ハロウィーンの明けた朝に 

松平 眞之

第1話 その仮装は仮装に非ず

 見渡す限りの人の海である。

 ここに居る男達もそこに居る女達も、皆が皆浮き足立っている。

 派手なメイクを施した男に、天使を模したのか背中に羽根を生や

した女、或いは着包みを着込んでいて性別も年齢も不詳の者など、

四方八方が仮装者で埋め尽くされている。

 仮装者が仮装者の上に折り重なり、その上にまた別の仮装者が折

り重なって、夥しい数の仮装者が波濤となって押し寄せる人の海だ。

 ところがそんな人の海に、今、私もまた飛び込もうとしている。

 前に進みたくとも行き場さえないと言うのにである。

 馬鹿げた話だ。

 しかしそうと分かってはいても、私にはここに飛び込まなければ

ならない訳がある以上、それも致し方無い。

 ひとり娘だった奈津子と同じ年頃の娘が大勢居るここに。

 無論彼女達を救わなければならないと言う正義感も多少は有るが、

それより何よりこの無秩序で異常なカーニバルに参加するあの馬鹿

者供を、何としても排除しなければならない。

 それが今の私の存在意義とでも言うべきか、或いは私を生かして

くれている唯一無二の核心、と、でも言うべきか。

 私はそれ等私自身の深奥から沸き起こった声に従い決起に及ぶ。

 またそれが考えに考え抜いた末に、私の出した答えでもある。

 そこでその為に自らも仮装をした。

 何等かの仮装をさえしていれば、その時点で参加出来る十月三十

一日のここ渋谷のハロウィーンである。

 私は今日の決起に際し、旧日本陸軍近衛師団参謀の軍装を自身の

仮装に選んだ。

 無論決起決意の当初自衛官だった私は、自衛隊の制服で事に及ぶ

つもりだった。

 しかしそれを自制すべきだと思い到ったのは、この決起が私に取

って重大事であっても国家に拘わる大事ではないからだ。

 何となれば恣意で決起する私には、自衛隊の制服を身に纏う資格

など無いのである。

 しかも事が終われば殺人犯となるこの身の上だ。

 そんな自身が仮装しなければならないのであれば、思い付くのは

近衛師団参謀の軍装しかなかった。

 終戦間際本土決戦を主張して決起したは良いが、その後自決した

近衛師団参謀の出で立ちを模すことくらいしか・・・・・。

 幕僚の椅子をふいにすることも厭わず自主退官を決意する前は、

自衛隊の非公開組織である「別班(べっぱん)」の指揮を執る一等

陸佐だったのだから、当然と言えば当然の帰結と言えよう。

 決起に際し最も相応しい出で立ちで事に臨みたかったのだ。

             ー1ー






 毎年十月三十一に無法地帯と化してしまうここ渋谷のハロウィー

ン問題は、国家が解決しなければいけない重大事であろう。

 仮装者達がまき散らすゴミや、痴漢騒動、或いは飲酒の上暴動

とも取れる暴力行為に到る等、今後年間四千億円とも言われる経済

効果の期待される「ナイトタイムエコノミー(夜遊び経済)」に支

障を来たす諸問題は、国家レベルで解決して然るべきである。

 ところが国を始め都や区に於いても、そんな重大事に大した対策

も打てずに手を拱いているだけだ。

 それ等何もしてくれない、否、世論のことばかり気に掛け何も出

来ない日本と言う国家に対しての、私なりの抗議も兼ねた今日の決

起なのである。

 今私の胸に燦然と輝く近衛師団参謀の金色の飾緒が、その決意を

表明しているとも言えよう。

