第十二話 囚われの巫

 私──巫御美が目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋だった。


「……!」


 やはり私は捕まったのか。となると、おそらく麻布さんも捕まっているはずだ。

 ならばなんとかしないと。そう思い、私は部屋を出ようと試みた。


 まず、普通に扉を開けようとしてみる――当然、無理。

 少なくとも内側からは開けられない仕組みのようだ。


 ならば無理矢理こじ開けるか――それも無理。

 この部屋には物が一切ない。それに、私の所持品もすべて奪われている。もちろん、霊的な能力を行使するための道具も含めてだ。

 どころかいつも着ている巫女服までも奪われており、代わりに別の服を着せられていた。これでは、一切能力を発揮することができない。 


 なら自力で術式を組み上げるか――それも止めておいたほうが無難だろう。

 こうして捕まっている以上なんらかの方法で監視されているだろうし、迂闊には動けない。


 要するに、私は完全に無力化されていた。

 う~ん、これではどうしようもない。一体どうすれば……

 そうやって考えあぐねていると、突然部屋の扉に亀裂が入った。


「ひゃあっ!?」


 驚いてそちらを見ると――


「やっと見つけたぜ。無事だったか、巫」


 扉が壊れ、抑霊衆のメンバーである守繫かみしげ蘇羽そうさんが現れた。


「守繫さん! どうやってここに……?」


「こいつの反応を辿って潜入したのさ」


 そう言って守繫さんは私の取られたものを全部こちらに投げてよこした。


「なるほど。そういうことですか。助けに来てくれてありがとうございます」


 抑霊衆は、それぞれの所持品や服などに込めた霊力によりお互いの居場所を探知サーチできるようにしている。その方法を使い、ここまで来てくれたのだろう。


「そういえば、他の二人は?」


「別行動だ。おまえの持ち物が保管されていた場所までは探知サーチして来れたんだが、肝心のおまえが見当たらなかったんでな。そこからはとりあえず二手に分かれて探してみようってことになったわけだ」


「そうだったのですか……」


「じゃあ、そろそろここを出るか」


「あ、ちょっと待ってください。戦闘になるかもしれませんし、服を着替えさせてください」


「おお、そうだったな」


 私の巫女服には、霊的加工が施されている。今は敵地の中にいるわけだし、最善の状態で臨まないと……。

 そう思いながら着替えようとしたが、しかし守繫さんの視線が気になる。


「あの、私着替えるって言いましたよね? あっち向くか部屋から出てくれませんか?」


「え? 見ちゃダメ?」


「駄目に決まってるでしょう!!!!!」


「へいへい、わかりましたよ」


 やれやれと言わんばかりに、守繫さんは壊れた扉の方に向きを変える。


「大体、私みたいな幼児体系の裸見て何になるって言うんですか」


「いいじゃん幼児ロリ体系。俺は好きだぜ」


「そういうのいいですから……」


 そんな話をしている間に私は着替えを終え、守繫さんと共に部屋の外へ出た。

 すると、


「この拠点アジトに潜入しただけでなく、仲間の救出まで成し遂げるとはな。さすがは炉修がつくりあげた組織。良い手際だ」


 どこからか、そんな声がした。


「……!」


 驚いて声のした方を見ると、そこには見知らぬ男が立っていた。

 守繫さんが、その男を睨みつけながら尋ねる。


「おまえは誰だ?」


「私の名は中住古久雨。抑霊衆を超えるための組織――黒霊衆の創設者だ」


 男は誇らし気にそう言った。対して、守繫さんは挑発するような言葉で切り返す。


「黒霊衆ねえ。アンタが何をしようとしてるのかは知らないが、しかし警備を悪霊に任せるのはどうかと思うぜ。そんなていたらくで俺達を超えるなんざ、さすがに夢見すぎなんじゃねえの?」


「悪霊は別に警備のために置いているわけではない。それに警備が手薄なのも意図的だ。こちらとしては、君たちを我らが拠点アジトへ誘い込みたかったのでね」


「なんだと……?」


「君たちが派手に行動すれば、炉秀も姿を見せる可能性があるからな。我々が霊力の乱れを引き起こしても動かなかったあの男がこの程度でこちらの誘いに乗るとは思えんが、しかし万が一ということもあるだろう」


 伊梨炉秀。彼は現在失踪中であるが、れっきとした抑霊衆の頭領リーダーだ。その上、史上最高峰の霊能者とも言われている。この界隈かいわいでは知らない人はまずいないだろう。

 だからこの男が彼を知っていてもおかしくはないのだが、しかしなぜ彼をここに誘い込もうと画策しているのだろう。


 いやもしかしたらその言葉は騙りフェイクで、他に目的があるという線も否定できない。それに「我々が霊力の乱れを引き起こした」と男は言った。つまりこの一連の騒動は、黒霊衆が原因だったのか?


「ここであいつの名前が出てくるとはな……。しかも、霊力の乱れはアンタらの仕業だってか? はっ、それを聞いちゃあ黙っていられねえ」


 そう言って、守繫さんが、中住に飛び掛かろうとしたそのとき。

 禍々まがまがしい霊力が、どこかで生じた。


「これは一体……?」


「ついに始まったようだな」


 中住は、不敵な笑みを浮かべる。

 あの禍々しい霊力が一体何なのかはわからないが、しかしアレが放置していい類のものでないことは確実だ。だが目の前の中住もなんとかしなくてはならない。ならここは……


「巫、またおまえ一人に託すことになっちまって申し訳ないが……」


「ええ、わかっています」


 守繫さんの言葉に私は頷いた。言われるまでもなく今すべきは一つ。


「あの正体不明の霊力が何か、しっかり確かめてきます」


「すまないな。毎度毎度おまえに頼りきりで」


「それはお互い様ですよ」


 これは役割分担の問題。どちらかが頼りきりというわけではない。しいて言うなら、お互いに背中を預けているというだけの話だ。


「そう言ってもらえると助かるが……まあ、ともかく気をつけてな」


「はい。守繫さんもお気をつけて」


 そう言って、私は背を向けた。

 しかし、


「行かせるものか……っ!」


 当然、中住の攻撃が飛んでくる。しかし、それを守繫さんが撃ち落とした。


「振り向かずに行け!」


「はい!」


 私はそう返答し、禍々しい霊力の生じている場所へと足を進める。

 そこで待ち受けていたのは、おぞましい儀式だった。

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