第一章 それぞれの決意
6人は中央会議場で司祭と対面していた。
「今日は悪かったな、急に呼び出して。休む時間もなかったろう。」
「い、いえ。もったいなきお言葉…。」
何とも言えない緊張感が部屋を満たす。
「各町長達や重役とも話し合ったんだが、あの亜霊は大陸から来ていることに間違いはないと結論が出ている。大陸からの驚異などこの国出来て以来なかったことだ。そこで、大陸への調査隊を編成しようということになった。
それで…だな。その人数と…その調査期間なんだがな…」
司祭は迷っているようだった。
どうにも歯切れが悪く、もごもごとしている。
「各町長はな…
調査隊員は君たち6人のみ、調査期間は無期限と、提案してきた。」
「えっ…!」
衝撃だった。6人全員にとって。
なにより各町長ということは、自分達の親兄弟がそう言っているということになる。
「ちょっと待ってください!町のこともまだ完全には…」
ヴォルカスが立ち上がってそこまで言いかけたところで扉が乱暴に開いた。
「ヴォルカス、司祭になんて態度だ。」
アグニの声がした。
各町長が揃って入ってきたのだ。
「しかし」
「今司祭が仰ったのは俺たちの意見だ。
司祭の話を最後まで聞け。」
「…も、申し訳ございませんでした。」
ヴォルカスは頭を下げ、腰を下ろした。
「いや、いいんだ。取り乱すのも無理はない。
私としてはな…君たちの意見を尊重したい。
というよりも、君たちには行ってほしくないとも思っておる。有望な若い芽だと知っておるからな。
しかし彼らがどうしてもと、ありとあらゆる説得をしてきてな…迷っておるのじゃ。
選択を押し付けるようですまん。
先のことで色々思うこともあるだろう。どうだ、それぞれ町ごとに話し合ってほしい。」
「ってことだ。ほれ、行くぞ。」
それぞれ別室で町長と代表者の話し合いが行われることになった。
リオレン親子の話し合いは理性的だった。
一時は取り乱したヴォルカスも、父親の元では比較的穏やかだ。
「父さん、調査期間は無期限ってどういうことでしょうか?
大陸からの脅威を調査するんならそんな大雑把なことじゃあ…」
「分かっている。
だがな。行って1日でなにもかも分かることもある。
いくら日を重ねても分からないこともある。
期間を指定することに果たして意味があるのか、我々はそういう結論に至ったんだ。
帰ってくるなと言うことではない。お前たちに任せるということだ。」
父親の言うことは正しいように思える。が、ヴォルカスにはもっと別の意味があるような気がしてなら無かった。
「まだ不満があるか?」
いや…、とヴォルカスが言ったところで、突然隣の部屋から怒号が聞こえた。
「隣は…ファルヌか…。」
アグニも半ば諦めたかのように呟いた。
ファルヌの親子も始めは穏やかだった。声の大きさだけは。
「不満そうだな。ウェルク。」
「ったりめぇだ。今の国や町を放って大陸なんかに行けるかよ。」
「国のことは司祭がいる。町にも俺やクウロがいるだろ。」
マグナイトが意図的にひとりの名前を外したことに、息子であるウェルクはすぐに気づいた。
「サンダは。」
「兄を呼び捨てにするな。」
「質問に答えろ。何故今あいつの名前を出さなかった。」
「分かるだろ。もう今のあいつに町のことを任せるなんて」
「ふざけんな!!!それでも親かよ!!」
ウェルクはマグナイトに殴りかかろうと飛び上がった。
しかしついさっきのヴォルカスに謝ったことを思い出し、握った拳を開いた。
「…ひとつ条件がある。」
「なんだ…?」
普段感情に抗うことなく殴りかかってくるウェルクが自制したため、マグナイトもすこし戸惑っていた、
「俺が大陸から戻ってくるまでに、あいつを叩き直せ。」
「…出来なかったら、どうする。」
「今止めたこの手をまた動かすだけだ。」
「…分かった。今止めたその拳に誓う。
だが…最終的に立ち直れるかどうかはあいつ次第だぞ。」
「分かってる。でも親ならそのケツを拭くくらいのことはしろ。話は終わりだ。」
マグナイトは自分に背を向けた末息子の姿に、これまで自分が見てきた男がまるで別人であったかのように感じた。
妻が死の間際に掛けた言葉を思い出し、つい声にした。
「…お前は優しい子だなぁ。」
ウェルクは聞こえたのか聞こえてないのか、そのまま部屋を出た。
「話し合いが白熱している所があるね。」
「そうだな。きっとファルヌの所さ。」
他の5組に対し、トルトイの二人はいざこざもなにもなかった。
それはトルトイの町民性でもあるし、二人が兄弟であるというところもあるだろう。
「グラン、俺がいない間の体調管理をしっかりするんだぞ。
それから、俺の分の仕事はお前じゃなくて町の若いやつらに」
「アーサー、俺はお前の兄だぞ?
