第5話

朝、日が昇る。

白い空。

昼には青い空を見る。

ゆっくり日は沈み、

青、桃色、紫、紺、濃紺、そして黒い夜に月が登る。

わたしは窓から空を見る。

それがわたしの一日のすべて。

わたしはひとりで空を見続ける。


ああ神様。


叶うことなら、わたしにひとり、



「話し相手?」

「ええ」

「誰の?」

「わたしの」

「俺が?」

「リツが」

「話し相手?」

「…はい…」


え、だってこの世界に必要だとか。

不可欠とか危険が危ないとか。


「とりあえずそう言わなきゃ、リツ処刑されかねないなって…」


話し相手って、つまり俺世界救うとか、なにかと戦うとか。


「一切必要ないの…」


俺は一気に脱力する。

「なんだよそれ…」

へたへたとしゃがみこむ俺。今日二回目だ。

「リツごめんなさい。まさか異世界から来るなんて思っていなかったの」

「…じゃあ、なんで俺なの」

「…お話し相手がほしいって思ったら、リツが来てたの…」

なん、や、それ。

脱力しすぎて語彙力が皆無だ。

俺、異世界召喚という未曾有の大魔術で呼ばれて、立派な城の威厳ある王とその配下の方々にお目見えして、そしてその理由が

「お話し相手…か…」

近所のおばちゃん呼んでこい。

心の中で全力でつっこむ。

遠い目をしていると、少女が俺に話し始めた。

「わたし、この塔から出られないの。もうずっと、何年も何年も、長いことこの塔の中にいるの」

「…ずっと?なんで?」

「聖女だから。聖女はここで世界を支えなきゃいけないから」

よく理解は出来ないが、ここはそういう世界なのだろう。深くは聞かないことにする。

「この世界では百日に1回、昼に白い月が登るの。そのときわたしの魔力は最高に高まって、予期せぬことを起こしてしまうの」

俺がその、予期せぬことなわけだ。

「毎回起きるわけではないけど、たまっていた魔力と白い月の魔力で、リツを呼び出してしまったんだと思う」

なるほど。

魔力あまっちゃったからついうっかり俺を呼んじゃったわけだ。

「じゃあ全然、俺じゃなくてもよかったわけだ」

「それは違う!」

弾かれたように少女が言う。

「とおもう…」

少女が小声で俯く。

誰かまじで近所のおばちゃん呼んでこい。

「ごめんなさいリツ。すぐにはかえしてあげられないけど、がんばってはやく魔力を貯めてリツを元の世界に戻せるようにする。その間の待遇も、アーサーに頼めば不自由なく過ごせると思う」

少女が言う。その瞳からは自分がしてしまったことへの謝罪の念と、俺への気遣いがうかがえる。

「…名前ないんだっけ」

俺の言葉に少女は不思議そうな顔をする。

「ええ、みんな聖女って呼ぶから必要ないの」

「それは困ったな。話すのにも名前がなきゃやりずらそうだ」

少女が、なにを言っているかわからないという顔をする。

「誰でもいいから話がしたいって思うくらいに寂しかったんだろ?」

「…リツ」

少女の瞳が揺れ、滲む。

「俺が話し相手になるよ」

ぽろぽろと、アイスブルーの瞳から涙が溢れる。

「ほんとう?」

「ああ」

そして少女は堰を切ったように泣き始めた。

「リツごめんなさい。ありがとう」

「ん、大丈夫だよ」

流れる涙はとどまることを知らず流れ続ける。

こんなところに何年もひとりでいたんだ。

そりゃあ寂しいだろう。悲しいだろう。

そしてその悲しさを共有もできずひとり抱えてきたのだ。

涙だってたまるだろう。

「せっかく異世界に来たんだし、観光気分でゆっくりする。焦らなくても、気が済むまで話そう」

少女が何度も頷く。

「ただ、可能なら元の世界の元の時間に戻せるようにしてほしい」

「わかったがんばる」

力強く少女は頷く。

「あと君の名前なんだけど、不便だから俺につけさせて」

「わたしに名前?」

少女が聞く。

「駄目なの?」

「そういうわけじゃないけど」

少女は白い髪と共に首を振る。

「じゃあ、今日からきみはサラ」

「…サラ?」

「髪の毛さらさらのサラ」

シロは猫の名前っぽい。

ユキはアニメにそういう動物がいた。

このふたつよりは、まだまともな案がサラ。

貧弱な俺のネーミングセンスではこれが限界だ。

「…サラ」

少女が口にする。

「気に入らないなら違うのでも」

「ううん!サラがいい」

噛み締めるように少女…サラは繰り返す。

「ねえリツ、アーサーを呼んでもいい?」

雨の後の虹のような笑顔でサラが俺を見る。

ああ、やっと笑ってくれた。

「ねえアーサー!こっちにきて!」

明るい声でサラが呼ぶ。

「どうかされましたか?」

すぐにやってきたアーサーに、サラがにこりと笑う。

「わたし、サラっていうの!」


真顔で「ん?」と聞き返すアーサーに、俺はこれまでのことを話す。

サラがついうっかり話し相手に俺を召喚したと知り笑うアーサーと、サラをからかう俺、顔を赤くして反論するサラ。

その日、『白の塔』には日が暮れるまで、笑い声が絶えなかった。

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異世界に召喚されて聖女の話し相手になりました。 Hozumi @Hozumi0801

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