 そうした国家に対する抗議と言った点に於いて、自身を本土決戦

派の将校に重ねたのだ。

 本土決戦と言う無謀に過ぎる賭けに及ぼうと決起し、思いを果た

せずに自ら命を断った宮城事件の主謀者たる彼等に。

 と、自讃してはみたが、今迄の人生も、キャリアも、総てを捨て

去り殺人犯に成り下がろうとしている狂人の私には、囚人服の方が

お似合いかもしれない。

 とは言え決起が成功した暁には腹を切るつもりでいる。

 つまりこの仮装は死出の旅立ちへの旅装とも言える。

 既に自決用の懐剣も仕込んであるし、せめて散り際くらい自衛官

だった時の矜持を保っていても赦されるべきだ。

 それに命を断ったところで悲しんでくれる者とてなく、誰に迷惑

を掛ける事もない身の上の私である。

 そのくらいの我が儘を通しても、罰は当たらないだろう。


 もしも三年前の今日男手ひとつで育てた奈津子を奴等に殺されて

さえいなければ、今日の馬鹿げた決起など思い付くことはおろかこ

こにさえ来ていなかったろう。

 恐らくは凡庸な自衛隊の一幕僚として、市ヶ谷と自宅のある荻窪

を往還する平穏な毎日だった筈だ。

 また仮に奈津子の死が本当の意味で只の事故だったとしたら、そ

の場合もまた同じだったろう。

 盗撮され痴漢をされた挙句に四方八方を馬鹿者共に取り囲まれ、

行き場を失った奈津子が倒れた軽自動車の下敷きになって逝ってさ

えいなければ。

 或いは奈津子が仮装者として自らこの乱痴気騒ぎに参加していた

としても、事故に巻き込まれた娘の自己責任を悼む哀れな父親で居

             ー2ー






られたかも知れない。

 ところがあの娘は、奈津子は・・・・・。

 奴等に殺されたも同然なのだ。

 それなのに奴等は、盗撮していた男も、痴漢していた男も、或い

は軽自動車を横転させた男達も、皆が皆奈津子の逝った次の年の十

月三十一日、そしてその次の年の十月三十一日と、ここ渋谷にやっ

て来ては馬鹿げた乱痴気騒ぎに参加していた。

 前職の権限を利用させて貰って、奴等のここ二年間のハロウィー

ンでの行動はずっと監視をし続けてきたのだが、奴等は自らの行動

に恥ずることも、反省することもなく、毎年ハロウィーンの日に渋

谷へとやって来ては軽挙妄動を繰り返している。 

 そして性懲りもなく今年も奴等はここに居る。

 奈津子の死など意に介さず、恰も自身が無関係の第三者であるか

の如く。

 どうしても赦せない、奴等を。

 あの日国営放送に勤務していた奈津子は長引いた残業の末、電車

に乗り込もうと家路に着いたところだったのだ。

 駅までの道を急いでいただけなのに、それを奴等は・・・・・。

 たまたま渋谷が仕事場で、偶然そこへ通り掛かっただけの奈津子

が、たまたま二十代前半の娘だったと言うだけで、奴等の悪戯の対

象になってしまったのだ。

 そして奴等に取り囲まれた奈津子は、偶然横転した軽自動車の近

くに居た。

 私は何度も何度も繰り返し、奈津子の死を不幸にも偶然に起こっ

てしまった事故として考えるように試みた。

 そう思うことに依って、今日の決起を実行しないよう心に釘を刺

すつもりだったのである。

 屑とは言え奴等も人の子である。

 奈津子も父親が人殺しに成り下がることを喜びはしないだろう。

 しかしどう考えても奈津子の死は、あれはたまたま起こった事故

などではない。

 そう、断じて偶然の事故などではないのだ。


