第3話

外に出ていくつか分かったことがある。

ひとつ、塔はいくつもの壁に囲まれていて、出るにも入るにも手間がかかるということ。きっと侵入者避けだろう。

もうひとつ、外の風景からして、ここは日本ではないということ。地平線が見えるほどに広い草原。おそらく現代日本にこんな平地は残っていない。やはりここは異世界だと考えていいだろう。


…これ、どうやって移動すんの?

徒歩?いやそれ何時間かかるんだ。


俺がぽかんとした顔をしていると、アーサーが微笑んで俺を見る。

「《ディクス》は使えますか?」

「…え、と」

でぃくす。何語だろう。使えるとは。

俺の頭にはてなが浮かんでるのが見えたかのように、アーサーは俺に説明してくれる。

「空間移動の魔法です。…わかりました、俺に掴まってください」

俺が戸惑っているのを察知したアーサーは手を差し出す。そして握手するようにその手を握ると、アーサーが何かを唱えた。

アーサーの手から熱を感じる。と、次の瞬間視界ががらりと変わっていた。そこは豪華なインテリアの部屋だった。

「うわ…」

魔法だ!魔法じゃん!すごい!

生まれて初めて見る魔法に俺は驚きと興奮を隠せなかった。そんな俺を見てアーサーは堪えていた笑いを漏らす。

「初級魔法ですよ。珍しいですか?」

「生まれて初めてですね」

そう言うとアーサーは驚いた表情になる。

「魔法を見たことがないんですか?」

「ええ、今日が初めてです」

「…失礼ですが、あなたはこの世界の人間ですか?」

確信をついてきたな。

本当のことを言っていいのかと迷っていると、アーサーが続ける。

「大丈夫。リツが聖女様の味方なら、俺はあなたの味方です」

信頼、してもいいのだろうか。

少女は特に隠せとも言うなともなにも言っていなかったし、なによりこの状況で味方がいないのは心細すぎた。

「俺はあの子に召喚された、異世界の人間です」

俺自身がこの状況を分かっているわけではないので、説明が大雑把になってしまった。

「…なるほど。聖女様が呼んだとしたら、きっとリツはこの世界に必要な人間なんでしょう」

アーサーがあっさり受け入れてくれて、安堵の息を漏らす。と、そのとき。

「アーサー様、陛下がお呼びです」

ドアから入ってきたメイド服の女性が言う。

…陛下って、王様ってやつ…!?

すごい、ここファンタジーの世界じゃん…!

でも待てよ王様って、俺疑われてる?

証人尋問みたいな…?

そこまで考えて、俺は身体がこわばるのを感じた。その様子を見たアーサーは、俺のほうをみて笑う。

「大丈夫、俺に合わせてください。うまくやってみせます」

ああ…ありがとうアーサー…!

おれはアーサーの存在に全力で感謝する。

「さてじゃあ、玉座の間に行きましょう」

そう言うアーサーの後ろについて、俺も歩き始めた。


赤いカーペットにいくつもの鎧が並ぶ、まさに「お城の廊下ですよ!」という感じの廊下を、アーサーについて歩く。

結構歩いたと思うがまだ着かないらしい。

さすが、広いんだなあ…。

普通に踏んでるけど、このカーペットもさぞお高いんだろうなぁ…。

俺がきょろきょろとあたりを見渡しながら歩いていると、アーサーの歩みが止まりこちらを振り返った。

「ここです」

そう言ったアーサーの前には、豪奢な装飾の大きなドアがあった。


うわー…なんか部屋の中に王様いそう…。


いや、いるんだよ。と心の中でボケて心の中でツッコミをしていると、アーサーが優しく笑って言う。

「リツ、この先には陛下がいます。くれぐれも無礼のないよう」

えっ。

ちょっと待って心の準備が。

というかそれはそんな爽やかな笑顔で言うことではなくないか!?

混乱してなにも言えずにいる俺をかえりみず、アーサーはドアの両側に立っている兵士に向かって頷き、そして兵士はその重いであろうドアを開いた。



重々しく開いたドアの先には、恐ろしく広く、圧倒的に豪華絢爛な部屋があった。

今までの城の中も豪華だったが、比べ物にならない。天井には大きく輝くいくつものシャンデリア。重厚な、金の刺繍の入った赤いカーペット。壁は白く美しく、窓から見える青空さえも部屋を輝かせている。

俺が圧倒されているのに気付かないのか気にも留めないのか、アーサーは部屋の奥に進んでいく。

俺もそれに着いて進むと、左右の壁に、何人もの人間が並んでいるのがわかる。

学者風の人間。鎧を着た人間。老人もいればまだ若そうな人間もいる。なかには女性もいて、そしてそれらの人々に共通していえるのは、全員が真剣な眼差しで俺を見ているということだ。

