第四十二話 強欲の悪魔
最速で移動するため、移動速度の一番速い僕が妃香華と巫を、次に速い神無月雪那さんが守繁蘇羽さんと上代陽華さんを担ぎ、移動していた。
担ぐ、と表現したが、より正確に言うなら――
「こうして負ぶってもらうのは二度目ですね」
「わたしも、お姫さま抱っこ、二度目……」
なんで恥ずかしいシチュエーションを再現してしまったんだ、僕は……っ!
両手に花というか、両面に花だ。おんぶと抱っこを同時にするってなかなかないぞ。
僕には無意識に、女子を負ぶったり抱っこしたりしたい願望があるのだろうか。
まあ、こんなの神となって身体能力が高くなっている今しかできないことだし、この状況を楽しんでおくのもいいかもしれない――
いやいや、そんな場合じゃない。今は世界が書き換わるかどうかの瀬戸際なんだ。緊張感をもって臨むべきである。
「麻布さん、これを持っていてください」
唐突に、巫が背中から僕に御札を渡してきた。
「これは……?」
「緊急時に、私を呼び出すための御札です」
そう言って、巫はその意図を話し始めた。
「敵は、秋空緋紅麗、玖導励志、マモンの三人です。それぞれが別々に足止めをしに来たら、先ほど伊梨さんがしたように、私たちも別れて対処しなくてはならなくなる可能性があります。
神である麻布さんは私たち四人を合わせたよりも強い。ですから二手に分かれる場合、戦力的に麻布さんは一人になってしまいます。
つまり、もしも麻布さん側に不測の事態が起こってしまった場合、助けられる人がいないということ。
そうなったとき、この御札に意思を籠めれば私を呼び出せます。空間転移の術式を兼ね備えているので、すぐにでも」
そう言って巫は、申し訳なさそうに目を伏せた。
「その……麻布さんには大事な役目を背負わせてばかりなうえ、今回もまた頼ってしまうことになるので、せめて大事な場面に駆けつけるくらいはしたいと思いまして……」
「頼っているのはお互い様だろ。別に巫が気に病むことはないさ。まあでも、この御札はありがたくもらっておくよ」
そんな話をしていると、突如として邪悪な霊力が襲い掛かって来た。
「……っ!」
慌ててそれを弾き返す。
おそらくこれは悪魔マモンの霊力。だが、僕の相手はこいつじゃない。
伊梨がこの場にいない以上、秋空の相手をできるのは僕だけだ。つまり、僕が戦うべきは秋空緋紅麗ただ一人。
よって、ここで二手に別れるとするなら。
「麻布さん、ここは私たちに任せて先へ行ってください!」
巫が告げる。
「わかった」
僕は巫からもらった御札を握りしめ、世界の理へ向けて歩を進めた。
◇◇◇
麻布灯醒志を送り出した後、抑霊衆の四人は悪魔マモンと相対していた。
「ひゃはっ……なんてもう笑っていられねえなあ。秋空を出し抜くには、アイツが麻布とやり合ってる間になんとか世界の理に干渉するしかねえ。
だが、その前にアンタらが世界の理の改変を阻止しちまったら本末転倒だ。だからさあ……悪いが、手っ取り早く終わらせてもらうよお!」
刹那、悪魔憑きの少女を覆うマモンの霊力が、凄まじいまでに増大した。
マモンの力は欲望に準じて増大される。
ただでさえ四対一、しかも短時間で片付けなくてはいけない。それほどまでに不利な状況を、しかしそれでも成し遂げようとする強い切望が、奇しくもマモンの力を最大限にまで引き上げていた。
その莫大な力の奔流が、抑霊衆を襲う。
しかし、
「なん……だと!?」
抑霊衆全員の合同術式によって、簡単に防がれた。
「一体、どういう事だ……?」
「私達抑霊衆は、個々の能力よりも集団としての総力に重きを置いて選ばれました。それに何より――」
抑霊衆の四人は、各々の霊力をマモンに向けながら言った。
「ここは天界。大量の霊力があります。霊力を御札や礼装に取り込んでそれを力となす私にとっては、まさに最高のパフォーマンスを発揮できる場所なのですよ」
「同じく。動きによる俺の術式も、その機能を十全に発揮できる」
「同じく。陽の気も、ここには沢山あるしね」
「同じく。自らに神の力をおろすのも、神々の住まう天界においては通常よりも容易い」
伊梨炉秀は抑霊衆の面子を選ぶとき、どういう基準で選んだのかと思っていたが、なるほど。天界での戦闘を、初めから想定していたのか。
そう思い至り、マモンは呟く。
「ひゃ、ひゃは……っ、そういうことかよ畜生。こんなの勝てるわけねえじゃんか」
だけど、それでも。
「それでもオレは、負けるわけにゃあいかねえんだよおおおおおぉぉぉぉぉ―――ッ!」
叫び、マモンはさらに攻撃する。
「片美濃の陣」
その攻撃を巫が逸らし、
「揺陽集波」