俺が無理をしたら町がどうなるのか位分かる。
お前にはあの5人をまとめるっていう大事な役割があるんだから、俺のことなんて気にしてる場合じゃないぞ。」
グランは体が弱いが、その性格もあって誰からも助けられる。
そこを買われて町長としてトルトイの町を統治している。
アーサーはその補佐役として常に一緒に行動していた。
長期間離れるのは初めてだった。
「俺が長になってから、ずっとお前に助けられて来た。
この遠征はお前にとっても試練だが、他の長からの、俺に対する試練でもあると踏んでいる。
彼らに俺のことを認めてもらいたい。」
グランは六町長の中で最年少だ。
先代から町長に指名されたとき、周囲にアーサーの方がいいのでは、と言われたのが今でもショックだったらしい。
「グランがそんなに燃えてるのは初めてだな。
その調子じゃあ俺が帰ってくる頃には、俺はもう必要無くなってるかもな。」
「寂しいことを言うなよ。俺はいつでもお前を待ってるぞ。」
「おう。」
二人は拳を合わせた。
「オーナ、私はシーナを呼んだはずよ。
なぜあなたがここにいるの。シーナは?」
シャルカの親子だけは別の問題があるようだった。
オーナことオーシャーナは姉シーナへの召集を無視し、自分一人で来たのだ。
「あ、姉様にお願いしたら、良いって言ってくれたましたわ。」
「なんて言って騙したの。あの子が私の召集を蹴るはず無いでしょう。」
「そんな、騙してなんて…」
母ポセディアナの鮫のような目は何よりも娘達を黙らせる。
「…ごめんなさい。
姉様への召集が手違いで私に届いたのを良いことに、嘘をつきました。姉様は私が呼ばれたと思っていますわ。」
「やっぱりね。ここのところこっちもゴタゴタしていたから、そんなことだろうと思ったわ。
こんなことなら二人とも呼べばよかった。」
「で、でも母様、この前の調査で町の代表として国を守ったのは私ですわ!」
「町で私の留守を任せたのはシーナよ。シーナがあそこにいても同じ働きは出来たわ。」
言ってからハッとした。これではあまりにもオーナが報われない。
シーナに国を守ることができるというなら、オーナとて町を守ることは出来ただろう。
「そんな…あんまりです!!」
オーナは母の発した言葉の鋭さに、冷静でいられなくなった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。言い過ぎたわ。そんなことが言いたいんじゃないのよ。
とにかく、あなたの方が優れてるとか、シーナの方がとかじゃなくて、ね。
こんな言い方したくないけど、跡継ぎは長女って決まってるの。
今回の遠征で長の器をシーナにつくらせたいのよ。」
シーナは民から凪様と呼ばれるくらい穏やかな性格で、オーナとは正反対である。
そんなシーナだが、母としては長になるのなら、もう少し言うことは言うようになってほしいという気持ちがあった。
オーナが長女だったら、と考えたことも少なくない。
とはいえ、オーナもオーナで波風を立てすぎる訳だが。
「凪様が町の長じゃダメなのよ。おとなしいお嬢様じゃ」
「お言葉ですが母様、姉様はそんなに頼りないでしょうか?」
冷静になった母の言葉を、オーナもまた冷静に聞いていたが、母が決定的な誤解したいることに気付きその言葉を遮った。
「え?」
「私は幼い頃からやんちゃばかりで、自分が正しいと思い込んでしまうことが多くありました。今でもそうかもしれません。
しかしそんなときに姉様はいつも私に言うのです。
『いまのあなたは罪人や悪人となにも変わりはしない。あなたが自分を正しいと思っている限り。』と。」
ポセディアナは驚いた。自分の知るシーナは物言わぬお嬢様だった。
「姉様の周りが勝手に凪になるわけではありませんわ。