 そもそもハロウィーンと言うのは、古代ケルト人の悪霊退散の儀

式を起源とするものであり、収穫祭の意味合いを持つものである。

 それが米国で魔除けと収穫を祝うと言う面が発展し、お化けに扮

した子供達がお菓子を貰う行事へと変貌を遂げた。

 そうした本来の意味からするとハロウィーンと言う行事は、仮装

した馬鹿者共が乱痴気騒ぎをする為のものでは断じてないのだ。

 つまり奈津子を死に追いやった奴等の行った暴挙は本来のハロウ

             ー3ー






ィーンから逸脱、或いは冒涜するものであり、ハロウィーンを自分

達が乱痴気騒ぎをする為の大義名分としているに過ぎない。

 そう考えると今日の渋谷は、否、日本と言う国家自体がが狂って

いるとしか言いようがない。

 首都圏近郊で祭りの運営費が確保出来ず、その開催されなくなっ

た祭りの代りに首都圏近郊の若者が集まるからなのだとか、普段は

目立たない地味な若者達がハロウィーンの今日だけは、ここ渋谷に

来ると人気キャラクターに扮してちやほやされるからだとか、毎年

の乱痴気騒ぎを正当化する諸説は色々とあるが、それ等の共通項は

唯ひとつ。

 参加する各々の、個々の欲望、を、満たす為と言う点だ。

 とどのつまりそんなことをしに来た連中を満足させる為に、奈津

子は逝ったのだ。

 そんな奴等を赦して良いのか、否、断じて赦してはならない。

 奈津子の為にも、こんな渋谷を、延いてはこんな日本を正す為に、

誰かが決起すべきなのだ。

 因って今日の決起は奈津子に捧げる闘いであると共に、終戦間際

宮城に立て籠もり本土決戦を目論んだ陸軍省や近衛師団の将校等と、

或いは彼等に斬殺された森近衛第一師団長を始めとした終戦派の重

鎮達へ捧げる弔い合戦でもあるのだ。

 本土決戦派と終戦派である彼等の立場は別にして、各々が国家を

思って命を捧げたことに違いはない。

 御国の為と信じ、日本の為と信じ死んで逝った彼等は皆、大日本

帝國と言う名のカルト国家に、戦争遂行の為にその尊い命を絡め取

られてしまった犠牲者なのである。

 即ち今日の決起は彼等と、そしてその他にも国の為、日本の為だ

と信じて死んで逝った数多の戦死者に対する、自衛官としての私な

りのけじめでもある。

 無論戦争と言う行為は人類史上最低最悪の行為である。

 しかし少なくとも彼等戦死者は各々が国の為に、日本の為になる

と信じて自らの命を賭して死んで逝った。

 そんな彼等英霊達に対して、今日の渋谷のこの有様は余りにも非

礼である。

 戦争遂行の為に狂って行った大日本帝國とその有り様は違ってい

ても、今日の日本と言う国家が狂っているのも紛れの無い事実だ。

 そんな狂った国家は、このハロウィーンの狂気は、何としても糺

さなければならない。

 戦死者達が國に捧げた尊い命は、このハロウィーンの乱痴気騒ぎ

を齎す為になどでは決してないのだから。

 こんな渋谷に集まる、こんな日本人達を蔓延らせる為のものでは

             ー4ー







決して。


 日本人が日本人であり始める為に、日本人には善きも悪しきも日

本が日本であった時代を知る義務がある。

 

 胸中で何度も私の決起趣意とも言える言葉を繰り返した。

 懐中には同じ言葉を記した決起趣意書も忍ばせてある。

 事が終わり腹を切った直後、衆目に晒されるよう遺して置く為だ。

 

