第2話 これ等の死体は死体には非ず

 眼前にはバタバタと倒れた仮装者達がドミノの如く折り重なり、

正にドミノ倒しとでも言うべき様相を呈している。

 最早これはハロウィーンに浮かれる渋谷の街ではない。

 本来キラキラとした喧騒が渦巻く渋谷の街に、怒号が飛び交い、

未だ撃たれていない仮装者達が逃げ惑っている。

 倒れた仮装者達を飛び越える天使や、悪魔。

 或いは倒れてモール宛らになっている仮装者達を踏み付けて、我

先に突き進もうとするラグビー選手達。

 中には撃たれてもいないのにその場にしゃがみ込んで、唯、唯、

怯えている魔法使いや、その場に立ち竦み絶叫することしか出来な

いバニーガールなど。

 ありとあらゆる仮装者が惑乱し、正気を失っていた。

 しかし他の仮装者達と相反するように、松木と岸本は何もなかっ

たように平然とその様子を傍観している。

 

 やがて第二射を放つ構えを見せている松木に、私は反射的に駆け

寄り制する声を上げた。

「無差別に人を殺してどうする。

 貴官のしたことは、テロと同じだ。

 眼を醒ませ松木三佐」

 私の言葉を聴き流しにやと嗤った松木が、釘を刺す声音で私に言

い放つ。

「やっといつもの班長に戻られたようですね。

 しかしそのお言葉は、そっくりそのまま班長にお返し致します。

 何故ならわたくし達より早く、人を斬ろうとしていたのは貴方だ

からですよ、班長。

 たとえ血を分けた娘の死に対する復讐とは言え、有無を言わさず

人を斬り付けるのは、それこそテロと同じだ」

 尤もである。

 直後私は嘆息を禁じ得なかった。

 しかしそれは松木に対して吐いたのではなく、人を斬ろうとして

いた私が、今更上官面をして松木に忠告したことに対してのものだ。

 とは言えこれは私に取っての問題であって、彼を巻き込むべき問

題とは言えない。

 彼が私に代わって殺人に手を染める程娘を思っていてくれたこと

は、それは父として喜ぶべきことなのかも知れないが、将来の有る

彼を殺人犯にすることなど出来ない。

 元々決起した後は腹を切ろうとしていたこの身だ。

「分かった松木三佐、兎に角この場から離れろ。

 どの道私は腹を切ろうとしていたんだ。

             ー10ー






 私が代わる。

 私が罪を被るから今直ぐにこの場から離れるんだ。

 貴官は将来をふいにするべきではない」

 顎を左右に振り再びにやと嗤った松木が、「撃(て)ぇーっ」と

声を掛け第二射が放たれた。

 私は何も出来なかった、否、或いは何もしようとしなかったのか

も知れないが。

 その場にへたり込み為す術もなく傍観する私を尻目に、松木は第

三射、第四射、第五射と、次々と号令を掛けて行った。

 その度に仮想者達がバタバタと倒れて行き、やがてドミノ倒しも

最終章を迎えたのか、辺りには動いている仮装者がひとりも居なく

なった。

 一個小隊の歩兵の仮装した連中が何度撃ったのかは数えていない

が、怒号も消え渋谷の街はそれこそ平穏と寂寞に包まれている。

 そして撃ち損じた仮装者達を負い掛けていったのか、松木も一個

小隊の歩兵達も私の視線の届く処には最早居なくなっていた。

 まさかこれがハロウィーンの日の渋谷の光景だとは・・・・・。


 暫くして茫然とへたり込む私の耳元に、唐突に声が降り掛かった。

「先程も申し上げましたがあの一個小隊の歩兵達の軍装は、あれは

仮装ではなく本物の帝國陸軍の軍装です。

 つまり彼等は本物の帝國陸軍の歩兵なのです。

 二・二・六事件で演習だと言って決起将校等に駆り出された、本

物のね。

 彼等は昭和十一年二月二十六日の夜から遣ってきたのです。

 そう言う訳で彼等には、西洋かぶれした君側の奸である新興宗教

団体の集会を急襲するよう、我が部隊に大元帥陛下から勅命が下っ

たと言い含めてあります」

 やはりこの岸本と言う男は狂っている。

 自らを未来から来たと称し、一個小隊の仮装者達を本物の旧日本

陸軍の歩兵だと言い切る。

 しかし優秀な松木が、この異常としか言いようのない発言をする

岸本と言う男を、まともな状態で信じたとは思えない。

 或いは薬物でも使ったか。

 私は咄嗟に岸本の胸倉を掴み前後に大きく揺すった。

「貴様、松木三佐に何をした。

 何か薬物でも使ったんだろう。

 貴様のせいで、貴様のせいで!」

 私の言葉を一顧だにしない岸本は不敵な笑みを浮かべ、その双眸

から射るような視線を私に向けた。

             ー11ー






「私が松木三佐に何をしたと言うのです?

 北見豊別班班長」

 さっき会ったばかりのこの狂った男に平然と名前を呼ばれた私は、

憤りを通り越して最早殺意さえ覚えていた。

 我知らぬ内に岸本の胸倉を掴んでいた両手を振り解き、徒手格闘

術の構えを取っていた。

「私の名前を気安く呼ぶな。

 松木三佐に大量殺人をさせた貴様が、私の名を!」

 私の殺意を感じ取ったのか、岸本は一歩退いた。

「それは単なる誤解ですよ、北見班長。

 それに誰が誰を殺したと仰るんです」

 事ここに到って未だにしらを切ろうとする岸本に呆れつつも、そ

の確信めいた声音に潜む真意は何なのかと言う疑問に胸中を埋め尽

くされた私は、徒手格闘術の構えを解き無我夢中で反駁した。

「しらばっくれるな。

 そこら中に倒れている夥しい数の死体の前で、よくそんなことが

言えたもんだ」

 私の言葉に岸本は視線を一巡させた後淡々と応じた。

「ああ、彼等ですか。

 これ等の死体は死体には非ず。

 皆、眠っているだけですから」

「何だと・・・・・」

 何を言っているのかが理解出来ずに二の句を失った私に、岸本は

尚も畳み掛ける。

「信じられないのならそこら中に倒れている仮装者のうちの誰でも

良い、脈を取って見て下さい。

 それに誰からも血など流れていない筈だ」

 疑念を払拭出来ないものの岸本を見据えながら、一歩、また一歩

と、倒れた仮装者達の身体からは岸本の言った通り一滴の血も流れ

ていない。

 次いで一番近い処に倒れていた、猫のキャラクターの女の腕を取

って脈を取ってみると、確かにその脈動を感じることが出来た。










             ー12ー

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