パレット二次創作

ななみの

こねこちゃん、魔王を噛む

――戦況は圧倒的だった。

「よっと、ほいっ……よいしょ、っと」

「うっ…………ぐっ……あっ……」

 ガチャガチャとコントローラーを操作する音と、浅葱先輩の呟きが部屋に流れている。

 そして、またもや私の操作するキャラは空中に吹き飛ばされ、なおも浅葱先輩の攻勢は止むところを知らない。ステージに復帰しようと空中攻撃を繰り出すところに的確な遠距離攻撃を挟んでくる。

 復帰阻止をすんでのところで躱して、やっとこさステージに戻ってきたタイミングだった。

「はい、バイバイ♡」

 急降下する私のキャラ目掛けて、強烈な上攻撃が繰り出され。

 赤と黒の閃光とともに、三機目はあえなく散ったのだった。

「うぐっ……、ありがとう……ございました……」

 それから、白藤先輩のおおーという可愛らしい声とささやかな拍手が降り注ぐ。

「はいよー。ねこちゃんもまだまだ甘いねー」

「……浅葱先輩が強すぎるんですよっ! そう思いませんか、白藤先輩っ!?」

「えっ、わ、私っ!? え、えーと……ゲームのことはよくわからないんだけど、美優ちゃんも小春ちゃんもどっちも上手だったから……」

「でも、ゲームがへたっぴな夏菜も可愛いっ! はい、よしよしーーっ!」

 抱き枕みたいに白藤先輩をその胸元に抱きとめる浅葱先輩と、困惑してあたふたする白藤先輩。普段なら、いい百合だなーって他人事みたく呑気に構えているところだったのに。

「さーーて。じゃあ、罰ゲームは何にしようかなー」

 端正な顔立ちの女性が嗜虐的に微笑むとき、人はそれを悪魔の笑みと呼ぶのだということを私は今日、身をもって知ったのでした……。



※ ※ ※



「小春ちゃん、遊びに来ない?」

 特別、用があったわけではなく、だからこそ足を踏み入れることが躊躇われる。

 それが、浅葱家に対する私の率直な印象。

 同じオタクでもこうまで差がつくものかと思わずため息を吐きたくなってしまう。眩しすぎるものは目によくないって、ポリゴンショックで学びましたから。

 そんな私が、浅葱先輩と一戦交える間合いまで近づいた要因がなんだったかといえば、白藤先輩の天使のような一言だったわけで。

 それからの私は、わかりやすいくらいに浅葱先輩の安い挑発に乗っかり、内容未定の罰ゲームを賭けて、浅葱先輩とコントローラーを持って並ぶに至る。

 かなりやり込んだゲームだったと自信もあったし、浅葱先輩のプレイングを見ている限りでも、はっきり言って負ける気がしなかったし。

「浅葱先輩……実力隠してたのはズルじゃないですかぁ……」

「え? 敵前で手の内を見せびらかすほど、あたしは甘くないよ?」

 じゃあ敗因がなんだったかと振り返ってみれば、浅葱先輩という人間をあなどっていたことなんだろうと思う。

 けど……

「だって、普通、オンラインで実力隠してるとか思わないじゃないですか!? しかも、VIP級で!」

「えーー、だってオンラインで相手ボコボコにしたって楽しくないじゃん? ね、夏菜?」

「へ? だから、私はこのゲームあんまりやってないから……」

「うんうん知ってる知ってるはい可愛いっ」

「二回目は流石にわかってるからっ!」

 夏菜が反抗期だーとおちゃらけて嘆く浅葱先輩の横で、私は断罪を待つ被告人の気持ちをこれでもかというほどに味わっていた。

 そして、その我慢も限界に達したところで。

「あの……結局、罰ゲームって何するんですか……」

「えーーー、うーーーんとねえ、どれにしようかなあ」

「そんなに選択肢あるんですか!?」

「あるよ。さっき、ねこちゃんをどのキャラでボコボコにしようかなーって悩んでたくらいにはたくさんあるよ」

「白藤先輩まずいでしゅよこれは……!」

「お、落ち着いて小春ちゃん……」

 白藤先輩が両手をふるふるしてあわあわ、その三倍くらいわたしもわなわなしていると、浅葱先輩が手をパンと打った。

「じゃあ、とりあえずふたりとも……脱ごっか」

 さっきの笑顔が悪魔の笑顔だとするなら、今度のそれは魔王のそれに近い。

 そして、その魔王を打倒する勇者の剣など、魔王の城に置いてあるはずもなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいって! これは……流石に恥ずかしすぎますよっ!」

