さわりし神に救いあり

第六話 真の権能

　素戔嗚の二つ目の神器が、遂に現れた。

　未だ性能が分からない以上、ここは闇雲に突っ込まず、冷静に様子を見た方がいいだろう。

　そう考えていると、素戔嗚が口を開いた。

「そこの女はもうダウンしちまったみたいだから、代わりに俺が教えてやる。

　この剣は、天叢雲剣（アメノムラクモのつるぎ）だの草薙剣（クサナギのつるぎ）だのと言われている代物だ。

　まあ、俺は蛇剣・都牟刈（ツムカリ）と呼んでいるがな。こいつは神代（かみよ）三剣の一つであると同時に、三種の神器の一つでもある」

　そんな素戔嗚の言葉に、身震いする。

　神代三剣であり、かつ、三種の神器でもあるなんて。明らかに格が違いすぎる。

　そんな僕の様子を見ながら、素戔嗚は言葉を続けた。

「とは言え、本物はお姉ちゃんに献上したから、今俺が持ってるのは複製品（レプリカ）だけどな」

「お、お姉ちゃん……？」

「ほぉ、驚いたか。ふっ、まあ驚くのも無理はない。俺のお姉ちゃんと言ったら、日本神話の中でも最高の知名度を誇る、太陽神天照（アマテラス）大御神（おおみかみ）なのだから――」

　今日一番な満面の笑みを浮かべる素戔嗚。しかも今までの攻撃的な笑いではなく、純粋無垢なる笑顔だ。

　それに言葉遣いの荒っぽい素戔嗚が、姉の事をお姉ちゃんと呼んでいるなんて⋯⋯。案外、お姉ちゃんっ子だったりするのかもしれない。

　と、今はそんなことを考えている余裕なんてない。目の前の戦いに集中しなくては。

　気持ちを切り替え、素戔嗚に対して問いを投げかける。

「……で、その剣で僕の何を確かめようって言うんだ？」

　二つ目の神器を召喚する前、素戔嗚は「確かめてみる」と言っていたはずだ。一体何を確かめるつもりなのか。

「この剣には特殊な効果があってな。それを使って、おまえの神器の権能（ちから）を確かめようって魂胆だ」

　言ってしまったらそれはもう魂胆じゃないような気もするが⋯⋯。ともかく、素戔嗚は僕の神器の能力を見極めようとしているわけか。

　神器は素戔嗚に対抗できる唯一の手段。その能力を見破られてしまったら、今度こそ本当にやられてしまう。それは避けたいところだが、僕自身も能力の正体が分からない以上、こちらとしては手の打ちようがない。

　そんなふうに僕が考えあぐねていると、素戔嗚は剣を前方に突き出し、高らかに詠唱した。

「剣よ、大蛇となりて贄を食らえ――！」

　瞬間、素戔嗚の剣は八つの頭と八つの尾をもつ巨大な大蛇へと変化し、大口を開けて僕に向かって襲い来る。

　慌てて刀を前に出して防御しようとしたとき、素戔嗚はそれを見透かしていたかのようにわざとらしく言った。

「ああ、ちなみにそいつ――八岐大蛇（ヤマタノオロチ）は、霊力を食って大きくなる化け物だ。霊力の塊である神器なんて、そいつにとっては格好の獲物だから気をつけろよ」

　そんな事を言われてももう遅い。前に出した刀を下ろす暇もなく、大蛇は僕の刀に食らいついた。

　しかしその刹那、

「……っ!?」

　どういうわけか僕の刀が勢い良く弾かれた。同じように大蛇も後ろに反り返っている。

　何が起こったのかはわからないが、そんなのは毎度のこと。

　わからないならばわからないなりに、我武者羅に喰らい付けばいい。蛇のようにしつこく絡み付いていけば、活路はきっと開けるはずだ。そうやって戦ってきたからこそ、未だ僕はやられずに済んでいるのだから――！

