第十一話 囚われの灯醒志

 目を覚ますと、僕は見慣れない場所にいた。

 どうして僕はこんな所に……と考えて、はたと意識が途切れる前の記憶を思い出した。

 謎の人物によって、僕は無力化されたのだ。


「そうだ、巫は……!?」


 僕は慌てて起き上がろうとした。しかし、依然体が動かない。

 それもそうか。あの状況から察するに、僕は捕まったのだろう。だとすると、なんらかの能力で僕を動けなくしておくのは当然の処置だ。

 どうにか動くのは首から上だけ。そんな状態で、僕はできる限りの範囲を見渡す。すると、そこには一人の男が立っていた。


「やあ、目が覚めたかい?」


 僕は目を疑った。なぜならそこにいた人物は、あまりにもこの場にそぐわなかったからだ。


「久しぶりだね、麻布」


 親し気に話しかけてくるこの男を、僕は知っている。


「おまえ、秋空……?」


 彼の名前は秋空あきぞら緋紅麗ひぐれ。僕や妃香華の同級生だ。しかし、まさかこんなかたちで会うことになるとは思ってもみなかった。だって彼は神になる前の僕と同じくただの一般人であったはずだ。なのにどうして、こんなことに関わっている?


「覚えていてくれたんだね。いやあ、君のことは心配していたんだよ。あの一件以来、随分と荒れていたようだからね。元気そうで安心したよ」


「いや、僕のことなんかよりも秋空、おまえこそ一体どうしたんだ!? なんでこんなことに関わっている? おまえは一般人だったんじゃ……」


「いや、昔から僕はこちら側の人間だよ。あの頃は普通を装っていただけでね。そういった隠し事をしていたのは僕だけじゃあなかったんだけど、まあ、それも追い追いわかるさ」


