妻の日記
糸花てと
第1話
妻の日記を見つけた。妻には兄弟がいる、双子の兄だ。二泊三日の旅行中で、日頃の感謝を込め、部屋の掃除をしていたら……だ。
片手におさまる、小さなノート。出会ってから現在まで、妻は朗らかに笑うひとだった。苦労ない日々、というのはあり得ないだろう。満足のいく毎日を過ごせているかは、わからない。それでもやりくりして、好きそうな物を買っては不器用な演出を考え、やってきた。
だから、面と向かっては言えず、ノートに
表紙をめくって、最初のほう、だけだ。それだけにするさ。
…──毎日書いてるわけではなくて、日々のなかで印象に残ったことや、消化しきれない想い。
ふと視界に入った鏡台に、ニヤけた自分の顔。慌てて真顔に戻し、文字を追う。ページをめくる。栞が挟まってある、旅行へ行くことが書かれてあった。そして、一週間後の日付で、デートの字。
結局全て読んでしまった。というか、デートっていうのは何だ? 誰と? 何処へ? 女性の考えるデートは、男の考えるそれと同じなのか?
震える手でノートを閉じた。掃除機をかけて、部屋を出る。妻が帰ってくるのは、十八時。
玄関が開いてゆっくりした足音、妻だ。「ただいま」リビングに入り、荷物を置いた様子。
「おぉ、お帰り。楽しめたか?」
「留守、ありがとうね。楽しめました。はいこれ」
「お土産?」
「ネックレス。どこでもありそうでしょ」
「どこでもあったら、その場で買う意味ないよな」
気分が良いところに、部屋を掃除してたら日記を見つけた、なんて言ったらどうなるんだ。でもなぁ、あの三文字は気になる。
「メイク流してこようっと」
洗面台へ、ちいさく駆けていった。無造作に置いていた妻のスマートフォンが、光る。
「こ…混浴?」
葵、双子のお兄さんもあおいって名前だったけど、漢字が違うし。それにこれ、SNSのメッセージ機能だよな。誰と連絡してるんだ。
「どうかしたの?」
「え!? いや、別に? あ、携帯鳴ってたぞ」
「そうなの、ふーん」
顔についた滴を、タオルで拭う。画面をみつめる妻の、ほころんだ表情。俺の前でも笑ってはいたけど、そんな分かりやすかったかな……。
「あ、そうそう。一週間後の予定、空けておいてね。駅の近くにあるファミレス行くから」
一週間後? 空けておいてって、俺も一緒?
「あなたの誕生日。初めてデートした場所で、記念をつくりましょ」
え、なんだ、そういう──…
「急に顔赤い。お酒でも飲んでたの?」
「いや、何でもないよ。その、携帯鳴ってたのって、誰から?」
「お兄さんから」
「漢字違うよね?」
「やだ。見たの? SNSだから変えてるだけよ。混浴したって書いて、周りから笑いを取りたいだけなのよ。妹としてるのはフォロワー全員が知ってるらしいわ」
日記を読んでから、一人先走ったな。この日がいつか、妻を前にして笑い話になるといいが。
「次はホッとした顔して、ほんとどうしたのよ?」
「何でもないって。ネックレスありがとう、どうかな?」
「思った通り。ピッタリ。これからも、一緒に居ましょうね」
妻の日記 糸花てと @te4-3
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