第七話 最後の一押し
「驚いたな。まさか神剣・
神器の霊力を吸い取り、その上複製してしまうなど、前代未聞のこと。しかしその複製品、果たして本当に本物と同じ力を使えるのかな?
見たところさっきの雷や竜巻は、俺が放ったものに比べて遥かに規模が小さくなっているようだが」
「たしかに完全再現はできないかもな。だけどそれで充分だ。僕の神器に霊力を吸い取られて弱体化したおまえの神器相手なら、
僕としては自信を持って言い放った言葉だったが、素戔嗚はおかしそうに笑い出した。
「ふ、はは。なるほどねぇ、確かにその通りだ。俺の神器は弱体化していて、ほとんど使えない有り様になっちまってるからなぁ。だが」
素戔嗚の手から蛇剣・都牟刈が消え、代わりに神剣・羽々斬が再び現れる。当然、あれは僕の神器に霊力を吸収され、大幅に弱体化しているはずだ。
そんな物を使って何を――そう思った刹那、素戔嗚が信じられない行動に出た。
「この剣が使い物にならなくなったのなら、一度壊して再構成すればいいだけだ。おまえ程度の神格じゃあ難しいだろうが、しかし俺は最高峰の神。できないことなど、何一つとしてないんだよ」
そう言って、自らの武器である神剣・羽々斬を叩き折ったのである。
神器の再構成。つまり、神器をまた一から創り直すというのか? 一つ神器を創造するだけでも相当な負荷がかかるのに、それをもう一度やるなど正気の沙汰ではない。
きっと素戔嗚も本気で言っているわけではないのだ。ただの負け惜しみに違いない。
そうやって無理矢理
「ああああああああああッ!」
嫌な予感を振り切るように、僕は複製した剣を振り上げた。
しかし、時既に遅し。
素戔嗚の手には、再構成された神剣・羽々斬が握られていた。
バッキイイイイイィィィィィッ! と、二つの剣が激突する。
「ぐ……っ!」
弾かれたのは、僕の剣のほうだった。だけどここで退いたら、素戔嗚がより一層有利になってしまう。故にここは下がらず、必死でその場に留まった。
「はッ、良い度胸だ!」
素戔嗚はそう言って剣を振るう。
その斬撃を僕は、すんでのところで横に避けた。しかし流石は素戔嗚の神器だ。その
だけど痛がっている余裕はない。がら空きになった素戔嗚の胴体に、一撃を叩き込まなくてはならないからだ。
複製した剣では間に合わない。だから僕は、僕自身の神器を素戔嗚の体に突き刺そうとした。しかし、
「このときを待ってたんだよォッ!」
僕の刀を剣の柄で受け止め、素戔嗚は叫んだ。
刹那、素戔嗚が持つ剣の刀身から莫大な霊力が溢れ出た。今僕の神器が触れているのは剣の刀身ではなく柄なので、その霊力を吸収することができない……っ!
「神器、開放……天をも
素戔嗚の力強い声を合図に、渦巻いていた霊力が僕に向かって放たれる。複製した剣を盾にしたが、それでも威力を殺しきれず、僕は真後ろに飛ばされた。
「が……っはあ……っ!」
あまりのダメージに復元能力が追い付かない。
さらに、攻撃の余波をもろに受け止めた剣は粉々に砕け散っていた。
「神器開放。その神器に籠められた力を一気に解放する奥義だ。まあ、今のおまえじゃあ難しいだろうがな。それにしても――」
素戔嗚は、愉快そうにこちらを煽ってくる。
「ははッ、やっぱその複製品は本物より劣化しているようだな。ならおまえの神器の権能では、どんな相手と戦ってもある程度は善戦できるが、最終的に勝つことは不可能だ。
だってそうだろ。いくら相手の権能や神器を複製できるからと言って、それが劣化版じゃあ決め手にはならねえ。しかも複製するためには、その対象に刀身で何度か触れて霊力を溜めなくちゃならないときた。
便利なようでいて、かなり不便な神器だなあオイ! 弱っちいくせに粘り強いおまえにぴったりの神器じゃねえか!」
楽しそうに笑う素戔嗚。
その言葉は僕を馬鹿にするようなものだったが、その実、素戔嗚は悪口を言っているつもりなど毛頭ないのだろう。ただ本当のことを、思ったまま口に出しているだけ。
そう。本当のことなのだ。素戔嗚の言っている言葉は。
この神器の権能では、相手に
だけど、それでも負けるわけにはいかない。
これは僕だけの問題じゃないんだ。僕が勝たなければ、巫が殺されてしまう。
この神器の権能では最終的に勝つことが不可能? それがどうした。
不可能ならば可能にすればいいだけの話。大体今の僕は神なんだ。奇跡の一つや二つ、起こさないでどうする――!
