第3話 同業者

 ただ、そのまま離れてはあまりにも収穫がない。俺はダメ元でもう一度ドアを挟んだ反対側のルカに向き合う。


「じゃあもう帰るよ。安心してくれ。君の事は誰にも言わない。最後に、他の鬼の事について何か知っていたら教えて欲しい」

「知らない! 知ってても教えない!」

「……そっか、ごめん」


 結局、俺は何も出来ないままこの廃村を出ていく事にした。過去に何があったのかとか聞きたい事は山ほどあったけど、本人から聞き出せない以上は想像するしかない。きっと俺みたいな退治屋が、鬼の一族を根絶やしにしてしまったのだろう……。

 あそこまで見た目が人間に近ければ、共存だって難しくない気がするのに。


 また最初からやり直しだと山を降りていると、同業者っぽい装束の男が山を登ってきているのが目に止まる。嫌な予感を感じた俺はすぐに接触を試みた。

 近付いてみると、なんちゃって退治屋の俺と違って本格的な行者スタイルだ。年齢は30~40代くらいだろうか、結構ガッシリとした体格をしている。今までに倒した妖の数は数百体とか言い出しそうな雰囲気だ。

 そんなベテランな先輩は、俺が話しかける前に視線を合わせてきた。


「よう」

「ど、どうも。あの……あなたはどうしてこの山に?」


 やはりここは確認せずにはいられない。もしルカ目当てじゃないから適当に話を合わせてそれで終わりだ。それに別の鬼の話だって聞けるかも知れない。

 この質問に対して、ベテラン退治屋は俺の姿を上から下までジロジロと品定めするように眺めると、興味深そうな眼差しを投げつけてきた。


「君も若いけど、同業?」

「え、ええ、まぁ……」

「鬼退治に決まってるだろ。この山にいる事は掴んでるんだ。君も一緒に来るか?」


 ベテラン退治屋はニヤリと笑う。ああ、最悪の想定が当たってしまった。見た目の装備から、相当な大物と戦う準備をしている事は分かっていたんだ。相手がどんな強い相手でもそれを力づくでそれをねじ伏せるような、相当の実力者なのだろう。このまま彼が山を登れば、間違いなくあの廃村に辿り着く。その先の結果は火を見るより明らかだ。

 俺は咄嗟にこの最悪の事態を避けるべく、頭をフル回転させた。


「俺、この山を調べた帰りなんですよ。鬼の気配なんてどこにもなかったです」

「ふぅん、そうなのか……」

「お、俺、今から西の方を調べるんですけど、どうっすか?」

「いや、じゃあ別の山を探してみるわ。有難うな」


 退治屋は、そのまま言葉の通り廃村のある道を外れて歩き出していく。姿が見えなくなって安心出来るまで俺は彼を見続けていた。やがて不安の種もなくなり、俺も鬼探しを再開させる。

 そうして、また無駄に山を歩くだけの時間が淡々と過ぎていく。


「やっぱりどこにも見つからない……。この辺り一帯にいた鬼はルカを残して全滅してしまったのかも……」


 ルカが生き残っていたと言う事は、周辺に鬼のいた形跡くらいみつかって良さそうなものだ。なのに、それすら見当たらない事に俺は不安を募らせる。さっきだって廃村の近くに同業者が近付いていた。鬼の情報を掴んでいたからだ。

 と言う事は、さっきはうまくごまかせたけど、いずれルカの事は退治屋に把握されてしまうかも知れない。


 そう言う結論に達した時、俺は反射的にあの廃村に向かって走り出していた。結構離れてしまっていたはずなのに、夢中になって走っている内に廃村の入り口が。

 肩で息をしながら村の様子を見ると、何かがおかしい。妙な胸騒ぎを感じて、俺はルカの潜む家まで走る。玄関に手をかけようとしたそのタイミングで、中から騒ぎ声が聞こえてきた。


「おのれ人間! 出ていけ!」

「お前の未熟な技など効かんぞ!」


 聞こえてきたのは、さっきの退治屋の声。やっぱりこの場所に当たりをつけていたようだ。ルカの実力は分からないけど、雰囲気から言って実力は退治屋の方が上なのだろう。

 このまま傍観は出来ないと、俺も急いで家に乗り込んだ。


「やめろ!」

「うん? ああ君か。戻ってくると思ったよ」

「どうしてこんな……」

「逆に聞くけど、何故君はこの鬼をかばうんだ?」


 退治屋の素直な疑問に俺は言葉をつまらせる。人間にとって、鬼は退治しなければならない対象だ。昔話にしたって鬼退治の話ばかり。人が害虫を駆除するように、その行為は当然の事で、拒む事は理解の範囲外って言う方が自然だ。

 俺はその当然の話をひっくり返さないといけない。ルカもまた、突然割り込んできた俺に注目している。場に奇妙な沈黙が流れてしまっていた。

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