荒波に飛び込んでもそこを凪に変えてしまうのです。
そして姉様はそんなことおくびにも出しません。
私はそんな姉様にいつも憧れていました。
姉様に長に足る器が無いだなんて、私は思いません。」
「…そう…。」
しばらく沈黙が続いた。
「あなたが私やシーナについた嘘は、そのシーナへの憧れが引き起こしたとでもいうの。」
「そうです。いつもシーナ、凪様、とばかり。
私が呼ばれなくても行くような印象があるのは分かってますけれど、だからこそ先達ての代表者指名はとても嬉しかったですわ。
今回の召集も、来てみたらあのときの代表者が集まりました。
この遠征、私は何年でも行きますわ。
姉様や他の者には長になるという大切な使命がありますけれど、私にはそのような使命はありません。一人になっても成果を挙げてきます。
姉様は町を守り、私は国のために死力を尽くす。
此度の騒動と同じですわ。
母様、このオーシャーナ・リュウ=シャルカに、この務めをお任せ下さい。必ずや成し遂げます!」
一世一代の大演説だった。
今度は嘘を言ってない。心の底から湧き出した感情をありのまま伝えた。
「オーナ…。あなたにしばらく会えなくなるなんて思ってもいなかったわ。
シャルカの町でシーナと一緒に帰りを待ってるわよ。」
「お母様…!!」
喜び、安堵、驚き、様々な感情が溢れだし、オーナは母に抱きついて涙を流した。
悲しみの涙ではないのは確かだった。
「父上、私ごときがこのような重大任務を受けてよいのでしょうか…」
こちらはセルペナの親子である。
アトマはセルペナ家の一人息子でありながら、国家機関の亜霊討伐隊の所属であった。
かなり厳粛な空気が漂っていた。
「どういう意味だ。」
「私は討伐隊で訓練や実戦をするなかで力量不足を常に感じています。
討伐隊は実力者揃いで、此度の遠征はわれわれ6人のみと聞きました。
生きて帰れる保証が、その、まるで無いかと…」
「何を言うか。私がなんの算段もなく実の息子にそのような任を任せると思っているのか。国外からの脅威が迫っているやもしれぬときに国家防衛の人員を余所へやってしまってはどうにもならんだろう。
特別隊を編成しようにも、大人数編成で失敗したばかりだ。我々は先日の特殊型亜霊の功績を買って、今回の編成にしたんだ。」
父シスレーは我が子をなだめた。
だがアトマは自信家ではない。むしろ逆だ。
「しかし、この前の作戦だって我々だけで成功した訳では…」
「おいアトマ…お前、ずいぶんと他の5人に対する信用がないようだな。」
アトマは反論できなかった。
父親や司祭、討伐隊長など、アトマが見てきた大人たちが彼らよりもはるかに優秀で尊敬できたからである。
「アトマ、前々から言わねばと思っていたがお前は誰かを頼りにしすぎだ。私に対してもそうだが、討伐隊長殿に話を聞くとお前はいつも隊長殿の後ろにくっついているそうじゃないか。
働いてない訳ではないと思うが、自分が先頭に立つことは考えないのか?」
「そんなこと…私ごときがおこがましく…」
少し強く言うとアトマは萎縮した。
叱られたと思っているようだ。
「…そうか。じゃあ長の後継者は別の誰かを考えねばいけないかもしれんな。」
「えっ」
アトマの耳に思ってもみない言葉が入ってきた。
「セルペナの長が常に誰かの後ろに隠れていては町の面目に関わる。
一人息子だからと時が解決すると思うな。
私が文化や伝統よりも現実を見るということを、お前がもっともよく知っているはずだぞ。」
父が吐き出したのはあまりにも非情な言葉だった。
しかしそれは正論でもあった。
「それまでには…必ず…」
目に涙を溜め、震えた声で父にすがった。
だがその言葉は父に届かなかった。
「アトマ!!いつまで甘えているつもりだ!
