第2話

僕は家に帰った。


部屋がいつもの部屋なのになんだか妙に広い感じがした。


正しかったんだろうか?と思った。

別れを切り出そうと思って会った訳じゃない。

もっと彼女を傷つけない方法があったんじゃないか?


そう思えた。


だけどそうはしなかった。


前の彼女に似てるという理由だけで別れを切り出した。


「ゴメン」僕はベッドに横になり少し泣いた。


僕は写真立てをチラリと見てそれを取った


二人仲が良さそうに映っていた。


「この写真もいつまで置いてんだよホント」僕は少し泣いた。


写真の中で彼女は笑いながら右腕を回していた。手首にはゴールドのブレスレットをしていた。


「あれ、これどこかでみたことある気が……」


しばらく考えてると


「あっ…」

気がついた。


このブレスレットは紗絵がこの前していたブレスレットと全く一緒だった。


「あれ?なんで同じブレスレットをしてるんだろ」


僕は考えた。紗絵のブレスレットを見せたあとの悲しそうな表情が目に浮かんだ。


そして真也の「榎本紗絵?どっかで聞いたことあるなぁ」という言葉を思い出した。


そうだ


「僕もどこかで……」


僕は本棚にしまっていた卒業アルバムの名簿を小学校から全部見直した。


そして高校の卒業アルバム……


「あった……榎本紗絵」


「別のクラスだったんだ。今と印象が全然違うから分からなかった」


気づかなかった。学校でもほとんど関わりがなかった。


そしてハッとした。


「智美が亡くなったときも、同じ金のブレスレットをしていた……」


すぐに僕は紗絵にメッセージを送った。


大丈夫?今なにしてる?