 黒と白の、いわゆるモノトーンコーデといえば聞こえはいいけど。

「ずっと思ってたんだよね、ねこちゃんに似合うだろうなぁって」

「いやいやいやいや! そんなわけないじゃないですかっ?!」

 胸元とスカートの裾の華やかなフリル、黒のニーハイ、白のレース付きのカチューシャと揃えばこれはもう役満。

「だってこれ……どう見てもメイドコスですよね?!」

「おっ、流石ねこちゃん! 察しがいい!」

「お褒めにあずかり光栄です……ってそんなとこで褒められても困りますからっ!」

「えーー、じゃあ……こっちのほうがいい?」

 僅かな逡巡の間の後、ゴソゴソと浅葱先輩が取り出したのは……

「ソレナニ……って紐っ!? それもはや服ですらないですよね!?」

「服じゃないって失礼な。れっきとしたマイクロビキニって名前が……」

「美優ちゃん……それはちょっと流石に……」

 ちらと横を見ると、白藤先輩が物憂げな表情でマイクロビキニ……というか実質的には紐ともいえるそれを見つめている。

「で、ですよね! ほら! 白藤先輩もそうおっしゃってますし……」

 ありがとう白藤先輩……そしてもっと頑張って白藤先輩!

「でもさ夏菜、こねこちゃんのメイド姿、一度でいいから見てみたくない?」

「あっ、それはわかる! 小春ちゃんに似合いそうだと私も思うもん!」

「白藤先輩っ?!」

 え、ちょっと白藤先輩……味方だと思ってたのに……

「ほらほら、ねこちゃん。夏菜もそう言ってることだし、さ?」

 援軍はゼロ、浅葱先輩の王手を退ける駒も私は持っていない。

 チェックメイトだった。

「ええっ……まあ、じゃあ……マイクロビキニよりはマシですし……」

「わーーい、じゃあさっそく着替えちゃって着替えちゃって!」

「でも今回だけですからね! 以後、こういうことは絶対にないですから頼まれても絶対着ませんからっ?!」

 ドレスアップを行うべく、重い腰を上げて隣の部屋に移る私だったわけですが。

 今、思い返してみればこれがどれほど愚かな選択だったことかと。

 袂からスマホを取り出した浅葱先輩を見逃してしまったことも。

 何より、これ以上は状況が悪化することなどないだろうと高を括っていたことを……


※ ※ ※


「うんうんーー、あたしの見込んだとおり、よーく似合ってるね」

「そ、そうなんですか……」

 浅葱先輩の部屋に戻ってきた私は、大鏡の前へいそいそと動いた。

 着替えたら身だしなみをチェックする、なんて極々常識的な行動をとれたのは徐々に落ち着きを取り戻していった証拠にほかならないんですが。

 その安静がわたしひとりの手でもたらされたかというと、そんなことはなくて。

「み、美優ちゃん……私、もう着替えるよぉ……」

 私と同じ格好をさせられているもうひとりの先輩のお力によるところが大きかったりする。

 すらりと長い脚にニーハイが映えるだけにとどまらず、スリムなシルエットの割に出るところはちゃんと出ているので胸元のフリルが一段と凶暴に映る。

 全身凶器とはまさにこのこと……と、鏡に映った自分のメイド姿を遠慮がちに眺めながら思うわけです。お世辞にも似合ってるだなんて言えないなあと、ため息までワンセット。

「なーに言ってんのよ。夏菜で似合ってなかったら誰が似合ってるのよ」

「そ、そういうことじゃなくて……恥ずかしい……って似合ってもないよきっと……」

「なんなら写真でも撮って見てみる?」

「だめっ! それは絶対だめっ!」

「そ、そうですよ! それだけは断じてっ……」

 こちらにまで火の粉が降りかかってきそうな気配を感じたので早めに釘を刺す。

 なにかの拍子にあの兄に見られたら……私は静かに舌を噛んで息絶えます……。

「じゃあ、判定役のゲストを呼んでみよっか」

「…………え?」

「…………へ?」

「お待たせ、もう入っていいよ」

 ガチャリとドアノブが回って、開かれた隙間から覗くのは見慣れた顔が四つ。

「うーす」

「ただいま」

「よおー」

「こはるん来てるんだってーーーって、なんであたし抜きで女子会してるのさあたしもちゃんと呼んで……」

 ぱかーんと東雲先輩の金髪をはたく音がガチ恋口上もどきを遮った。

「いきなりまくしたてんじゃないの……っと、なに、今日はメイドカフェなんですか、浅葱社長?」

「そうそう、今日は野生のメイドさんたちが獲れたからメイドカフェにしようかなって」

「ちょ、みんな呼んでるなんてもっと聞いてないよぉ……」

 当社比0.5倍くらいの細い声で白藤先輩が抗議する。

「やっぱ夏菜は何着ても似合うなあ!」

「はい、お墨付きいただきましたわよ、夏菜お嬢様」

「あうっ……元ちゃん、ありがとう……」

「こういう夏菜がほんっと可愛んだもんねーーー!」

「ねーーーー!」

「ところでさ、なんでねこちゃんはあそこで膝抱えて座ってるの?」