それまでに、とは一体いつのことだ!
今この瞬間から改心し5人を率いて任務を全うする、くらいのことも言えないか!」
アトマはもう言葉を発することも出来ないくらいに号泣した。
父にすがることもできず、床にうずくまり、自らの全てを悔いた。
父シスレーは今すぐにでも抱き締めて謝ってやりたかったが、今は突き放すしかないと考えた。
「司祭の言っていた通りこの作戦に参加するかはお前の意思で決めろ。生きて帰れる保証がないと思うならやめておけ。私達が買い被りすぎていたのだろう。」
アトマはもはや声も涙も出ぬようで、ただただ地に頭をつけて震えていた。
そのまま時間だけが無情に過ぎていった。
「フォレート、お前はなにも文句を言わないと思ってたんだが…
その顔は何かあるな。」
フォレートは以前から大陸での植生調査をしたいと希望していた。
それに加え、先日の反省から鍛練になることもしたいと言っていた。
およそ不満があるとは思えない。
「いいや、文句じゃない。不満でもない。
むしろ嬉しいよ。待ち望んだ機会だった。
この6人の選出というのも今のぼくにとってありがたいね。」
しかしトロフィアの言うとおり何かはあった。
「でもさ、長の血縁だけ集めて国家主導の調査って無理があるんじゃないの。」
「…何が言いたい?」
「父さんいつも言ってたよね。
国のためにする事には私情は突っ込むなって。」
「これは、」
「私情、だよね?全会一致の、私情。」
フォレートは立ち上がり、父に詰め寄った。
長身のフォレートからの視線はやけに鼻につく。
「…見方によってはそうかもしれんな。」
「それじゃあ示しがつかないよねぇ。ずっと僕に言っていたことを自分が守れてないなんて。」
フォレートの常識には幼い頃から敬意という概念が根付かなかった。
親だから、年長者だから、高い権威を持つから、
そんなことはフォレートにとってどうでも良いことだった。人という生物である以上同等。いくら偉い人間であろうと誤ったことをすれば謝罪する。フォレートの常識に基づいて組み立てられた矛盾のない理論だった。
「そうだな。お前の言うことは正しい。
私情を挟もうと実績が伴うという算段があれば、これまでも文句を言う必要はなかった。
いままですまなかった。これからも精進する。」
この瞬間がフォレートにとってたまらなく気持ちいい。
父親という、ずっと完璧な人間だと思っていた人間の化けの皮を少しずつ剥がしていく感覚だ。
「ありがとう。これで心置きなく大陸調査に行けるよ。何年でもね。
…あぁそれともうひとつだけ。」
「今度はなんだ。まだなにかあるか。」
フォレートにとっては至高の時間だが、父トロフィアにとってはまるで心地のよいことではない。早く終わってほしいと思うのもまた道理である。
「いや、なんで姉さんじゃなかったのかなって。」
フォレートには姉がいる。
年齢順であれば彼女が行くべきではないのか、という純粋な疑問だ。
「なに、簡単なことだ。」
安堵なのか、分かりきっていることだったのか、その理由がおかしかったのか、答える前からトロフィアは顔を綻ばせた。
「寝床が変わると寝れないから嫌だと。本人に断られた。それだけだ。」
親子は顔を見合わせ、思わず声を出して笑った。
「姉さんには敵わないね。」
堅苦しかったその一室は、いつのまにか親子の団欒の場になっていたようだった。
ところ戻ってリオレンの部屋である。
「さて、隣は落ち着いたようだ。
不満があるようだな、ヴォルカス。」
「いや、不満などでは…、ないのでしょうか。」
本当に不満ではないのだろうか。
自分の心の奥底で震えているこの感情はなんなのだろうか。
思わず答えを知るはずのない父親に聞いてしまっていた。
「どうやら己の感情を掴みきれずにいるのだな。」
父の指摘は的確だった。
「時間をかけても良い。その感情を掴んで私にぶつけなさい。」
不安だろうか。見通しの無い道のりへの。
