第2話

目の前の少女は笑顔で目を輝かせている。

歳は俺と同い年くらいだろうか?

白く艶やかな長い髪。

肌もまた白く、水色の瞳が映えている。

ただ気になることといえば、彼女が檻の中に入っているということだ。

俺の呟きを聞いた少女の顔から笑みが消える。

「異世界?」

少女の顔がこちらを向いたまま少しだけ曇る。

「もしかしてあなた」

そう少女が言いかけたとき、後ろから大きないくつもの足音が聞こえた。

「侵入者はお前か!」

現れたのは灰色の鎧を着た大柄の男たち。

いったい何が起こっているんですかねぇ…?

展開のはやさに着いていけずにいると、少女が今までとは違う声で話す。

「落ち着いてください。わたしは無事です」

落ち着いた、威厳のあるとも感じられる声。

そして屈強そうな男たちが、少女に頭を下げる。

「このひとはわたしが召喚しました」

「聖女さまが…!?」

「はい。この世界を保つには、不可欠な存在なのです」

ざわめき俺を見つめる男たち。

戸惑う彼ら、だがそれ以上に俺は戸惑っていた。

なんだそれ。

まさか俺、


---異世界転生で勇者になった…!?---


なんてことだ。

驚いているうちに、話はどんどん進んでいく。

「すこしふたりにしてください」

「ですが、まだこいつが聖女さまに危害を加えないとは…」

「大丈夫です。さがってください」

不承不承といった表情で、鎧の男たちは部屋を後にする。

そして少女は不安げな表情で俺を見る。

「あなたはもしかして、異世界のひと?」

「多分、地球とか日本じゃなければ」

そう答えると、少女の顔はいっそう歪んだ。

「ごめんなさい、わたし…わたし、酷いことをしてしまった」

事情は全然わからない。

しかし、少女が悲しい顔をしているのは心が痛む。

「俺は…」

「聖女様」

気付くと、後ろに金髪の男が立っていた。

鎧を着ているが、さっきの男たちとは全然違う、ひと目で高価だとわかるものだ。

「アーサー…」

少女が言う。恐らくこの男の名前だろう。

感情の読み取れない表情でこちらを見ている男に、少女が不安そうに話しかける。

「アーサー、このひとは敵じゃないわ」

すると男は、口もとに笑みを浮かべて言う。

「聖女様がそういうなら、そうなのでしょう」

…案外あっさり受け入れるんだな。

しかし緊迫した空気を崩すことはせず、男は続ける。

「わたしの名前はアーサー・ルイス。この国の騎士団です」

騎士団長。その役職の割には、男はとても若くみえる。おそらく三十にもなっていないであろう。そしてなにより顔の整い方が異常だ。現代日本ならなにか世界的な俳優だといわれても不思議ではない。

「君の名前は?」

男は俺に尋ねる。

「…大和律月といいます」

「ヤマトリツ?」

アーサーは不思議そうな顔をする。きっとおかしな名前だと思っているのだろう。

「それではヤマト、すこしわたしと来てくれませんか」

アーサーの言葉に、少女は戸惑ったように言う。

「アーサーそれは」

「大丈夫です聖女様。すこし城に来て話をしてもらうだけです。危害は加えません」

そう言うアーサーの顔からは敵意は感じられない、ように見える。おそらく俺が襲いかかったところで返り討ちにする自信があるのだろう。赤子の手をひねるように。

「わかった。でもその前に少し時間をちょうだい。このひととふたりで話したいの」

「…わかりました。では部屋の前で待っています。あまり長くなりすぎないよう」

「ええ、ありがとう」

アーサーが部屋を出ると、聖女と呼ばれた少女は不安そうに俺を見つめる。

「ごめんなさい。わたしが呼んだばっかりに、あなたを困らせてしまった」

それな。ほんとうにな。

俺は出かけた言葉を飲み込む。

「…ここではあまり大掛かりな魔法は使えないの」

そう言う少女の手に、ちいさな光が集まる。そしてその光は俺を包み、そして消える。

「あなたに光のまもりを授けたわ。これが少しはあなたを守ってくれる」

少女は俺をまっすぐ見て、すこし微笑んで言う。

「わたしはあなたをなんて呼べばいい?」

どこか懇願するような声で、少女が尋ねる。

「俺は律月。リツでいい」

少女が微笑む。

「リツ。綺麗な名前ね」

「きみの名前は?」

そういうと少女は俯いた。

「わたしに名前はないの」

「…名前がない?」

どういうことかと聞こうと思ったそのとき。


「聖女様。そろそろ」


アーサーが戻った。おそらくこれ以上は許されないのだろう。後ろにはさっきの鎧の男たちが立っている。

「アーサー、リツはこの世界に必要な人物です。用向きが終わったら必ずここに戻してください」

「わかりました。…大丈夫です。悪いようにはしません」

そう言うとアーサーが俺を見る。

「さあ行こう」

アーサーの後に着いて歩こうとしたとき、後ろから少女の声がした。

「リツ、またね」


少女のか細い声が、そう言った。

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