「おおおッ！」

　大蛇より一瞬早く態勢を立て直した僕は、大蛇の懐に飛び込み、その胴体を斬りつけた。

　大蛇も抵抗しようとしてきたが、大きすぎる体が逆に仇となったか、懐に潜り込んでいる僕に対して上手く反撃出来ないようだ。

　暴れる大蛇。それを切りつける僕。完全なワンサイドゲームとはいかないまでも、僕はかなり優勢に立ち回っている。

　このままなら押し切れる。僕はそう確信した。

　そのとき、

「大蛇よ、剣となりて我が手に戻れ」

　素戔嗚がそう言った。

　途端、大蛇は剣へと変化し、吸い込まれるように素戔嗚の手中に収まった。

　あの大蛇が僕にやられるのを恐れたから、手元に戻したのだろう。つまり素戔嗚は、僕にあの大蛇の力は効かないと判断したということ。

　これは素戔嗚を追い詰める機会（チャンス）だ。そう思い、僕は挑発する。

「三種の神器だとか大層な事を言っていたからどんなものかと思ったけど、全然大したことないな。

　まさかおまえが自分から、大蛇を剣に戻すとは思わなかったぜ。あの大蛇が切り刻まれるのがそんなに怖かったのか？」

　もちろんこの言葉はハッタリだ。今回は運良く大蛇の懐に潜り込めたから良かったものの、もしまたあの大蛇を出されたら一溜（ひとた）まりもない。

　だからこそ、僕が大蛇に完封勝利したかのように装うことで、もう大蛇を出しても意味はないと素戔嗚に思わせようとしたのだが、

「いや、今のは霊力を抑えた縮小版だ。八岐大蛇を完全に開放したら、簡単に地形が変わっちまうからな」

　平然と言われたその言葉によって、僕の挑発がいかに安いものだったかを思い知った。

　いや、でも素戔嗚の言葉だって苦し紛れの言い訳だという可能性も否定できない。

　そんな淡い期待も、次の一言で打ち崩される。

「さて、おまえの神器の権能も確かめられたし、そろそろ終わらせるか」

「なっ……、どういうことだ……？」

　今ので僕の神器の能力を把握したっていうのか？　一体どうやって――。

「簡単なことさ。霊力を食う八岐大蛇に噛み付かれたにも関わらず、おまえの神器はなんともなかった。だが、神器は霊力によって構成されているもの。例外はない。

　ではどうして、おまえの神器は大蛇に食われなかったのか。その答えは一つだけだ」

「……それは僕も疑問に思ったけど、こんな疑問に答えなんて出るのか？

　どんなふうに理屈をこねくり回しても、結局矛盾した考えしか思い浮かばないけど」

「その通り。つまり、矛盾が起こったんだ」

「は……？」

　本気で意味が分からなかった。

　矛盾が起こった、なんてことあるわけがない。そもそも、起こるはずがないからこそ矛盾というのではないだろうか。

「まあ、話は最後まで聞け。

　おそらく、おまえの神器の権能は八岐大蛇と同種、つまり霊力を吸収する類のものだ。だから互いの霊力を互いに奪い合うという結果になった。

　霊力による作用ってのは自然界と違い、物理法則ではなく概念によって動くからな。

　『口に入れた物の霊力を吸収する』という概念と『刀身に触れた物の霊力を吸収する』という概念が同時にはたらいたことでそこに矛盾が発生し、競合が起こった。

　よって、おまえの神器と八岐大蛇は互いに反発し合ったのさ。

　そして弾かれた刀を握っていただけのおまえと、自分の体の一部が弾かれた大蛇とでは、当然おまえの方が早く立ち直った。

　さっきの勝負はそれだけのことだ」

　いまいちピンとこない話だが、僕の神器があの大蛇と同じく霊力を吸収する類のものだということだけはわかった。

　そして、それがわかれば今までの不可解な現象にも一気に説明がつく。

「それじゃあ、神器同士で打ち合ったときも」

「ああ。俺の剣は打ち合う度に、少しずつおまえの神器に霊力を吸い取られて弱体化し、おまえの神器は吸収した霊力によって強化されていったってわけだ。

　そして互いの霊力の量が逆転したとき、俺はおまえに押し返された。

　俺や大蛇が斬りつけられたときに復元能力がうまくはたらかなかったのも傷口周辺の霊力を吸い取られたからだし、俺が霊力で作り出した雷や竜巻を一閃できたのもまた然りだな」

