第三十九話 魂の損耗
目が覚めると、目の前に琉天寺多真志さんがいた。
あれ? そういえば、僕は何をして……
ぼんやりとした頭で考えていると、僕は意識を失う直前のことを思い出した。
「……妃香華は!? 妃香華はどうなりました!?」
「心配ない。君のおかげで、悪魔との分離は無事完了した」
その言葉に、僕は心底ホッとした。
これで妃香華をずっと苦しめてきた問題が、今度こそ解決したのだ。これ以上に喜ばしいことはないだろう。
「本当は君が起きたらすぐにでも会わせてやろうと思ったんだが……しかし、君が起きたら真っ先に話さなければならないことがあってね。すまないが、そのためにこうして席を外してもらったわけだ」
「そう……ですか」
正直、話の内容は察しがついている。この人は魂の専門家だと守繁さんは言っていた。ならば、彼の言う話さなければならないことはおそらく――
「君の魂には、激しい損傷がみられる」
「はい、それは――わかっていました」
強い力を無理矢理引き出そうとする時に感じる魂の痛み。それはどんどん増してきていた。
琉天寺さんが何か処置してくれたのか、今は少し痛みが退いているが、おそらくそれも一時的なものだろう。
「やはり自覚があったか。ならば話は早い。魂を削り、無理矢理力を引き出そうとするのは、もう止めた方がいい」
真剣な表情で、琉天寺さんは話を続けた。
「魂は、その一割でも失えば、独りでに崩壊を始める。そうなってしまえばもう手遅れだ。そして君の魂は、それに限りなく近い状態となっている。
応急処置はしたものの、根本的な解決にはなっていない。イメージとしては、傷口を縫い合わせただけで、あとは自然復元に任せるしかない状況だ。
完全に回復するには途方もない時――具体的に言えば、数え切れないくらい輪廻転生を繰り返した後、ようやく回復する
ともかく、君の魂はもう限界だ。今後、定期的に私が処置すればなんとか生き永らえることはできるだろうが、それも、これ以上魂を削らないことが前提の話だ。
もしあと一度でも魂から直接霊力を引き出したら、君の魂は完全に崩壊し、そして消滅する」
「――そうですか」
そこまで深刻な状態だったのか、僕は。
次に魂から力を引き出せば、僕は死ぬ――いや、魂そのものが消滅する。ならばもう、僕は自身の魂を燃料とせずに、これからの戦いへ望むしかない。
しかし、僕は弱い。今までの戦いだって、魂を賭けることでなんとか勝利を掴んできたのだ。今後の戦いで、魂を削らずに勝てる可能性は低い。そして――
魂から力を引き出さなくては勝てない状況に追い込まれれば、僕は躊躇なく魂を使うだろう。琉天寺さんから忠告を受けたと言うのに、僕はまだそんな風に考えているのだ。
だけどもちろん、そんなことは言えるはずもなく。
僕は、琉天寺さんに頭を下げた。
「教えてくれてありがとうございました。いろいろ世話になってしまって、申し訳ありません」
「礼などいらない。むしろ、私がもっと早く到着していればと思うと、こちらが謝らなければならないくらいだ」
「いえ、琉天寺さんが謝る必要は全くありません。これは僕自身の問題ですから。ところで、この話、僕以外には……?」
もしもこの話が他の人――とくに妃香華や巫に知られてしまっていたらどうすればいいか、そう思っての質問だ。
妃香華も巫も優しすぎる。あの二人を助けるために僕が魂を削っていた事実を知ったら、彼女らは自責の念にかられてしまうだろう。
「君が倒れたあの場にいた二人――つまり、守繫蘇羽と十六夜妃香華には話さざるを得なかったが、他には話していない。本来、君自身にまず伝えるべきことだからな」
妃香華に知られてしまっていたか……。まあ、仕方がない。
ならばせめて、これ以上話が広がるのは防がないと。
「そうですか……。あの、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「ああ。構わない」
「僕の魂の損傷のこと、他の人には黙っていてもらえますか? 特に、巫には」