息さえ止まるその状況に、俺は負けまいと精一杯胸を張り平気なふりをする。

凛としろ大和律月。

気持ちで負けたらすべてが終わる。

舐められるな。


俺は緊張を飲み込み、その中央にして最奥の、何段かの階段の上の玉座に座る人物を見る。

-おそらくこの国の、王。


玉座の前で止まったアーサーは跪き頭を下げる。

俺はどうすればいいかわからなかったので、とりあえず学校でならった最敬礼の姿勢をとる。


「陛下、聖女が召喚した青年を連れて参りました」

アーサーの真剣な声がする。

そしてそれに応えたのは、低く重厚な威厳のある声。

「ご苦労。…名を聞かせてもらおう」

アーサーは答えない。

つまり、俺に話しかけているのだろう。

「大和律月です」

声が震えないよう、失礼な響きにならないよう、気をつけて声を出す。

「ではヤマト。お前はなぜ『白の塔』にいたのだ」

初対面の人間に「お前」、でもそれが失礼だと感じないのは、王の威厳というやつなのだろう。

「…正直にいえば、俺にもわかりません。自室で眠る間際、気付いたときにはこの世界に来ていました」

「どういうことだ」

これは、どう説明すればいいだろう。

「日本、地球、みなさんがこれらの単語に覚えがなければ、ここは俺の住んでいた世界ではありません。俺は地球という星の日本という国からきました」

部屋にいる全員が、眉を寄せ目を合わせ、そして首を降ったり首を傾げたりする。

…どうやら、ここは本当に異世界のようだ。

「にわかには信じられません」

王に一番近い場所に立つ初老の男性が言う。

「ああ、こんなことがあるのだろうか。…マイア」

「はい」

マイアと呼ばれた眼鏡の女性が答える。

「童話や物語の中に、異世界から何者かがやってくるものはありますが、史実としての文献には記載されておりません」

「…『世界の図書館』が言うなら、間違いあるまい」

「ですが歴史のなかには、一見して分からぬよう物語という形で後世に残された出来事もあります。確実に前例がなかったとは言いきれない、というのがわたくしの見解です」

眼鏡の女性がスカートを持ち一礼する。

「なるほど。ではそのような魔法があるのか。ノア」

「はい」

次に呼ばれたのは、柔らかい黒のローブを纏った若い青年。

「おそらく空間を操る魔法というよりは、召喚術に近いものかと思われます。この世界に住む精霊を召喚し使役する術は存在しますが、異世界のものをこの世界に召喚するという類のものは初めて耳にします。ですが聖女の魔法の性質上、不可能ではないと思われます」

「わかった」

王の言葉に反応し青年は深く頭を下げる。

「それでは、この者の言っていることは本当か、アンジェリーナ」

「はい」

細く高い少女の声。

この場に場違いな声に俺は驚いた。

白く美しいローブのフードを深く被った、子どもとしか言えない女の子がこちらにてとてとと駆け寄る。

そしてローブから、流れ光るような黒髪と、飴玉のような甘いピンク色の瞳が俺を覗く。

綺麗な顔立ちの、まだあどけなさの残る少女。

見つめ合い10秒くらいたっただろうか。

すこしときめいてしまった俺からさらりと視線を逸らし、王の方を向く。

「王さま、このひとは嘘をついていません」

「そうか、わかった」


わかったの!?

え、今ので俺の言ってることが本当かわかったの!?

こわっ!!


驚く俺を一瞬見て、少女はまた列に戻る。


「どうしたものか…」

王が口髭に手をやり悩む様子を見せる。

「陛下」

口を開いたのはアーサー。

彼のよく通る声が響く。

「どうしたアーサー」

「この者は聖女が召喚した者であり、聖女は「この者は世界に必要だ」「話が終わったら塔に戻すように」と言っておりました。この者を亡きものにするのは簡単ですが、聖女の言うことが真実であれば、危害を加えればこの世界が危ういかと」

…亡きものにするの、簡単なんですね…。

俺がその言葉を噛み締めていると、王は唸りこう言った。

「…処遇はこちらで決めておく。その者は一旦塔へ戻るといい。この者が危険かどうかは、今後見極めるとしよう。

『至高の剣』アーサー、その間この者を見ているように。」

「御心のままに」

アーサーが深く一礼する。そしてこちらを向いて、

「それでは塔に戻ろう。着いてくるように」

と言った。


やっと解放される…!!!


歩き出すアーサーとそれに続く俺。

その場の全員の視線を背中に感じつつ、俺は部屋を後にした。

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