二人の囚人

宵埜白猫

そこにあるのは…

 ああ、退屈だ。

たった一回、ちょっと失敗しただけでこんなところにいれられた。

逃げられないように山の上に建てられたこの刑務所は、今みたいに冬になると特に寒い。

ここから見えるのは、うっすらと錆のついた鉄格子と、やたらとお人好しなルームメイトだけだ。

俺はこいつのことをよく知らない。

ただ、初めてこいつと相部屋になったとき、こいつを連れてきた看守に冗談半分でこいつが何をしたのか尋ねたら、珍しく同情した顔でこう言った。


「友人に騙されて違法ドラッグの所持で捕まった」

「こいつ自身はそれがなにかすらもわかっちゃいないが、犯罪は犯罪だ」

「それにどういうわけか、一言も反論しやがらねえ」

「まあ、そんなところだ……」

「余計なもめ事起こすんじゃねぇぞ」

この看守はいつも最後に一言余計だ。

それより、ダチに騙されて文句の一つも言わないだと?

お人好しっていうよりただのバカだろ。

まあどのみち俺とは住む世界が違うってことに変わりはねぇ。


 俺は物心ついたときにはスラムにいた。

親の顔も、自分の名前すらわからねぇ。

そんな状況だったから、周りにいた似たようなやつらと一緒に、ただ今日を生きるために盗みを働いた。

昨日まで隣にいたやつが、次の日には消えてるなんてこともざらにあった。

特に冬は地獄だった。

冬が来るたびに、建物の裏のごみ箱の陰に、仲間たちと体を寄せ合って眠った。


 そうやって生きてきて、ついに神に見放されたんだろう。

いや、最初からこっちを見てすらなかったのかもしれなぇな。

とにかく、俺は警察に捕まった。

何日も何も食ってねぇ状態で無茶したのがよくなかった。

正直あの時には、もう生きてるのか死んでるのかわからなかったし、生きていようが死んでいようがどうでもよかった。


 だが皮肉なことに、捕まってここに入れられてからの方が、生きてる実感があった。

飯も毎日食えて、雨風凌げる壁もある。

俺みたいなスラム育ちからすれば、まさに天国みたいな場所だ。


そう考えたとき、ふとルームメイトがどう思っているのか気になった。

きっとこいつにとっては地獄のような毎日だろう。



「おい」

俺の声を聞いて、こいつは少し驚いたように読んでいた本から顔をあげた。

「まさか君から話しかけてくれるとは思わなかったよ」

「お前はどう思ってる?」

こいつの軽口を無視して問いかける。

「何が?」

「お前は俺と違ってもっと楽に生きて来ただろ?」

「そうかもしれないね」

「なら、ここの生活は辛いか?」

「そうでもない」

「ダチに騙されたのにか?」

「次から気をつければいいし、今はここに入れたことに感謝すらしてる」

「なんでだ?」

「君と会えたじゃないか」

こいつは本当に楽しそうに笑いながら言う。

「俺と?」

「ああ、外では絶対に会えなかっただろ?」

これもいい経験さと鉄格子の方を見る。

おかしなやつだ。

実はドラッグでもやってたんじゃないか?


「それに、この景色は嫌いじゃない」

「ここから見えるのは鉄格子だけだろう」

「ああ、そういえばそんな物もあったね」

「……お前はいったい何を見ていたんだ?」

「星だよ」

「星?」

「ああ、星だ」

俺がいつも見ていた鉄格子の向こう側、確かにそこには数えきれないくらいの星があった。

同じ方を見てたはずなのに、見てる物は全然違うってか?


「なぁ、あと1つだけ聞かせてくれ」

「なんでお前はそんなに楽しそうなんだ?」

「……少しだけ、見方を変えてみると良いよ」

珍しく困ったような顔で、こいつはそう言った。

「見方を?」

「ああ、鉄格子じゃなくて星を見るんだ」

「わざわざ辛い方を見る必要はないだろ?」

じゃあもし、俺が最初に盗みを働いた時、パンじゃなくてそれを持った人を見ていたら、なんか変わったのか?


いや、それこそ無駄な話だろう。

後ろを見たって辛い物しかねぇ。

ああ、確かに星が綺麗だ。


俺の横にいるルームメイトが、また楽しそうに笑った気がした。


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二人の囚人 宵埜白猫 @shironeko98

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