第24話
「デビス・オペレート、そこでカメラを固定できるか?」
「了解。機体は低速旋回行動に移ります。座標固定」
CIA本部6階の小会議室。窓のシャッターを閉め外光を遮断した部屋に、電子機器の緑のランプとほの暗い照明だけが灯されていました。
そこにCIAのアルベルト中東課課長、そしてキャサリンとマーカスがいました。ネット回線の向こうにはデビスモンサン空軍基地の無人偵察ドローンのオペレーター、そしてアメリカ国防総省の作戦士官が同席していました。
暗い部屋で唯一煌々と光を放つのは大型の液晶テレビ。
皆が見つめるそのモニターには、よくあるアラブ世界の街の、真俯瞰からの眺めが写っていました。砂嵐と強い日差しに耐える石造りの四角い家々。頭にカフィーヤ(ターバン)を巻き、通りをゆく人々。人混みに往生する乗用車とその前を横切る山羊を連れて歩く人。子どもやブルカをかぶった女性らしき姿も見受けられます。通りには人通りが絶えないのは、ここがラッカの中心街だからでしょう。あと数年後にこの街並みは、西欧人の放つ爆弾で瓦礫の山と化すのですが…。
イエローの鉛筆の尻を噛みながら、キャサリンが言いました。
「その店をズームアップして」
すると視点は視野の中心にある低層ビルの周囲を拡大しました。通りに面したビルの前には赤い看板が出ているようでしたが、真上からの映像ではそこに何が書かれているのかはわかりませんでした。しかし真横から見たところで、そこに書かれているのは
そこには『毛大飯店』なる文字が書かれていました。縦書きされたその漢字文字列の脇には、縦書きでルビを振るように、アラビア文字で『マオ・グランド・チャイニーズ・レストラン』と記されているのです。
そう、彼らは日本大使からもたらされた、IS国のカリフが時折訪れるというラッカの中華料理店、あの毛の店を監視しているのでした。
「デビス・オペレート、あの店にレーザー誘導爆弾を投下した際の威力範囲を表示して」
キャサリンの言葉にオペレーターが了解し、数秒後に画面にデジタルの楕円が描かれました。
「ビルを完全に破壊するなら、この範囲」
として、そのビルを含み、四方数十メートルが囲われます。
「それじゃ、被害範囲が広すぎる。周囲の通りの民間人被害が出すぎる」
「なら威力を限定し、ワンフロアを吹き飛ばす程度なら…」
と言われて表示された円は、ほぼビル内で完結していました。
「これなら、中の人間のみをターゲットにできるわね」
「特定人物の狙撃的爆撃ですか?」
「そうよ」
「その人物はビルの決まった場所に座るのですか?」
「何故?」
「新開発の極指向性ミサイルなら、攻撃範囲をかなり限定できます。そう、おそらくこのくらいまで…」
示された円は、ビルの中心のほんの5メートルほどをポイントしていました。手榴弾の爆破範囲程度のものでした。
「こんなに…」驚きの声を漏らしたのは、マーカスです。
そこで沈黙していた国防総省の作戦士官が答えます。
「最近の軍の主要仮想敵はマスコミですからね。空爆で特定人物を狙う場合、無実の市民を巻き込むと、後で間違いなく騒ぎになります。だからこういう方向に兵器は進化するんですよ」
その言葉を継いで、ドローン・オペレーターが皮肉げに言いました。「その代わり、ターゲットの位置を相当特定する必要がありますがね」
「よし、映像評価会議はこれで結構だ。デニム曹長、ドレン少尉、ありがとう」そう言って、アルベルト課長はテレビ会議を終了させます。
マーカスが気を効かせて壁にあるボタンを操作すると、窓のブラインドが自動で開き、部屋に日光があふれました。会議室の三人は、まぶしさに目を細めます。
「施設と破壊力の状況は見ての通りだ」と課長は言いました。「この先、やらねばならんことは?」
「ターゲットの来店日及び着座位置の確認」すかさずキャサリンが答えます。
「いや、それともう一つ重要なことがある」マーカスが言いました。「あの店が本当にターゲットが来店する店なのか、ウラを取ることだ。ガセネタで罪もない店を爆撃する訳にはいかないからね」
アルベルト課長はうなずきました。「その通りだ。ターゲットの来店日と着座位置に関しては、今回のクリンヒットを放った日本の