 普通の人間だと思っていた秋空が、霊能に関わっていた。こんなことってあるのだろうか。いや、あるのだろう。

 ついこの間まで一般人だった僕が、こうして神になっているのだから。

 自分だけが特別だと思うのはあまり良くない。自分に起こり得ることは、人にだって起こり得る。

 ここは切り替えて、訊くべきことを聞かなくては。


「秋空。おまえは、僕と巫を捕まえたあの男の仲間なのか?」


「もちろんそうだよ。僕は彼――中住なかすみ古久雨こくうの作り上げた組織、黒霊衆こくれいしゅうの一員だ」


 黒霊衆。聞き覚えのない名だ。抑霊衆と響きは似ているが……


「黒霊衆って一体なんなんだ?」


「それぞれ違う目的を持ちながら、その目的を叶える為に協力関係にある四人組。それが黒霊衆だよ。もっとも近い将来、五人組になるんだけどね」


「そうかよ……。それで、その黒霊衆がどうして巫と僕を?」


「簡単に言えば、巫御美の持つ霊的な技術と知識、そして君の持つ神としての権能ちからを欲したのさ」


「……」


 なんというか、あまりこういったことに詳しくない僕でも予想できてしまうような無難な回答ばかりである。

 適当にはぐらかされているのか、あるいは本当にその通りなのか。どちらかはわからないが、あまり信用しない方が良さそうである。


「ともあれ、君と巫御美は囚われの身だ。あらがすべはない。まあでも、君もずっと動かずに拘束されているのは退屈だろう。少し話をしてあげよう」


「話? 一体何の?」


「君が相対した、あの黒い存在について」


「……!」


 それは、おそらく僕が神器で斬りつけようとして失敗した、あの謎の存在のことだろう。


「あれは悪霊だ。黒霊衆には悪霊の専門家がいてね。玖導くどう励志れいしっていうんだけど、その彼に悪霊を集めてもらって戦力としているのさ」


「悪霊……?」


「ああ。死後、輪廻の輪に還らず、地上に留まり続けようとする魂が存在する。

 まあ正確には魂ではなく魄なんだけど、ここは君にもわかりやすいように魂と呼ぼう。

 これらは浮遊霊として死後もこの世界を彷徨い続けるんだけど、肉体を持たない魂は無防備で、穢れなどの良くないものに憑かれやすいんだ。

 そうしたものに憑かれ、浮遊霊は悪霊へと変貌を遂げてしまうのさ。

 構造としては、内側に浮遊霊としての本体、つまり魂があり、その周囲を穢れが覆っている。

 君の神器は悪霊の外側部分に触れてしまい、穢れの部分を直接吸い取ってしまったわけだね。

 また同じ目に遭いたくなかったら、今度は神器を使わずに戦うことをおすすめするよ。

 君があのとき負けたのは、神器を使ったからだ。単純な実力ならば、悪霊は神よりもずっと弱い。君なら問題なく殺せると思うよ。

 いや、もう死んでいるのに殺すという表現は正しくないな。魂そのものを破壊すると言った方が適切か」


 神器を使ったのが裏目に出てしまったとは……。冷静さを失っていたとはいえ、やはりもう少し慎重に動くべきだったか。


「とまあ、偉そうに講釈を垂れてしまったけど、この組織における悪霊の専門家は俺ではなくて玖導だ。詳しいことは、また彼にでも聞くといい」


 そんな風に、秋空はこの話を締め括った。概ね理解できたが、しかし、一つ解せない事がある。


「どうして、僕にそんなことを教える?」


 そう。そのことを僕に教えて、秋空は何をしようとしているんだ? 目的がまったくわからない。


「ああ、それは――」


 秋空が言いかけたとき、いきなり壁が壊れ、凄まじい霊力の奔流が彼へと襲い掛かった。それは完全なる不意打ちで、本来、人間の動体視力ではまず反応できないもの。

 しかし秋空は、その攻撃が来るのをかのように、一切無駄のない動きで回避する。


 その刹那。秋空の死角から一人の女が接近していた。彼女は神にも匹敵するほどの速度で持っていた日本刀を振り下ろす。

 すかさず秋空はその腕を掴み、女の突撃の勢いをそのまま利用して投げ飛ばした。

 女は空中で体をひねり、見事に着地する。


 その攻防はまさに一瞬。神となっていなければ、何が起こったのか全くわからなかっただろう。


「抑霊衆の上代かみしろ陽華ようか神無月かんなづき雪那せつなだね。

 上代の方は気の中から陽の部分のみを分離させて勢い良く放出する特殊能力持ちで、神無月の方は自らの身体へと一時的に神の力を降ろし身体能力を飛躍的に向上させる技術を有する、だったかな。

 どちらも巫御美のような応用力はないけど、型破りで戦闘に特化した良い能力だ。さすが、抑霊衆には優秀な人材が揃っている」


「そう言う君もなんらかの方法で私達の攻撃を予知していたようだが、それにしたってそれ以外に何の力も使わず己の体のみで対処するとはなかなかの男だ。久しぶりに良い戦いが出来そうでなにより」


 日本刀を持った女性――人間離れした速度で動いていたところから見て、彼女が秋空の言う神無月雪那さんだろう――がそう言うと、先ほど開けられた穴からもう一人女が入ってきた。では、こちらが上代陽華さんか。


「熱くなってるところ悪いんだけど冷静になりなさい。っていうか、そこで拘束されてるのって神様じゃない? ひょっとして、巫の持ってた御札で神様になったとかじゃあないわよね?」


「え? ああ、そうですけど……」


 僕がそう言うと、二人は暫しの間唖然とした顔で硬直し、そして同時に長い溜息を吐いた。


「経緯は後できっちり巫に問いただすわ……。まあ、なんとなく事情は想像出来るけど。でも、今はそれよりも――」


 上代さんはそう言って、秋空を睨み付けた。


「こいつをどうにかするのが先ね。神無月も早く戦いたくてうずうずしてるし」


「な……っ、人を戦闘狂バトルジャンキーみたいに言うな! まあでも、この男と戦うというのは大賛成だがな」


 ギラリと光る剣先を、神無月は秋空に向ける。


「ははは、怖いなあ。でも、具体的にはどうするんだい? こちらは君たちの攻撃パターンなんて把握済みだよ?」


「なら、わかっていても対処できない攻撃をすればいいだけのことよ」


 上代さんのニヤリとした笑みとともに、秋空の周囲の空間が爆発した。


「さっきの攻撃でこの部屋は陽の気が過剰になっている。だからこれを凝縮するだけで回避不能の攻撃ができるのよ。とは言っても、もう聞こえてはいないでしょうけど」


 爆発による煙に包まれている場所を見ながら、得意気に言う上代。だが、その言葉を神無月さんは否定した。


「自信満々でドヤ顔しているところ悪いが冷静になれ。あいつはまだ死んでない」


 ご丁寧に先ほどの上代さんの台詞を真似ているところは意地が悪いが、しかし言っている事はその通りだ。何故なら、僕も神の動体視力によって見ていたからだ。秋空の周囲が爆発する寸前、天井を突き破って一人の女が出てきたのを。