「そんなんあたしに聞かないでよ優男」

「だってよ、ねこちゃん」

 とうとうこちらに順番が回ってきてしまったかと、山吹先輩の声に体を震わせる。

「こ、こんにちは先輩方……平素から格別のご高配を賜り誠にありがとうございましゅ……」

「まあまあー、とりあえず立ってみなって、ほらほら!」

 自分でも何を言っているのかわからない、緊張で心臓が弾みまくっている最中、東雲先輩がわたしの手を取った。

 東雲先輩に起こされるようにして立ち上がる。

「ほーーら! 絶対似合ってると思ったもんね、流石こはるんのドスケベボディ!」

「それはあんまり褒められてる気がしないです東雲先輩……」

 一斉に視線が集まるのが痛い痛い、恥ずかしい……穴があったら入りたい。

「俺もよく似合ってると思うよ。きっとねこちゃんは、そんなことないって言うんだろうけど」

「修ももっと言ってやって言ってやって!」

「な、奏太?」

「な。ねこちゃん似合いすぎでしょ。今度のコミケはそれで参戦して、ねこちゃんウォール作っちゃいなよ」

「や、山吹先輩まで……」

 次のコミケ、と言われてキュンとかこっぱずかしい音色を心臓が奏でる。

 違うから! 今のはそういう文脈じゃなかったから!! と、誰にしているのかもわからない言い訳を必死に組み立てる数秒間。

「……ねこちゃん、可愛いね」

「わわっ! 浅葱先輩っ?! 急に耳元はやめてくださいって……!」

 振り返って至近距離にあった浅葱先輩の表情は、不思議と普段より色っぽく見えた。

 だから乙女モード終わり! いつまでも浮かれてるんじゃない赤嶺小春!

「こねこちゃんをあんまりいじめんじゃないのよ、取締役さん」

「ちぇー、あんまり過保護にしてると反抗期到来しちゃうよ?」

「どういう意味だよそれ」

 一瞥して浅葱先輩の軽口を流す山吹先輩。この手の応酬も馴れていらっしゃる……。

「だいたい、美優はメイドコスしねえの?」

「は? いや、あたしには合わないでしょこれは」

 きょとんとした反応から、返す刀でじとっとした目つきで応える浅葱先輩。

「それこそ着てみなきゃわかんねえじゃん?」

「あたしだよ? 流石に合うか合わないかくらいわかるって」

「それなら写真でも撮って確かめてみる?」

「……さーては聞いてたなー、この地獄耳」

「はてはて、なんのことでしょーか」

 当社比3倍に膨らんだジト目もどこ吹く風、両の手をひらひらして躱す山吹先輩。

 ……これ、さっき私と白藤先輩が浅葱先輩に言われたことじゃん、と今になって気が付く。

 だとしたらこの人たち、いつからいたんだろう……?

「ねねー! 美優! あたしも! メイドコス! したい!」

「残念ながら2着しかないっての」

「普通は2着もある方がおかしいんだけどね」

 やややさぐれた浅葱先輩の反応に桃瀬先輩が苦笑い。

 その笑顔をぼーーっとした頭で眺めながら、私の頭脳は一世一代のひらめきを見せた。

「じゃ、じゃあ! 私が今着てるやつ、浅葱先輩に返しますっ!」

「……あたし、着るとは言ってないんだけど?」

「でも、きっと私なんかよりずっと似合いますって!」

 少し首をかしげながら瞳をじっと見つめてくる浅葱先輩の、その瞳を見つめ返しながら必死に返事を紡ぐ。

 そう、全てはこの恥ずか死な状況から離脱するために!

「俺も見たいんだけどな」

「そういうことはもっと大きな声で言うの」

 誰が言ったとも取れないストレートな賛辞に、誰に言ったとも定まらない照れ隠しが突き刺さって。

 ぱっと勢いよく立ち上がると、浅葱先輩はこちらに振り返って、

「ねこちゃん、次は着地も全部狩るから覚えといてね?」

「ひ、ひぃん……」

 まだ変身を三回残していそうな恨み言を残して、浅葱先輩と握手。

「じゃああたしは夏菜のやつ着るっ!」

「そ、そうしよっ! 千華ちゃんに絶対ぴったりだよっ‼」

「あ、わかる? わかっちゃう?! さっすが夏菜わかってるね!」

 うひひひと東雲先輩が笑った。その声はどこから出していらっしゃるのやら……。

「はいっ、乙女のお着換えタイムだから男子チームはさっさと外に」

「お前が言うんかい」

「どういうことだっ、奏太!」

「はいはい、出ますよっと」

 桃瀬先輩、松葉先輩に続いてそそくさと部屋を出る山吹先輩が、ドアを閉める直前。


「ねこちゃん、コスやるなら写真撮りに行くから」

「やりませんっ! 絶対やりませんからっ!」

 ……そんなに気に入ってもらえたんでしょうか。

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パレット二次創作 ななみの @hope_0923

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