寂しさだろうか。両親や町の人々に会えなくなることへの。
後悔だろうか。救えなかった過去への。
嫌悪だろうか。これから迎えるであろう環境への。
悲しみだろうか。一昨日に封じたばかりの。
どれも違うような気がしてヴォルカスはさらに深くまで手を伸ばした。
どれほど時が経ったか、ヴォルカスは自らの奥底になにかを見出だした。
「私は…人間でした。」
「ほぅ。」
思ってもみない息子の言葉を、父は聴いた。
「俺は、民を支えなければならない立場で、己のことばかり考えていました。
民が支えあって亜霊の被害を修復している中、たった一人の亡骸を探していて。
心のどこかで皆を救えると、誰も死なないと、じぶんがいれば大丈夫と、思っていました。」
アグニは静かに聞いた。
「諦め、町に戻り、町の子供達の笑顔で吹っ切れたつもりでした。全てを受け入れて前に進もうと思えたと、思い込んでいました。
しかしウェルクに言われました。
『生きた人間の数は数えたか、救った命の数は』と。」
「ウェルク君に…か。」
アグニはかなり驚いた。マグナイトから聞いていたウェルクの事とはずいぶん印象が違う。
「そしてまた言われました。
『おまえは神かバケモノかと。』
その時初めて自分の傲りの正体が分かりました。
私は自らを選ばれた特別な存在だと無意識のうちに思ってしまっていたのです。」
語り続けるヴォルカスの目には徐々に涙が溜まっていった。そして声が震え始めた。
「私は、私が憎くおぞましいと思いました。私は、私は愚かでした。そして、私は、私は醜い存在でした。
私は……、そう私は…」
ヴォルカスは何度も何度も言い直した。
自分の心の中心にある言葉に手を伸ばしては躊躇した。
それを掴んで、喉から外に出してしまったら自分は消えてなくなるのではないかと、何度も躊躇した。
そして、ようやくその言葉を発した。
「私は…弱い…。」
口に出した瞬間に目を瞑り、口をつぐみ、拳を握りしめ、体を強張らせ、消え入りそうな感覚に怯えた。
涙は大きな粒となり、ヴォルカスの拳に落ちた。
それを見て、ヴォルカスははじめて自分が泣いていることに気が付いた。そして自分が存在していることに安堵した。
「ヴォルカス、お前はまだ若い。弱い部分もたくさんあるだろう。」
父の声にもまた安堵し、涙ながらに声の方を向いた。
「だがな、俺はお前を褒めたい。
なぜならばお前は自らを弱いと認めたからだ。
弱さを自覚しそれと戦っているからだ。
昨日の今日で人間は変われるものではない。
しかし変わろうとすることはすぐにできる。
お前は変わろうとしている。それは凄いことだ。
お前は自分だけが弱いと思っているかもしれない。だがそれは間違いだ。人は皆等しく弱く、また多くのものはそれを自覚していない。
そのなかでお前は強くなっている。自信を持て。」
優しく、心強い父の言葉に、ヴォルカスはただただ頷いた。アグニはそっと立ち上がり、ヴォルカスを抱擁した。ヴォルカスはその父の温かさを、何度も何度も噛みしめた。
暫しの時が経ち、陽が落ち始める頃にまた全員が司祭の元へ集まった。
「それぞれの意思を聞かせていただこうか。
もう一度言うが、必ず行けという話ではない。
では、まずヴォルカス・エン=リオレン。」
司祭はそっと手を差した。
「私はお引き受けいたします。
此度の事で自らの弱さ、小ささを痛感いたしました。
これを受け入れ、乗り越えるためにも、この遠征を受ける他ないと考えました。
もちろん、第一には国のため、民のためという思いがあります。」
司祭はやや残念そうに、しかし明るい決意に感心するように頷いた。
「では、次にオーシャーナ・リュウ=シャルカ。」
「お引き受けいたします。私は自ら望んでここに参りました時より、そう心に決めておりました。
町を守ってくださる母様や姉様の分まで、国に尽くしますわ。」
司祭はポセディアナの方を少し見た。本来呼ばれたのがシーナであると知っているからだ。