「やれやれ、二対一なんて卑怯じゃあないか。だから僕も、仲間を呼ばせてもらったよ」


 秋空の声がした。だんだんと煙の晴れてきた場所には、敵影シルエットがもう一つ。


「ひゃはっ、悪いけどそう言うわけだ。秋空を殺せなくて残念だったなあ」


 それは、凄惨な笑みを浮かべた女だった。先ほどの攻撃を完全には相殺出来なかったのか、その服はあちこちが破けており、血色の悪い不健康そうな肌があらわになっている。


「はあ、仕留めたと思ったのに……」


「そう悲観するな、上代。敵が一人増えただけだ。すぐに倒せるだろう」


「オレ達を倒すう~? ひゃはっ、笑わせてくれるねえ。アンタらじゃあ一生かかっても不可能だよお!」


「言うじゃないか。なら試してみるか?」


 神無月さんと女は睨み合い、そして。

 同じタイミングで、互いのもとへと突撃した。

 そのはずだった。

 しかし。

 両者の攻撃は激突しなかった。

 神無月さんが敵の女を無視し、僕の方へと足を向けたのである。


「何っ!?」


 女は急いで妨害しようとしたが、時既に遅し。

 神無月さんは、僕の周囲を取り巻く何かを切断していた。

 途端、身体が軽くなる。


「ふん、こんだけサービスしてやったんだ。ちゃんと働けよ、新米神さん」


「恩に着ます」


 神無月と言葉を交わし、僕は立ち上がった。


「っ……、こいつ、拘束術式を……!」


「破ったみたいだね。まあこの術式を組み上げた中住古久雨リーダーには申し訳ないけど、もともと神を拘束するなんて無理があったからね。仕方ない仕方ない」


 僕の拘束が解けたというのに秋空は余裕の表情だ。そんな彼を傍らの女が睨み付ける。


「秋空ぁ。アンタならこうなることもわかってたんじゃないのか?」


「もちろん、わかっていたとも」


「じゃあなんで……っ!」


「拘束が解けたばかりで本調子じゃない神一柱と、抑霊衆二人ぐらい、君なら十分戦えるだろう? 

 しかも彼の構造は概ね解析できたから、中住古久雨リーダーの術式もちゃんと完成させられるはずだ。

 それに――そろそろ始まるみたいだよ」


 秋空がそう言った瞬間。

 禍々しい霊力が、どこかで生じた。

 いや、生じたと言うより、集まっている……?


「なんなんだ、これは……」


「さあね、行ってたしかめてみたら?」


 どこまでも人を食ったような態度で、秋空が答える。

 対して、上代さんが提案した。


「仕方ないけど、ここは二手に分かれましょう」


 そして、彼女は僕の方に向き直る。


「貴方が行くのが一番良いわね。神なら、どんな足止めをされようが突破するのは容易たやすいでしょうし。ただし、また拘束されないように気を付けてね。

 あああと、もう一人の抑霊衆もここに侵入してるから運が良ければ合流できるかもしれないわよ。首尾よくいけば、巫を助け出しているかもしれないしね」


 もう一人……? たしか抑霊衆は五人ではなかったか? いや、たしかリーダーは行方不明中なんだったっけ。なら数は合っているか。

 ともかく、専門家の指示には従った方がいい。


「分かりました」


 そう返答した瞬間、


「そう簡単に行かせるかよおッ!」


 敵の攻撃が迫る。

 対して、神無月と上代が迎撃しつつ言った。


「行け!!!」「行って!!!」


 僕はうなずき、部屋を飛び出す。

 この先に待ち構えているものがなんなのか知りもせずに。

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