第4話
最初の部屋に戻った瞬間、俺は床にへたりこんだ。
緊張した。
まじで緊張した。
職員室のドアを開けるより一億兆倍緊張した。
心臓のある場所に手を当て震えながらうぁぁ…と呻く俺を見てアーサーは楽しそうに笑う。
「なんで笑うんですか」
「いや、ほらリツ立ってください。こっちに椅子があるし、疲れているなら隣の部屋にベッドもありますよ」
他人事だとおもって。
このイケメンが。
「アーサーさん」
名前を呼ばれたアーサーは明るい表情でこちらを向く。
「アーサーでいいですよ」
「いやそれは流石に…」
初対面ですし…と続けようとすると、それより先にアーサーが言う。
「リツはしばらく俺と一緒にいることになりますから、無駄な遠慮はやめておきましょう」
しばらく一緒に?
不思議そうな表情の俺を見て、アーサーは続ける。
「危険か否かを判断するまで俺がリツを見るようにと王が仰せでしたから」
そういえば、そんなことを言っていなくもなかったような気がしないでもない。
緊張しすぎてほとんど聞いていなかった。
あれってそんなに長い期間のことだったのか。
「…アーサー」
「はい、なんでしょう」
アーサーが緑の瞳を向ける。
「『至高の剣』ってなんですか?」
俺が言うとアーサーは少し照れくさそうに笑う。
「あれは俺の称号というか、ふたつ名です。『至高の剣』という称号をいただきましたが、俺なんてまだまだで」
そう言うと、腰に提げてある剣の柄を少し撫で、凛とした表情になる。
「いつかはその名に恥じない剣士になります」
なろうと思う、なるつもり、ではなく「なります」と言い切ったアーサーに、俺は強さを感じた。その意志の強さに素直に感銘を受ける。
「ところでリツ、疲れていますか?」
唐突に変わった話題に、俺はすこし戸惑う。
「いや、まだ大丈夫です…」
「そうですか、なら聖女のもとに行きますか?」
聖女。あの少女。
あの少女の顔は、少しは明るくなっただろうか。
別れ際の悲しそうな表情を思い出すと胸が痛む。
「はい、お願いします」
「わかりました」
では、と言って手を差し出すアーサー。
一瞬なにかわからなかったが、そういえば移動は魔法で行うということを思い出し、俺はアーサーの手を握った。
『白の塔』はその名の通り、すべてが白い建物だ。材質はわからないが、内側から光るような柔らかい白が美しい。その白い螺旋階段を、俺とアーサーは登っていく。
「あの、アーサー」
「はい、なんでしょう」
それほど高い塔ではないからもうそろそろ着くと思うが、それでも結構な長さだ。
「魔法で直接上に行かないんですか?」
なぜわざわざ塔の前に移動するのだろう。
少し疲れた俺とは違い、アーサーはひょいひょいと階段を登っている。流石騎士団長様。
「『白の塔』では、塔の力によって魔力が制限されるんです」
「制限?」
「そうです。わたしのようなあまり魔力のないものは、ここで魔法を使うことができません」
へー…?
でもあの子、聖女の子はここで俺を召喚したんだろう?
魔力が制限された状態で召喚魔法が使えるってことは、あの子相当強いのか…?
そんなことを考えていると、塔の最上階が見えた。
「着きました。『祈りの間』です」
長い階段を登りきり、白い部屋に着く。
窓から入る青空とひかり。目の前には白い頑丈な檻と、そして美しい少女。
「リツ…」
少女が不安そうな顔で俺の名前を呼ぶ。
「聖女様。お約束通り、リツをお連れしました」
「ありがとう」
少女がほっとしたようにお礼を言う。
その表情はすぐに真剣なものに変わり、アーサーに続けて言う。
「アーサー、リツに言いたいことがあるの。すこし外してもらえるかしら」
少女はなにかを決意したようなアイスブルーの瞳で、俺とアーサーを見る。
「わかりました。それでは部屋の外でお待ちしております」
「ありがとう」
そういうとアーサーは部屋から出ていき、少女と俺だけが残った。
「リツ、あの」
少女は最初こそ俺を見ていたが、その視線はだんだんと下に落ち、完全に俯いてしまった。
本当に綺麗な子だなあ。お人形さんみたいだ。
まつ毛がながい。ばしばししている。
動くスーパードルフィーって呼ぼうかな。
そこまで眼は大きくないか、なんて思っていると、その眼が俺を見た。
「リツ!」
「はい!」
いきなり名前を呼ばれて俺は反射的に返事をする。そして少女はその勢いのまま話し続ける。
「ごめんなさい!わたしあなたに謝らなきゃいけないの!!」
「謝る?」
この世界に呼んだことだろか。
でもそれは世界を救うためなら仕方のないことだ。
事情を聞かせてもらいたい。
俺がこれから一体なにをしなければいけないのか。俺の使命はいったい、
「わたし、お話し相手にあなたを召喚してしまったの!!」
「…ん?」
…話し、相手?
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