第2話 その少女の正体は
「これさ、駅前で売ってるお菓子なんだけど、お近付きの印。受け取ってよ」
「お前、何が目的だ」
「ちょっと聞きたい事があって。それだけ。これをあげるから話を聞かせてよ。ダメ?」
「私は何も知らんぞ……」
少女は警戒しながらもお菓子を受け取った。これって、取引成立って事でいいんだよな? 少女はその場で包装をバリバリとワイルドに破って箱を取り出し、中のお菓子を取り出すとまたしてもワイルドに袋を破ってパクっとそれを放り込む。見た目は可愛いのにかなりのワイルド系だった。
その後も少女は黙々とお菓子を頬張り続け、10個1100円のお土産屋さんにありがちな洋風ソフトケーキはあっと言う間になくなってしまう。
「で、何が聞きたいって?」
「君は、ここに1人で住んでるの?」
「そう。親も仲間も殺されて逃げてきた。ここが一番丈夫そうだったから、勝手に住んでる」
「え、ええ……と」
少女のワイルドな過去話に俺はドン引きする。一体どれだけの逆境をくぐり抜けてきたと言うのだろう。いきなりこんな重い話をされた以上、このまま軽いやり取りで済ます事は出来ないと感じた俺は覚悟を決めて、改めて自己紹介から始める事にした。
「た、大変な経験をしたね。俺は松崎誠吾。17歳。君は?」
「私の名は……名は……ルカ」
名前を語るのに少し時間がかかったところから、名乗ったルカと言う名前は偽名かも知れない。ただ、偽名でいけない理由は何ひとつないので、俺はその名前を疑わない事にした。
彼女は黒い和装を見事に着こなしている。なので、どこか神秘的な雰囲気すら醸し出していた。身長は俺より少し低いくらいで、髪は美しい黒髪、顔は並のアイドルより整っている。
そんな美少女が、こんな誰1人いない廃村に隠れ住むだなんて不憫すぎるとしか言えない。とは言え、一族を殺されて1人逃げてきたと言う話が本当なら、俺1人で何が出来るって言うだろう。
そんな感じでずっと考え事をしていると、今度はルカの方がじいっと俺の顔を見つめてきた。
「な、何?」
「お前、こんな誰もいない村に何をしに来た?」
「あ、あはは……実は鬼の話を集めてるんだ。鬼退治に……」
いきなり話しかけられた俺は、つい自分の旅の本当の目的まで口を滑らせてしまう。こんな話、ドン引きされちゃうかなと恐る恐る彼女の顔を見ると、俺の想像と違う表情がそこにあった。強い悲しみと怒りと恨みを内包した鬼気迫る恐ろしいものだ。
俺は何故ルカがそこまで感情を爆発させてしまったのか、全く見当がつかなかった。
「えっと……あれ?」
「お前も……私を殺しに来たのか……」
「はい?」
彼女の言葉に理解が追いつかない。何故そう言う言葉が出たのか自分なりに考えるものの、結論はひとつしかなくて、でもその考えはすぐに打ち消した。目の前にいるのは普通の女の子、そんなはずがないと――。
けれど、ルカが次に放った言葉は、そんな俺が否定したかった事実を提示してしまう。
「私は鬼だぞ」
「え? 嘘?」
「嘘じゃない! 見ろ!」
彼女はそう言うと髪の毛をかき分けて、控えめに突起する角を見せた。本当に小さい角。髪の毛で隠せるほどの……。言われなければ分からないその鬼の象徴を見せて、動揺する俺をルカは両手で押し出した。
さすがは鬼だけあって、華奢なようでもその力は相当だ。たったのひと押しで俺は家の外まで一気に突き飛ばされていた。
「出てけーっ!」
感情を高ぶらせた彼女は玄関のドアを力任せに閉める。強い音を響かせたその勢いは、彼女の悲しみの深さを表すかのようだった。俺は本物の鬼に出会えたその奇跡よりも、ルカの心を傷つけた事にショックを受ける。
この時の俺は、何とか誤解を解こうと言う、その思いしか頭になかった。それで、もう一度話し合うためにすぐに立ち上がって家に向かう。
玄関のサッシに手をかけるものの、鍵でもかかってしまったのか今度はびくともしない。拒否されているのを実感した俺は、自分の気持ちだけでも分かってもらおうと、思いっきり息を吸い込んだ。
「聞いてくれ! 退治するのは危険な鬼であって君じゃないんだ!」
「うっさい、信じられっか!」
レスポンスは早かった。どうやら鍵でドアを閉めているのではなく、力づくでドアを押さえているようだ。声の聞こえる範囲にいてくれるのは好都合だと、俺は続ける。
「君は淋しくないのかい? 俺に出来る事があるなら……」
「うるさい! 退治する気がないなら去れ!」
その後も話題を変えつつ話しかけるものの、うるさいの一点張りで俺の言葉を彼女が聞き入れる事はなかった。何度かのやり取りの後、話しかけるネタもなくなってしまった俺は、誤解を解くのをあきらめる。きっと、それだけ人間に酷い目に遭わされてきたのだろう。
鬼退治をする人間なんて親や一族の敵だ。俺もそんな憎い相手にしか見えないんだろうな……。
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