そこでできた隙に、上代陽華の攻撃が飛ぶ。
マモンは、そこに自らの霊力をぶつけ、なんとか相殺しようとする。
しかし、
「「勢――ッ!」」
その間に、守繫蘇羽と神無月雪那が迫っていた。
「うおおおおおっ!」
マモンはなんとか、揺陽集波を、守繫蘇羽と神無月雪那の前へ向けて逸らす。
そうすることで、踏み込みを一歩遅らせた。
即興にしては冴えた対処だ。しかし、抑霊衆はそのさらに先を行く。
「秘槍・雀刺し――!」
がら空きになったマモン目掛けて、巫御美の攻撃が迫り来る。
駄目だ。さすがに、これ以上防ぎようがない。
そう悟ったマモンは、最期の手段を使った。
「え……」
抑霊衆の面々が、驚きの表情を浮かべている。
それはそうだろう。悪魔マモンのとった行動は、それくらい有り得ないことだったからだ。
多くの悪魔はその力を完全に回復して、神への反逆のため天界へと昇った。その際、全ての悪魔は元の姿に戻っていた。
つまり、すでに人間に憑いた状態ではなくなっていたのだ。それも当然のこと。力を取り戻したということは、人間の器を借りずとも、現界できるということなのだから。
では、悪魔憑きとして活動していたマモンは、その力を完全に取り戻してはいなかったのか。答えは、否だ。黒霊衆として悪魔を誘導する側に立っていた彼が、力を取り戻していないはずがない。
ならばなぜ、マモンは未だに人の器へと留まっているのか。
マモンが現在憑いている少女は、完膚なきまでに心を壊されてしまったことにより魂と肉体の連結が曖昧になって、普通に生きていくのが困難になってしまっている。
だから、マモンが精神を乗っ取り彼女の心としての役割を果たすことで、なんとか魂と肉体を連結させていたのだ。そうすることで、彼女を生かしていた。
そして今、マモンは少女の肉体を出て、少女に当たりそうだった攻撃を、その身に受けていた。
最後の、否、最期の手段。それはマモン自身が、彼女の盾となること。
しかし、悪魔を確実に消し去るための一撃。そんなものを直に喰らったら、当然マモンに待ち受ける運命は――死、のみだ。
「どうして……どうして悪魔がそんなことをできるのですか……?」
どうしてできるか、など下らない質問だ。
なぜなら。身を挺してこの少女を守る、なんてことは――
悪魔マモンがこれまでずっとやって来たことに過ぎないのだから。
この少女はどのみち死ぬ。マモンが身体から出てしまった以上、意識は心の壊れた少女へと戻り、魂と肉体の連携は再び曖昧になりつつある。
彼女を庇ったところで、死ぬのが早いか遅いかの違いでしかないのだ。
だけど、それでも。
悪魔マモンは、少しでも彼女を生き永らえさせたかったのだ。
なにせ――
「ひゃ、は……っ、やっぱオレは強欲の悪魔、だな……。多くを望み、最期には破滅する……結局、それが定め、だったか……」
「あなたは、本当に悪魔なのですか……?」
「悪魔だよ。悪魔に、決まってる……」
死にそうになりながら、悪魔マモンは、心底悔しそうに呟いた。
「だってオレは赦せない。こんな理不尽をゆるした神を。神に反逆する者。だからこその悪魔だろう」
ああ――だからなのか。オレは悪魔。人を惑わし、悪の道に落とす者。
そりゃあ人を救おうなんて思ったら、失敗するに決まっている。
だけど。それでも。
オレはこいつを助けたかった。欲望を抱くことすらできなかったこの少女に、なんとしても幸せを与えてやりたかったんだ。
そんな風に思ったところで、マモンにも、彼が救おうとした少女にも、助かる道はない――そのはずだった。
しかしそんなマモンと少女のもとへ駆け寄り、巫は言った。
「あなたはほぼ瀕死の状態です。しかし、まだ魂が残っている。それなら、まだ望みは消えていません。あなたの思念の一部を残せるよう、今から試みてみます。
これまでならそんなこと考えもつかなかったでしょうが、しかし素戔嗚尊がその方法を残してくれました。もう一人の麻布さんの存在を、この世界に留めるという形で。
その術式が、まだこの櫛の中に残っています。それを活用すれば、希望はあります。さすがに力は失ってしまいますが、それでも思念だけ残れば、再びこの方の中に入ることで、あなたもこの方も、延命させられるはずです」
たったこれだけの状況ですべてを把握したのか。
巫は櫛と御札を取り出し、儀式に取り掛かった。
「ひゃ、は……っ、敵わねえな……」
いつしか、悪魔マモンの目からは涙が零れていた。
そして――
「すまねえが、よろしく頼むわ」
そう言って、泣きながら微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます