付けていました。

 言わずもがな中ロを差し置いて、日本に国際リニアコライダーが

誘致されると困るんですよ、彼は。

 何故なら日本政府からはどんなに待っても、乙幡博士への国際リ

ニアコライダーを使用する許可が下りないからです。

 過去に問題を起こしていますからね。

 彼には昨年中国に6G通信関連に関する国家機密に当たる技術を、

日本政府に許可なく売り渡したと言う疑惑がある。

 だから日本政府は仮に誘致に成功しても、国際リニアコライダー

の使用許可を乙幡博士には絶対に出さない」

 この岸本と言う男がもし未来から来ていないとしたら、それは別

班に匹敵する国家的情報を扱う機関に所属している人間だろう。

 何処の組織かは想像もつかないが、我々別班か或いはそれ以上の

組織化か、だ。

 私は岸本を正面に見据え直し自らの知る限りを述べた。

「乙幡博士は我々別班も追っていた。

              ー14ー






 トンネルの中で電子と陽電子を光速に近い速度でぶつけ合い、宇

宙草創(ビッグバン)を再現するILC(次世代加速器国際リニア

コライダー)を、日本の東北地方北上山地に誘致することを彼はネ

ットや出版物で異常に反対していた。

 宇宙誕生直後のビッグバンが人工的に再現されたその瞬間に、何

が起こるかの危険を日本の科学者達は理解していない、と。

 そのことについて調べるよう内閣官房から統合幕僚監部に、そし

て我々へと命令が下った。

 彼が中ロと繋がっていることまでは掴んだが、そこから先の調査

については・・・・・」

 私の二の句を遮るように岸本が低く押し被せた。

「そこから先の調査については明日以降北見班長、貴方が統合幕僚

監部を通して政府に報告をしなければ沙汰止みとなる。

 何故なら乙幡博士の主張を後押ししているのが、今の日本の世論

でも有るからです。

 無駄な金を浪費して科学の進歩を促すより、景気の上昇と年金二

千万問題を何とかしてなければならない政府に取って、多額の費用

の掛かる国際リニアコライダーはお荷物でしかないからです。

 しかし仮に中ロが絡んでいるとしたら、それは別の話になる」

 岸本の謎を掛けるような声音が、私の口を自動的に動かした。

「米国が乗り出してくる」

「ところがもし貴方が今日ここで殺人を犯したとしたら、その問題

が沙汰止みになる。

 そうなると喜ぶのは誰でしょうかね」

 口元を歪め横目でこちらを見遣る岸本に、私は無言を返事にした。

「それに乙幡博士は、既にタイムトラベルの技術を確立させていま

した。

 と、言っても、まあ、完全な技術ではないんですがね。

 時空に裂け目を作って特定した時代の一定の人数の人を、特定の

時代に転送することまでなら彼には出来る。

 但しせっかく転送した人物も、凡そ一時間後には元居た時代に戻

ってしまう。

 しかし今回はそれだけでいいんですよ。

 何故なら無差別殺人を犯した連中はたとえDNA検査をしても、

そのDNAを持った人間など、今の日本の何処にも存在しない訳で

すから。

 つまり乙旗博士の一番の目的は、別班班長に無差別殺人を犯させ

ること。

 当日軍刀を持って決起趣意書まで懐中に忍ばせている貴方の言い

分を、たとえ無差別殺人を犯したのは自分ではないと言ったところ

             ー15ー






で誰が信じますか。

 数人は斬るつもりだった貴方の言い分を、誰が。

 それを無差別殺人に摩り替えることくらい簡単なことだ。

 しかしそうなれば貴方は狂ったテロリストと言うことになる。

 だとすればテロリストの言うことを内閣官房が聴くと思いますか。

 それより何より、下手をすると別班の存続自体も危ぶまれる。

 結果彼は中ロの協力に依って国際リニアコライダーを使い、ブラ

ックホールの仕組みを完璧に知り得ることで、今の自分の持つタイ

ムトラベルの技術を完璧なものに出来る。

 乙幡博士に取ってそれが中ロにどう利用されるかなんて関係ない。

 彼は自分の研究の成果さえ上げられれば良いんですよ。

 それがマッドサイエンティストたる、乙幡博士の正体だ。

 だから我々が彼の先回りをして昭和十一年に行き、彼等の銃弾を

麻酔弾に摩り替えた。

 と、ここまで話せばお分かりですよね。北見班長」

 岸本の問い掛けに私が見出せる答えは、たったひとつ。

「私が乙幡博士に、嵌められたと言うことか。

 私は殺そうとしたつもりが、殺すように仕向けられていたのか。

 しかしちょっと待ってくれ。

 それが事実だとすると、私の娘の死自体が乙幡博士によって仕組

まれていたのか・・・・・」

 私の言葉に岸本は無言のまま大きくひとつ肯いた。





















           ー16ー

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