　すべてのことに合点がいった。

　これで僕は自分の神器の能力がわかり、戦略の幅が広がったわけだ。

　しかし、それは相手にとっても同じこと。こちらの権能がバレてしまった以上、その弱点を突いてくるはずだ。

　それに素戔嗚は「そろそろ終わらせる」と言っていたし、僕の神器の特性を解説するなんて余裕まで見せている。

　神器の性能を把握した以上、もう負けはないと踏んでいるのか。あるいは、既に勝ちへのビジョンが出来上がっているのかもしれない。

　いずれにせよ、ここからは今まで以上に慎重を期す必要があるだろう。

「それじゃあ、行くぜ」

　グ……ッと態勢を低くし、あからさまな突撃の体勢をとる素戔嗚。

　対して僕は、刀を前方に構え、防御の姿勢をとる。

　一瞬の静寂。極度の緊張を伴う永劫のような一刹那を経て。

　ダンッ、と素戔嗚は強く地面を蹴って急接近、猛スピードで僕に向かって剣を振り下ろした。

　そして、互いの神器がぶつかり合う。

　だが、僕は妙な違和感を覚えた。

　神器がぶつかり合う度に素戔嗚の戦力は削がれ、逆に僕は有利になっていくはずだ。それが分かっているのになぜ素戔嗚は真っ向から神器をぶつけてきたのだろう。

　そもそも、狙いは別にあるのではないか。

「……ッ!!」

　気付いたときには遅かった。

　素戔嗚の足が、僕の脇腹にめり込んでいる。

「グは……ァッ！」

　まるでサッカーボールのように、僕の体は蹴り飛ばされた。

　強力な武器を持っているからといって、必ずしもそれを決め手にするとは限らない。素戔嗚はこちらの注意を神器に向けさせておいて、がら空きになった胴体へ蹴りを叩き込んだのだ。

　こちらが過度に慎重になってたために生じた隙を上手く狙ってくる戦術。流石としか言いようがない。

　それに、今までの戦闘で霊力はほとんど消費されてしまっている。よって、霊力に比例してはたらく復元能力もほとんど機能しないだろう。ましてや素戔嗚の追撃までにダメージを回復するなど到底不可能――のはずだった。

　しかし。信じがたいことに復元能力が今まで以上にはたらいている。そのおかげで、素戔嗚の追撃を避けることができた。

「ちっ！」

　舌打ちしながら、素戔嗚が尚（なお）も追ってくる。

　僕はそれを避けながら、復元能力がはたらいた原因を推測する。

　おそらく、神器の効果だ。

　枯れかけていた復元能力を取り戻したというのは、僕の中に霊力が補充されたということを意味する。確かに巫は、霊力は自然回復すると言っていたが、流石にこの短時間でここまで回復するとは思えない。となると、考えられる可能性は一つ。

　神器が吸い取った霊力が、僕の中に流れ込んだのだ。

　だがもしそうだとするなら、刀剣を打ち合う度に僕の刀の強度が上がったのはなぜなのか。

　僕はてっきり、吸収した霊力はそのまま刀の中に貯蔵されるのだと思っていた。そしてその影響で、刀の強度が上がっていたのだと。

　しかし、吸収した霊力が僕の中に流れ込むのだとすると、その仮説が成り立たない。

　やはり、神器の権能と、復元能力が復活したことは無関係なのか？　何か共通点のようなものがあると思ったのだが……。

　考えながら素戔嗚の追撃を凌（しの）ぐ。だけどそろそろ限界だ。攻撃される度に、僕はどんどん追い詰められていく。

　だけど、それでも僕は考えるのをやめなかった。この思考を続けることが、この状況を打破する活路になる。なぜだか、そんな気がしたからだ。

　神器の強化と、復元能力の復活。この二つに共通することは本当にないのか――

　いや、ある。一つだけ。

　僕の神器はただの霊力を吸収したのではない。

　高い攻撃力を持つ素戔嗚の剣に込められた霊力や、復元能力を持つ素戔嗚と八岐大蛇の霊力を吸い取ったのだ。

　霊力と一括（ひとくく）りにするから気付かなかったんだ。僕の神器は吸収した霊力の性質を変えず、そのまま使っただけ。つまり、素戔嗚の神器の攻撃力によって刀を強化し、素戔嗚と八岐大蛇の復元能力によって僕の傷を癒した。

　要するに僕の神器が吸収した霊力を使えば、そのまま相手の権能を再現できるのだ。

　何の確証もない推測だが、確かめる方法ならある。その方法を実践すべく、僕は大きく後ろに下がった。

「おいおい、下がったって何の意味もねえぞ！」

　当然、素戔嗚は前進してくる。

　それに対し僕は、

「神々の怒り――災厄によってここに示さん」

　雷や竜巻を起こしたときの素戔嗚の真似をし、実際に再現しようと霊力を籠める。

　この攻撃の霊力は先ほど僕の神器で吸収した。つまり、僕の仮説が正しければそのまま使えるはず。

　そして。

　次の瞬間、それは立証された。

　轟（ごう）ッ！　と凄まじい音をたてて僕の周りに雷や竜巻が現れ、素戔嗚に向けて襲い掛かったことによって。

「――ッ！　そうか、これがおまえの神器の真の権能か……っ！」

　素戔嗚も今さら気づいたようで、柄にもなく驚いた表情をしている。

　これで、本当に神器の能力が確定した。ならば、次はアレを創造するだけだ――！

「顕現せよ、神剣・羽々斬（ハバキリ）――！」

　凄まじい轟音。それと共に、莫大な霊力が渦巻く。

　そして、さんざんこちらを苦しめてきた最悪の凶器が、再び目の前に現れた。

　ただし今度は頼もしく、心強い味方として。