第四十話 決戦前
琉天寺さんに言われた通り、隣の部屋に入ると――
「灯醒志!」
妃香華が駆け寄って来て、抱きついてきた。
「……本当にありがとう。灯醒志には、助けてもらってばかりだね」
「いや、妃香華を助けたのは琉天寺さんだ。僕は少し手伝っただけだよ」
そう言った僕に、妃香華は泣きそうな表情で、
「ねえ、灯醒志。その……魂のこと……」
僕を見据え、そう切り出した。
「ああ、琉天寺さんから聞いた」
「……灯醒志はさ、その……もし今後、また魂を削らなくちゃならない状態になったら……」
その問いに、僕は沈黙する。
次また魂を削れば僕の魂は完全に崩壊すると、琉天寺さんは言っていた。
しかし僕はそれを聞いてもなお、場合によっては、躊躇せず魂を燃料に戦ってしまうような気がする。
しかしそうとは言えず、僕は黙るしかなかった。
しかし、沈黙とは時に何よりも雄弁だ。
妃香華は僕の沈黙から、その真意を読み取ったようだった。
「そっか……」
妃香華は少し目を伏せ――
「灯醒志は何度もわたしを助けてくれた。だから、今度はわたしが灯醒志を助けるよ」
次の瞬間には顔を上げて、決意に満ちた声でそう言った。
「妃香華、それはどういう……」
嫌な予感がしてそうきいたが、
「……あ、そろそろ行かなきゃ。作戦会議、するんだよね……?」
妃香華は僕の声を遮り、そう言った。
「あ、ああ。そうだな。たしか向かいの部屋だったか」
「うん」
そんな風に話しながら、僕と妃香華は部屋を出た。
一抹の不安を胸に抱いたまま――
◇◇◇
部屋の中に入るとそこにいたのは、抑霊衆のメンバーと素戔嗚、そして――
「中住、古久雨……!?」
思わず身構える僕だったが、中住は全く戦おうとする素振りは見せず、
「警戒しなくてもいい。まあ、いろいろあってな。こちらに寝返らせてもらった」
穏やかな声で、そう言った。
先ほど、僕を庇った玖導励志と対立していたが、その後に何かあったのだろうか。
まあ、あったのだろう。今、中住古久雨は見るからにボロボロだ。生きているのが不思議なほどに。
それに、あのときと比べて、今のこいつはなんと言うか――
「……なんか、雰囲気変わったか……?」
「そうか? ……まあ、そうかもしれんな」
そんなやり取りをしていると、
「麻布さん」
巫が話しかけてきた。
「ありがとうございました。大変な役目を担っていただいて」
「いや、僕は何も……っていうか、僕が
「いえ、まだです。あまり時間がありませんでしたし、それにそういったことは麻布さん本人の口からきいた方がいいかなと思いまして。
どのみちこの後、お互いの情報を共有する運びになっていますしね」
「そうか……」
まあ僕はこっちに来てから、もう一人の自分と戦ったり妃香華の中の悪魔をどうにかしようと右往左往していたりで、当初の目的である黒霊衆攻略に関しては全く関わっていなかったからなあ。
情報も何もないのだが……しかし、中住がこちら側に来ていることから見ても、状況はかなり変化しているようだ。ならば、ここでの情報共有はかなり重要になってくるだろう。
「うんうん。全員揃ったことだし、そろそろ作戦会議はじめようか」
パンパンと手を叩いて伊梨炉秀が言う。
またこいつが仕切るのか。どうやら、かなりの仕切りたがりのようだ。
何度も妃香華の命を狙いやがって……本来ならこいつの言うことなど聞きたくもないが、しかし黒霊衆討伐のためにはこいつがいなくては話にならないだろう。ここは我慢だ……。
「まあ、だけど始まる前に……素戔嗚、君はなんでここにいるのかな?