 日本が帝国主義であった七十数年前迄、死と隣り合わせの生活を

送っていた日本人なのである。

 しかも当時の日本人の死とは戦死と言う名の死であって、今の若

い世代の死因に最も多い自ら命を断つ自殺に因るものではない。

 惟みるに今日のこの乱痴気騒ぎを、これが今の日本を代表する渋

谷のハロウィーンの夜ですと、我々はいったいどの面を提げて往時

無念にも散って逝った戦死者達に見て貰えと言うのか。


 こんな渋谷であるならば、こんな醜い日本であるならば、存在し

ない方がましだ。


 深呼吸しながら瞑目し、直後眼を見開く。

 次いで背筋を伸ばして、胸の内ポケットからスマートフォンを取

り出した。

 位置確認ソフトを起動させ、排除しなければならない奴等を示す

マーカーの位置を確認する為である。

 事前調査に於いて排除すべきと特定した奴等には、一人一人が今

日渋谷に着いた時点で密かに発信機を取り付けてある。

 先ずは奈津子に痴漢をした男からだ。

 仮装をしている為顔の確認は出来ないが、やはり電波発信機の性

能は確かなようだ。

 間違いない、奴だ。

 奴は渋谷に着いてから、鼠の人気キャラクターの着包みに着替え

たのだ。

 その鼠の人気キャラクターが数メートル鼻先をウロついている。

 念の為奴を叩き切る前に着包みを引き剥がし、顔を確認しなけれ

ばならない。


 ちらと腰の軍刀の方を見遣る。

 祖父が従軍の際身に付けていたと言う、井上眞改の軍刀の方を。

 今から私は祖父の魂とも言える軍刀で決起に及ぶ。

             ー5ー






 大きくひとつ息を吐く。

 そうして愈々軍刀の柄に手を掛ける。

 と、その刹那のこと私の手の上に何者かの手が覆い被さって来た。

 誰かが背後から私の手を掴んでいるようだ。


 ややあって聴き知った声が私の耳朶を打った。

「これを抜くのはお止め戴きたい」

 咄嗟の事に動転する私ではあったが、低く呻くように放たれた声

音は確かに聴き覚えの有るものだった。

 背後を振り返り手元を見遣れば、声の主も私同様白い手袋を嵌め

ていた。

 そうして手元から徐々に肩の方へと視線を移して行くと、これま

た私同様旧日本陸軍将校の軍装を身に纏っているのが見て取れた。

 私は聴き知った声の主の名を、視線が交錯する前に彼へと告げた。

「松木三佐か」

 私の声に無言のまま肯いた松木が続けざま言い放つ。

「北見班長、貴方を殺人犯に貶める訳には参りません」

 松木の言葉を聴き力が抜け落ちて行くのを感じた直後のこと、私

の手を振り解き松木が私の軍刀を腰のベルトごと抜き取って行った。

「暫くの間、これはわたくしが預かります」

 言い終えるや松木は自らの腰に、私の軍刀を吊したベルトを瞬時

に巻き付けた。

 しかし何故だ、何故松木が今日の決起のことを知っているのだ。

 ミイラ取りがミイラになるとは、正にこの事だ。

 別班の班長が身内に監視されていたのだから。

 しかも松木は娘の生前の婚約者だった男だ。

 義理の息子になる筈の息子に、決起を止められるとは何とも情け

がない。

 完全に脱力してしまい腹に力が入らないまま、消え入るような声

で松木に問うた。

「何故だ、どんな手を使って今日の私の行動を知った」

 私とは対照的に松木が力強い声音で応じる。

「それについては、情報提供者からの垂れ込みがありました」

 笑みさえ零すその表情の中心に、何故か確信めいた色を秘めた瞳

が存在感を増す。

 徐々に正気を取り戻す中で、私は現在自身の公的立場が如何なる

ものかを思い出した。

 私はもう別班の班長ではないし自衛官でさえない。

 一昨日秘書官に退職届を預けたからだ。

 極秘文書としてその日の内に統合幕僚長に手渡すよう、固く申し

             ー6ー






付けてあった。

 統幕長から何の連絡も無いのは退職届を受理された証拠だ。

「そうだったのか。

 しかし松木三佐、君は大きな勘違いをしている。

 今の私はもう別班の班長でも自衛官でもないんだよ」

 今度はそうと分かるように口角を吊り上げた松木が、懐から見覚

えの有る白い封筒を取り出した。

 顔の横にそれを掲げた松木が言い放った。

「僭越ではありますが、私の判断でこれは預かっておきました。

 秘書官には私が統幕長の命に依り、これを代わって受け取るよう

命じられた、と、言ってあります。

 ですから班長は今も一等陸佐で、別班の班長のままであります」

 躊躇することもなく、私の書いた辞表と思しき書類を封筒ごと破

り捨てる松木を横目で見遣りながら、私は憤慨するよりも先に羞恥

の念に駆られる自身を呪った。

 何故気付かなかったのか。

 松木は娘の婚約者であったと共に優秀な部下でもあったが、情報

本部の指揮官たる自身の目論見が何もかも見抜かれていたとは。

 何とも情けない限りだが、ここは潔く松木を褒めるしかあるまい。

「さすがだな松木三佐、何もかもお見通しと言う訳か。

 それに手回しも良い。

 だがそこ迄分かっているなら話が早い。

 軍刀を返してくれないか。

 奴等に一太刀浴びせるだけでいいんだ。

 否、奴等のうち一人だけでもいい、この手で片を付けさせてくれ。

 君だって奈津子の仇は取りたいだろう」

 伏目がちに視線を寄越した松木はひとつ溜息を吐き、無言で顎を

横に振った。

 私は言い募るしかなかった。

「なら、せめて情報提供者が誰なのか教えてくれないか。

 それに何故私と同じ仮装をしている。

 君の目的は何だ?

 単に私を思い止まらせる為だけに、旧軍の軍服を身に纏ったので

はなかろう。

 もし君が統合幕僚監部の意を受けているのなら、私も只では済む

まい。

 君はそうして仮装者を装い仮装者同士の諍いに見せかけ、私を始

末するつもりなんだろう。

 私を始末して事故に見せかけることくらい、別班に席を置く者な

ら朝飯前のことだからな。

             ー7ー






 それも致し方あるまい。しかしその前に一太刀だけ・・・・・」

 頬を緩めた松木が愈々声を上げて嗤い出す。

 一頻り嗤った後私を正面に見据えた松木は、漸く今になって被っ

ていた軍帽を取って脱帽敬礼をした。

 一転緩んだ頬を引き締め眦を決して返して来る。

「失礼致しました。

 わたくしの今ここに居る理由が、余りにも班長のご想像とは懸け

離れていたものですから、つい。

 もし班長のご想像通りの理由でわたくしがここに居るのだとした

ら、班長の提出なさった辞表の処理など致しませんし、益してや軍

刀を取り上げたりなどしませんよ。

 仮にそうだとしても統合幕僚監部はわたくしを刺客に選んだりし

ないでしょうし、それより何よりも・・・・・その場合わたくしは

既に仕事を済ませていると思います、が。

 また班長ご指摘の情報提供者は身内の者でありますが、今それを

ご説明申し上げますと少々長くなりますのでそれは追々。

 但し一点だけ班長のご想像と合致する点があります。

 それはわたくしがここに来ることを、統合幕僚監部も承知してい

ると言う点であります。

 尤も防衛省のスーツ組を始め、総理から都知事、渋谷区長に至る

迄皆さんご承知のことと伺っておりますが」

 松木の言っている事が事実だとしたら、なる程私の考えていた全

くお門違いであろう。

 しかし自衛隊関係者だけでなく、このハロウィーンに関係する公

的機関の責任者全員が知っている理由とは・・・・・。


 彼の言っている事がまったく理解出来ずに立ち尽くすだけの私に、

ひとつ肯いた松木が振り向きざま右手を挙げた。

 するとその視線の先には我々と同様、数十人の旧日本陸軍の軍装

の仮装をした集団が小銃を携えていた。

 ちょうど一個小隊くらいであろうか。

 やがて松木が、「構えー銃ーっ」と号令を掛けると、その一個小

隊は即応した。

 刹那私は咄嗟に声を唸るような声を搾り出した。

「まさか撃たせるつもりなのか?」

 直後私の声に無言を返事にした松木が、私の背後に向かって顎を

しゃくった。

 すると松木と同世代あろう、これまた陸軍将校の仮装をした男が

私の前に出た。

「北見班長ご挨拶が遅れました。

             ー8ー







 わたくしは今から100年後の2120年から参りました、日本

防衛軍諜報部の岸本と申します。

 訳あって北見班長には、今からショータイムにお付き合い願うこ

とになります」

 やはり松木も、この未来から来たと戯言を真面目な顔で言い切る

岸本と言う男も、皆が狂っているのだ。

 ハロウィーンと言う狂気がこのふたりをも狂わせたのだ。

 暫く茫然としていた私であったが、言うべき言葉に思い到った。

「おい、何もそんな大勢殺さなくても良いだろう。

 止めるんだ。

 その旧日本陸軍の仮装をした連中に撃つのを止めさせるんだ!」


 ややあってこちらに向き直った岸本が私の顔を正面に見据え、低

い声音で言い放った。


「その仮装は仮装に非ず」


 直後松木の「撃(て)ぇーっ」と言う声が掛かると、渋谷の街に

銃声が響き渡りバタバタと仮装者が倒れて逝くのを、私は確かにこ

の眼で見た。























             ー9ー

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