「言われずともそのつもりだ。ああ、それと十六夜妃香華は隣の部屋にいる。会ってくるといい。それともう一つ。各々準備が完了したら向かいの部屋に集まることになっている。黒霊衆との全面対決に挑むため、作戦会議をするそうだ」
黒霊衆との全面対決。その
いやでも、その前に大事なことを忘れている気がする。
部屋。琉天寺さんはそう言った。僕達は高天原にいたはずだが……
「あの、そういえばここってどこですか?」
「天照大御神の防御結界、天岩戸の内部だ」
……たしかに生活空間があるとは言っていたが、まさか複数の部屋まであるとは。なんというか、別方向に全力を傾けてる気がするな、あの神様。
だが、だとするともう一つ気になることがある。
「天照大御神はたしか他の神々と一緒に天使と戦ってくれていたはずですが……」
「一時撤退だ。なにせ、復活した悪魔が大量に天界へと昇って来たからな。事態があまりにも混沌としすぎている」
「……悪魔が!?」
状況は予想以上に悪い方向へ向かっているようだ。なんだか、全てが黒霊衆の掌の上のような……いや、そうではない。
玖導励志は僕と妃香華を庇い、中住古久雨と衝突していた。黒霊衆にとって、あれは大きな痛手だっただろう。よって、今の状況が完全に黒霊衆の計画通りだとは必ずしも言えない。
では、黒霊衆という組織にとってではなく、黒霊衆に所属する個々の構成員にとって、この状況はどう映っているのだろうか。
これはただの勘だが、全てを掌の上で操っているのは、黒霊衆という組織ではなく、秋空緋紅麗という個人である気がするのだ。
秋空に対する怒りによってそう思えているだけかもしれないが、それでもやはり秋空は怪しい。
まあどのみち、僕は秋空を必ず倒すと心に決めている。秋空が黒幕であろうがなかろうが、僕のやることは変わらない。
たとえこの命に代えても、秋空を完膚なきまでに叩きのめす。そして僕と共に地獄へ堕ち、妃香華を苦しめた罰を永遠に受け続けるのだ。それこそが、奴にお似合いの末路だろう。
そんな風に思考が憎悪の渦へ沈もうとしていたとき、
「もう一つ、言っておくことがある」
琉天寺さんが口を開いた。
「生き方というのは人それぞれだ。自らを否定し、罰し続けるのも、生き方の一つではあるのだろう。
しかし、その生き方を見て、心を痛めてくれる人がいるのも忘れない方がいい。まあ、勝手気ままに生きてきた私がそんなことを言えた義理ではないのだがな」
僕が琉天寺さんの忠告を受けてもなお、場合によっては魂を削って戦おうとしていたことがばれていたか。はたまた、再び浮上した僕の自罰意識が表情から読み取られたか。
僕は、
あのとき、僕は自分自身を傷つけることに悦楽を覚えていた。自己嫌悪の念は誰にでも少なからずあるものだが、それでもあのときの僕はどこかおかしかったように思う。
自身を制御することができず、完全に
結果、その様子を目の当たりにした妃香華の心を、傷つけてしまった。
その事実を考えると、琉天寺さんの言葉は的を射ている。
それに僕がそういった行動をしたのは、そのときだけではなかったかもしれない。
思い返してみれば、今までの行動すべてに、その片鱗が見て取れる気がする。
神となってから何度も戦ってきた。それはなぜか。
妃香華のため。巫のため。そんな風に理由をつけることはできるだろうが、しかし結局僕がしたかったのは、自分を傷つけることだったのかもしれない。
大義名分を掲げて戦い傷つくことで、少しでも贖罪を果たした気になりたかった。そんな思考で動いていなかったと、僕は言いきれるだろうか。
もしかしたら、僕は自身を傷つけるという行為に依存しているのかもしれない。
正直、自分で自分がわからなくなっていた。でも、一つだけ言えることがある。
僕は、この生き方を変えることはできないだろう。
例えその果てに自らの魂が壊れ、消滅しようとも――
「……肝に銘じておきます」
心にもない事を返答し、僕は部屋を出た。
自らの愚かさに、心底呆れながら。
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