中住古久雨がこちらに寝返ったとはいえ、その力はマモンに奪われている。
つまり、敵には今も中空の術式があるということ。神が僕たちと共に敵陣へ突入したら、取り込まれて敵が強くなってしまうリスクがある。
だからここは人間だけでなんとかすると、
「んなのわかってるよ。ここに来たのは別件だ。こいつを渡そうと思ってな」
そう言って素戔嗚が取り出したのは、どう見てもただの櫛だった。
だけど、僕には感じられた。そこには存在が籠められている。その存在とは――
「これは……
「ああ、消滅の寸前になんとかこの依り代へと憑依させ、消滅を防いだ。今は療養中ってこった。
まあでも、消滅を防ぐなんて奇跡めいたことは神の領分だが、そっから先、こいつを維持するための繊細な作業は人間の方が向いてるだろう。
そんなわけで、こん中の霊能者にこいつを託そうかと思ってな。ああでも、そこの仕切り屋以外でな。おまえは信用できねえ」
先ほど素戔嗚が、
「巫、その、頼んでもいいかな……? この高天原で僕と
僕はそう、巫に言った。わがままかもしれないが、しかしそれでも、
僕は最初、
「わかりました。任せてください」
僕の言葉に巫が頷いた。
任せてください、か。僕も前に巫に対して、あとは僕に任せておいてくれと言った覚えがある。最近の出来事のはずなのに、なんだか遠い出来事のようにも思えてくるなぁ。
そんな風に思いを馳せていると、再び伊梨が口を開いた。
「話はついたようだね。それじゃあ、さっさとお互いの情報を共有してしまおうか」
そして、僕達はお互いにあったことを話し始めた。
◇◇◇
「要するに秋空緋紅麗はラプラスの悪魔の悪魔憑きで、その力によって唯一神を倒し、世界の理に干渉して、世界を自らの望み通りに改変しようとしているってことだね」
それぞれが起こった出来事を話し終え――そして現在、最後の話者である中住の話に対して、伊梨が質問をしていた。
「その通り。それと、秋空の持つラプラスの悪魔の力についても言っておかないとな。
まず一つは未来視。奴は大まかな未来を見通す力を持っている。もっとも、ラプラスの悪魔そのものが否定された理論である以上、その能力も完璧なものではない。未来視には明確にズレが生じている。
まあ今回の計画では、そのズレを利用して自らの望む未来を選び取っていたようだがな。
そして、もう一つの能力は確定事変だ。
これは、一定の範囲に入ったものの理を書き換え、自らの理に書き換えてしまう能力だ。なんでもありの無敵な力といえるだろう。
それでも、今までは回数制限か、あるいはリスクがあったのか、おいそれと使おうとはしなかった。しかし、私の力を奪ったマモンの力をさらに奪うことで、今はその枷を外しているかもしれない。そうなったらもう手が付けられないぞ」
その発言には驚かされたが、しかし、その後の言い放った伊梨の言葉に、僕はさらに驚愕させられた。
「その点については問題ないよ。実は秋空緋紅麗がラプラスの悪魔の悪魔憑きってことは前から調べがついていてね。
故に僕なら対処できるし、神を生み出す御札にラプラスの悪魔への対抗術式は組み込まれている――すなわち、麻布君も対抗可能だ」
伊梨は無敵の力を持つ秋空に対抗でき、どころかその術式が、僕を神にした御札に埋め込まれていたとは。
それには中住も驚いたようで、感嘆の声を上げた。
「やはりおまえには敵わないな……。そこまで調べがついていたのなら、最初から黒霊衆に勝ち目などなかったか」
「いやいや、君たち黒霊衆もいい線いってたと思うよ。まあともかく、これで全ての情報は揃った。これより、黒霊衆掃討の作戦会議を始めよう」
そう言って、伊梨炉秀は僕も含め、全員に御札を渡した。
「ここには世界の理を元に戻す術式が入っている。これで、万一秋空に世界の理が書き換えられそうになっても大丈夫だ。
もっとも、完全に書き換わってしまっていたら僕たちの存在はもうないだろうから、書き換わっている最中でないと意味がないけどね」
どれだけ用意周到なのだ、こいつは。
だがしかし、伊梨の用意周到振りは、こんなものではなかった。
「問題は、どうやって天界まで行くかです。いくら全ての天界が地続きであるとは言え、高天原からセム系一神教の天界へ行くには時間がかかりすぎる。天使のような凄まじい速度がなければ到底辿り着けないと思いますが……」
「その点は心配ない。実は、さっき天使たちに、こっそり空間転移の拠点となる仕掛けを施しておいたんだよね」
僕たち全員は絶句する。
「どれか一柱でも生き残って唯一神のもとへ戻っていれば、僕たちは天界に、どころか唯一神のもとへひとっ飛びだ。
いや、もう唯一神ではないな。この感じ……唯一神はもう秋空にやられ、純粋な概念――世界の理そのものへと変貌しているだろう」
何を感じ取ったか、伊梨はいつになく慌てた声で言った。
「急ごう。今、天界、地上問わず、全ての霊力がおかしな動きをしている。おそらく世界の理の改変は、既に始まっている」
その言葉に、この場にいる全員に緊張が走った。
世界の理が完全に書き換わるのが先か、僕達がそれを阻止するのが先か。その一か八かの戦いが、今まさに始まろうとしているのだ。
つまり――
これが本当に最後の――世界の命運をかけた戦い。
麻布灯醒志、十六夜妃香華、巫御美、守繫蘇羽、神無月雪那、上代陽華、伊梨炉秀、中住古久雨。
このメンバーで、これより最終決戦に挑む。
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