ポセディアナはその視線に気付き、申し訳なさそうに頷いた。
「よろしい。では次に、アトマ・ドウ=セルペナ。
おい、その顔はどうした。」
あまりにも憔悴しきった顔を見た司祭はギョッとした。
「いえ、ご心配をお掛けして申し訳ございません。
私は父上に己の弱さを突き付けられ、行くのは止めておけと言われました。
私は血筋に甘え、所属に甘え、自らを甘やかしてここまで生きてきたことに気付かされ、恥ずかしながらつい先ほどまで涙を流していました。
しかしそれも先ほどまでの話です。
私は亜霊討伐隊として充分に戦闘経験を積んで来ました。セルペナの跡継ぎとして責ある任をこなしてきました。私は今日よりこれを実績とし、自信とし、そして次の任を受けます。私は自身がこの遠征を成功させるために不可欠な人材であると確信しています。
どうかおまかせください。よろしくお願いします!」
アトマは深く頭を下げた。
「よもやそちらからお願いされて無下にするわけにはいかんな。よろしくたのむぞ。」
シスレーはそんなアトマの言葉を、泣きそうになりながら聞いていた。
「さて、アーサー・リョク=トルトイ。君はどうだね。」
「私もお引き受けします。
国のために私が二度もお役に立てることがあったなら、これほどに嬉しいことはありません。
皆さん、兄のことをよろしくお願いします。」
アーサーは深く頭を下げた。
「いい弟を持ったな、グラン。
さて、フォーレ。なにか言うことはあるか。」
司祭もフォレートが大陸に行きたがっていたことは知っていたため、止めても行くだろうと考えていた。
「このような機会を与えていただき感謝しています。
長の跡継ぎとして一回り、二回りと成長して帰ってくることを誓うと共に、環境調査局局長として大陸環境を調査し、この地へ有益なものを持ち帰りたいと思っています。
ただ、一つだけお願いがございます。
長期間の不在が予測されるため環境調査局局長の椅子が空いてしまうのですが、そこを姉エンヴァに頼もうと思っているのですが、それをこの場で承認いただいてもよろしいでしょうか?」
「トロフィアよ、任せて良いと思うか?」
「フォレートが言うなら間違いないでしょう。」
「よろしい。では司祭勅礼として後で本人に伝えよう。」
「ご苦労をお掛け致します。」
フォレートは心のなかで勝利宣言をした。
今まで何を言っても自由気ままで、家の面倒事を自分にすべて押し付けてきた姉への。
「さぁ、君はどうする、ウェルク・デン=ファルヌ。」
ウェルクは父親を睨み付けた。
マグナイトは、分かってる、というように深く頷いた。
それを見届けてから司祭に向き直った。
「23万超の人を救った彼らとなら、喜んでお引き受けします。自分の救った命に責任を持つために。」
ウェルクの言葉に司祭を含めた誰もが押し黙った。
短い決意表明に込められた思いはこれまでの5人の表明がやや幼稚に思えるほど大人びていたからだ。
ウェルクはその沈黙の意味がわからず辺りを見回した。
「ウェルク、私は君のことを誤解していたことを謝りたい。
君は私を含めたここにいる誰よりもこの国の人々のことを思っている人間のようだ。
すまなかった。」
「あぁ…いや、私の不徳のいたすところです。」
そういうことか、と納得したあと再度父親の方を睨み付けた。
一呼吸ついてから、司祭が改まって口を開いた。
「よもやこれほどまでに頼もしい者たちだったとは。
では
六精の加護の元に命ずる。大陸へ向かい世の変動について調査せよ。」
「はい!」
六人の声が揃い、空気が光った。
「うむ。六人の意思がこの地に眠る民に伝わったようだな。」
その日は日の明くまで遠征についての話し合いが行われた。
親も子もなく、国を守る同志として深く議論がつめられた。
精霊師 @souma7722
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