さわりし神に救いあり

第十話 素戔嗚の疑念

　男は熱の籠（こ）もった声で、夜空へ向け咆哮（ほうこう）した。

「史上最高の霊能者、伊梨炉秀……！　おまえが作り上げた札（最高傑作）によって生み出されし神を、ついに私は捕らえたぞ。

　加えて、神が生み出される瞬間から神同士の戦いの様子まで確（しか）と観測させてもらった。

　さらにこうして神を捕らえた以上、その構造を解析できる。

　さすれば直（ただ）ちにあの術式を完成させられるはずだ。くっ、くくっ⋯⋯！」

　そこで堪えきれなくなったか、男は大笑いを始めた。

「くっ、ははははは……っ！　これで、今度こそ私はおまえを超えられる。待っていろよ、伊梨炉秀――！」

　その様子につられ、傍らの女が笑いながら訊く。

「ひゃはっ！　ボス、今日はやけにテンション高めか？」

「これほどまでに計画が上手くいったのだ。昂（たかぶ）らないほうが無理というものだ」

　その会話にもう一人の男が口を挟む。

「はしゃぐのはいいが……伊梨炉秀は俺が殺すと言ったはずだ。貴様が如何（いか）に奴（やつ）へ執着していようとも、約束は守ってもらうぞ」

「ああ、わかっている。私はただあいつを超えたいだけだ。おまえのように恨みを持っているわけではないからな。とどめはおまえに任せるさ」

「本当に、信じていいんだろうな？」

　両者は、視線をぶつけ合う。

　一触即発の空気。だがそれを壊すように、さらにもう一人の男が現れて言った。

「その点については保証するよ。僕の未来視では、伊梨炉秀は君が殺すことになっている。

　今後のブレ次第でどうなるかは分からないが、まあ、このまま計画通り進めば大丈夫だろう」

「ふん、そうか。ならばいい」

　そんな会話をしながら、彼らは拘束した麻布灯醒志と巫御美を担いでその場を去った。

◇◇◇

「いやー、なかなかに良い勝負だった」

　俺――素戔嗚は、麻布灯醒志との勝負を思い出しながら移動していた。

　葦原中津国（ちじょう）にいたため全力は出せなかったが、それでも充分に戦いを楽しめたと思う。

　まあ、どうせなら勝ちたかったが……あとであいつに謝っておかないとな。

　そんなことを考えていると、ふと違和感が頭を過（よぎ）った。

　あいつとは誰だ？

　記憶が、おかしくなっている。

――抑霊衆が神を生み出そうとしているから危険だ。何とか倒さなくては、神々の秩序が覆されてしまう──

　たしかそんなふうに言われて俺は動いたはずだ。

　だけど不可思議なことに、それを言ったのが誰だったのかまったく思い出せない。

　となると、部分的な記憶操作をされている可能性がある。

　だがそんなことができるとしたら、俺と同格かそれ以上の神しかありえない。

　そんな奴そうはいないが⋯⋯しかしいくら考えたとしても、そもそも記憶を操作されているのだとしたら思い出しようがない。

　完全にはめられた。事ここに至って、俺はようやくそれに気付く。

　しかし、そいつは一体何の目的で俺を利用したのか。まったく分からないが、しかし、ひとつだけ確定したことがある。

「俺をはめるなんざいい度胸だ。待っていやがれ、俺自らボコボコにしてやる……っ！」

　夜空を睨み付けて、俺は叫んだ。

　躊躇などない。真っ先にそいつを見つけ出して、事の次第を洗い浚（ざら）い吐かせてやる。

　とは言え、具体的にどうやって探すか。

　いや、どうやっても何もない。

　敵は俺に、抑霊衆、ひいてはその生み出す神を始末させようとしていた。

　なら、次に敵がどう動くかは明白だ。

「疲弊した麻布灯醒志とあの抑霊衆の女を狙う、か……」

　あれから少し時間が経っている。おそらくもう敵は動いているだろう。

　だとしたら一刻の猶予もない。俺がすべきはまず――

「もう一度、麻布灯醒志と接触するしかないな」

　方針を決めた。ならば後は動くのみだ。

◇◇◇

　事はまだ始まりにすぎない。

　霊力の乱れ。灯醒志と巫を捕らえた謎の集団。素戔嗚をはめた神。

　あらゆる事象が重なり、真なる戦いが始まろうとしていた。