返事はなかった。


僕は部屋を飛び出した。


走りながら考えた。なぜ、彼女が智美と同じブレスレットをしているのだろうか、と。



私は屋上に立っていた。


眼下には下からスマートフォンでこっちを撮っている人達が大勢いた。


屋上にも私が飛び降りるのを待ってるのか


スマートフォンのカメラをこっちに向けている人がいる。


風が強く吹き飛ばされそうだった。初めて屋上から地上を見たときあまりの高さに足が震えた。


そろそろ警察が来るだろう。そう思った。早くしないと。



智美さんが亡くなったとき私はそばにいた。正確には緊急搬送先の病院にいた。


智美さんは救命治療を施されたが、病院についた頃にはもう亡くなっていた。


まさかこんなところで再会するなんて思ってもみなかった。


「本当キレイな顔」


同僚の看護師は智美さんの亡くなった顔を見て言った。


「美人って亡くなっても美人ね」とその看護師は言った。


その看護師が立ち去ったあと、私は智美さんの顔をみた。


美しかった。


とても。


「ほんとキレイ……」私はつぶやいた。


四肢の欠損もなかった。


右手に金のブレスレットをしているのが見えた。


私は


幼いころから眠れる森の美女に憧れていた。


王子様の口づけでも永遠に目覚めないお姫様。


それが私の理想だった。


その理想の姿が目の前にあった。


「ズルい……」私はつぶやいた。


「美人って亡くなってもキレイって言われ続けるんだ」


私は……


一度も言われたことがなかった。


産まれてから今まで一度も、美しいなんて。


高校時代、智美さんは私の憧れだった。スタイルも良くキレイで明るく活発だった。


そして憧れのカップルだった。


二人で一緒に帰っているところを遠目に見ていた記憶がある。


何度かすれ違った。智美さんは優しく挨拶をしてくれた。笑顔が素敵だった。


智美さんが亡くなった後、私は友達づてに智美さんのSNSの写真、動画を求めた、そして見せてもらった。


まだアカウントが残っていたフェイスブックやインスタグラムも全部見た。


そして真似た。


笑い方、ファッション、表情、すべてを。


私は智美さんの元カレが合コンに来ると知った。私は先輩に頼んで合コンに参加することにした。


そしてあの人と出逢った。


「紗絵!」


後ろで大きな声がした。彼だった。警察もそばにいた。


「紗絵ごめん!気づかなかった。気づかなかった。ごめん!」


「君とは同級生だったんだね。同じ学校の。智美のことも君は前から知ってたんだね」


「こっちに来て話そう!全部話してほしい!」


私は返事をしなかった。


下には車があった。


「あそこに落ちたら綺麗に死ねるかな……」


「グチャって潰れちゃうのは嫌だな……でも仕方ないか……」


私はつぶやいていた。


私の頭の中にずっと一つのものが支配していた。


一つのイメージだった。


それは壊れた人形だった。


小さい頃人形遊びが好きだった。

ある日遊んでいたら、わんぱくな男子にそれを取り上げられマンションの高くから落とされた。

人形はバラバラになった。


私は泣いた。おばあちゃんに泣きついた。

「可哀想にね。辛かったね。おばあちゃんが直してあげるからね」

おばあちゃんは接着剤を使い直してくれた。


私は壊れた人形がもとに戻るのだと知って喜んだ。

「おばあちゃん、ありがとう!」


私は友達に直った人形を見せに行った。

友達に笑われた。


「それ直ってないよ」

「ここ欠けてるじゃん」

「新しいの買ってもらったら?」


「おばあちゃん嫌い!人形直ってないじゃん!」


私はおばあちゃんに壊れた人形を投げつけた。

そして母に泣きながら新しい人形をせがんだ。


おばあちゃんは辛そうだった。

「紗絵。ごめんね。お人形さん直ってなかったね。」

そして人形の接着部位にリボンをつけて私に渡した。

「これでどう?紗絵?」


私は気に入らなかった。その人形を投げ捨てるとおばあちゃんから離れた。


壊れた人形は直らなかった。


「紗絵!」彼の声だ。


「聞いてほしい!僕が智美を殺したんだ!」


私は一瞬ハッと彼を見た。


「智美は子供の頃のトラウマを抱えていた。それは口に出せないようなおぞましいものだった」


「彼女は僕にだけ話してくれた。だけど僕は受け入れることが出来なかった。彼女の暗い姿を見ることが出来なかった。そして言った」


「元気出せって」


「彼女は一瞬暗い顔をしたけど、またいつものような明るい彼女に戻った。僕はホッとした」


「そして彼女は死んだ」


「ごめん!僕が間違っていた。本当の君を見てなかったんだ!もう一度やり直そう!今度は本当の君を受け止められるように頑張るから」


「君が好きな音楽や、君の好きな映画、君の好きなもの、君の嫌いなものも全部知りたいんだ。だからこっちに来て話をしよう!お願いだから!」


彼は言った。


やっぱり優しい人だった。


だから


「死ななくちゃいけない」

「その優しさがなくなる前に」


そうだ。王子様が来る前に眠らなければならない。永遠に。


私は飛び降りるのが遅すぎた。


「私は……」


私は後ろを振り返った。


そして彼を見た。


そして、力尽きた鳥のように手を広げて


落ちた



暗闇の中に私はいた。


多くの人の騒音が耳に入った。


目を開けると


彼がいた


泣いていた


「目を覚ましました!」彼が言った。


救急隊員らしき人が


「君大丈夫?」と大声で身体をタップしてきた。


「返事できる?」


「はい……」


「お名前は?」


「……榎本紗絵です」


「今日何日か分かる?」


「今日は……」私は答えた。


「受け答えはっきりしています。屋上から落下した際に全身、特にに背部を強く打った模様」


「今22階にいます。ストレッチャー持ってこれますか?」


携帯電話で誰かと話をしていた。


彼を見た。泣きながら微笑んでいた。


私は聞いた。


「あなた……キスした?……」


「ん?いやしてないよ」

彼は笑って言った。


「屋上から少し下の階に警察の人がいて、君を受け止めてくれたんだ。段差みたいになってて」


「クッションがあったとは言え2、3メートルくらいの高さを落ちたから全身を強く打ってる。痛いハズだよ」


言われた通り全身が痛かった。


「私は……綺麗なまま死にたかった」

私はつぶやいた。


「醜くて年老いてバカにされて孤独に死んでいくのが嫌だった」


「良いじゃんおばあちゃんになって。おばあちゃんは嫌い?ここに居る全員あと何十年かしたら全員おじいちゃん、おばあちゃんだよ」


彼は笑って言った。


「きっと」

「綺麗なものしかない世界は汚い世界なんだ」

「綺麗なものも汚いものもみんな綺麗なんだ」

彼は笑っていた。


私は思い出していた。


おばあちゃんは病院のベッドで寝ていた。

「ごめんね紗絵。お人形さん上手く直せなくて」


おばあちゃんはそう言った。

私は泣いていた。おばあちゃんが亡くなると分かっていたから。


おばあちゃんは私に人形を手渡した。あの時の壊れた人形だった。


「紗絵。ごめんね。おばあちゃんバカだから嫌な思いさせちゃって」


私はなにも答えなかった。


「紗絵……!」母親が回答を急かした。


私は言った

「おばあちゃん、ありがとう」


おばあちゃんは微笑んでいた。


私は


その時自分がどんな表情をしていたのか覚えていない。



目の前に彼の顔があった。


泣いていた。


「もうすぐ救急車に乗れますから、ちょっと待っててくださいね」救急隊員は言った。


私は


眠れる森の美女になりたかった。


永遠に美しく目覚めることのない美女に


だけど私は


「美女じゃなかった……だから私は……」


彼がキスをした。


二つの涙が一つに流れた。


身体の痛みが和らいだみたいだった。


彼の唇は懐かしい味がした。


ストレッチャーが来た。


「乗れますか?」救急隊員が言った。


彼は私の手を引きストレッチャーに載せた。


「一緒に救急車に乗りますか?」

救急隊員は彼に聞いた。


「はい、一緒に行きます」彼は答えた。



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