「でも課長」キャサリンが言います。「我々にはあの地で敵情を把握できるアセットがありません」
「そんなことは承知している。だが、そこをなんとかするのが君らの仕事ではないのか? そこがクリアにならなければ、本件はホワイトハウスに実施許可を得られない」
シリアの乾いた砂漠と岩山の続く地帯の上空3,000フィート(約1,000メートル)を、二機のティルトローター型航空機・オスプレイが飛行しています。その後方に二機の攻撃型ヘリコプターが追随していました。
先行するオスプレイは、ヘリコプターのように垂直離陸が可能で、プロペラ機のように高速で遠距離の航行が可能な輸送機です。二機のうち一方には、アメリカ陸軍第75レンジャー連隊所属特殊部隊大隊第3特殊戦闘小隊の
この輸送機は敵捕虜収容所の手前10マイル(16キロ)までこの巡行高度で進み、そこから一気に4,500フィートまで急上昇します。そして敵基地の真上から一気に高度を下げ、まずは攻撃ヘリが周囲の“掃除”をします。その上でビショップの部隊がホバリングする機体からワイヤーロープで敵地に降下し、建物内の敵を一気に殲滅します。本来であれば夜陰に紛れて敵施設に接近し、寝静まった敵を一気に強襲する予定でした。が、時間的猶予がなくなったいま、そのような自軍優位な選択肢は取れません。したがってかなりリスクの高い作戦になることは必至でした。そのリスクを少しでも減らすための対地戦闘ヘリの航空支援と、先行して現地に向かった狙撃隊のサポートを頼りとするほかないのです。
しかしどんなに援護を増やしても、ビショップのチームは結局、遮蔽物のない庭に降り立って屋内の敵と戦うことになるのです。チームメンバーの誰かが、いやもしかしたら自分が、敵の銃弾にやられるかもしれません。肉を断ち、骨を砕きながら自分の身体を引きちぎってゆく銃弾の威力を彼は頭の中で想像しました。こればかりはどんなに実戦経験を積んでも慣れることはない、と彼は人知れずため息をつくのです。
この作戦が終わったら、自分のシリアでの任期は明ける。そうしたらこの過酷な職場を除隊しよう、と彼は考えていました。
彼はこれまでに倒した敵の数を覚えています。
48人。
その者たちが亡くなったかどうかは分かりません。戦闘の最中ではそんなことを確認する余裕などなかったからです。でも、やり過ぎだ、と彼は思いました。軍に大学まで出してもらった恩はある。だからその借りはきちんと返す。ですが、48人の名も知らぬ人に鉛の玉を打ち込んだ経験とその心労は、大学の学費に十分に見合うはずです。俺はもう十分やった、とグエンは思いました。
彼はいつか見た、クリント・イーストウッドの映画を思い出します。イラクで『伝説』と呼ばれる米軍狙撃手の話です。かの地で敵を倒せば倒すほど、そ奴は祖国での安寧の日々を失ってゆくのです。平和な日常を忘れ、戦闘マシーンになり切ってしまうのです。その映画は多くのアメリカ軍人に衝撃と恐怖を与えました。それも飛行機や戦車、船などに乗る者でなく、神から与えられた自分の二本脚で歩く歩兵にこそ、インパクトを与えたのです。自分がいつか、そうなるのではないか、と。
ノースカロライナに帰ったら、父親と同じような自然相手の職業に就こうと思っていました。できれば山岳救助隊がいい。
帰国したらヘリ・パイロットの免許を取ろうと思っていました。今までどんな悪天候の中でヘリコプターに乗っても、彼は一度も飛行機酔いを経験しませんでした。友人のヘリ・パイロットにもその適性を認められています。自然相手は危険と背中合わせです。でも同じ人類と殺し合う危険に比べたら、はるかに真っ当な危険だと思えました。
そのためにもこの戦いから生きて帰らなくてはならない、とビショップは思うのです。自らのチームメイトと共に。彼は拳を握りしめて、静かに心の中で誓いました。
硬い椅子に背を預け、航空機の揺れに耐えている隊員たちに、ビショップは無線を通じて声をかけました。
「皆、聞いてくれ。最後の打ち合わせだ」
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