両足に力を籠め、立ち上がる。だけど、それで精一杯。やはり復元能力が追い付いていないようで、立っているのがやっとだ。
本当になんて威力だったんだよ、あの神器開放とかいう攻撃は。おかげで体がボロボロだ。
「オイオイ、神器開放を喰らって立ち上がるかよ!
しかも、勝算がないとわかってるってのになあ!!
もう、本ッッッッッ当におまえは最高だ!!!
やっぱいつの時代も、困難に立ち向かう無謀な奴ってのは心躍らさせてくれるッ!!!!
それくらいでないと殺し甲斐がねえからなあああッ!!!!!!」
最高にハイになっている素戔嗚は、何かもうその気迫だけで世界を滅ぼしてしまえそうだった。突き抜けすぎるのも問題というか、ここまでの激情を見せつけられると言葉も出ない。
だが、僕だって負けてはいられない。これからこの神を倒さなくてはならないのだから。
既に複製した剣は砕け散ってしまったが、幸い、僕自身の神器はまだ残っている。
それに、まだ複製していない神器がもう一つあるじゃないか。
最後の賭けだ。あの神器を複製して、この戦いに終止符を打とう。
「顕現せよ、蛇剣・
眩い閃光とともに、現れ
「この期に及んでまた複製品か。いいぜ、この俺が直々に採点してやる」
素戔嗚の手にも、同じように蛇剣・都牟刈が現れる。
そして、二人は同時に叫ぶ。
「「剣よ、大蛇となりて贄を食らえ――!」」
剣が、大蛇へと姿を変える。
しかし、やはり素戔嗚の大蛇のほうが、僕のものよりも一回り大きい。
「はッ、勝負あったな」
素戔嗚は自信満々に言う。
しかし、
「本当にそうか?」
僕は疑問を投げかけた。
「何?」
「だってそうだろ。おまえが言っていたじゃないか。大蛇は霊力を食べて大きくなるって」
そう言って、僕は大蛇の方を指さした。
そこでは二匹の大蛇が、互いに相手の胴体にかぶりつき、霊力を奪い合っている。
霊力を食べると大きくなるが、その分相手に食べられてしまう部分が増え、立場は逆転する。その繰り返し。
さながら
「別に最初の大きさが大きかろうが小さかろうが関係ない。時が経てばどこかで決着はつくだろうが、それは本当に長い時間の末だろう。さまざまな偶然が重なりでもしない限り、この勝負は終わらない」
僕は断言した。しかし素戔嗚は余裕を崩さない。
「で、それがどうした。大蛇同士の決着がつくまで、俺が手を出さないとでも思ったか? そんなわけがあるまい。俺は今すぐにでもおまえを殺すぞ」
「ああ――上等だ」
僕の返事に満足したのか。素戔嗚は、嬉々とした表情で僕に向かって突撃してきた。
対する僕は、未だ体が復元しきれず、戦闘などできる状態ではない。このまま素戔嗚に立ち向かえば、何もできず一瞬で殺されてしまうだろう。
だから、僕は素戔嗚とは別の方向に向かって走り出した。
大蛇同士が争っている場所に向かって。
「しまった……っ!」
素戔嗚は僕の狙いに気づいたのか、血相を変えて方向転換する。
だがこの距離なら、追い付かれる前に目的を達成できる。そう思っていた。
しかし、
「ぐは……あぁっ!」
想像以上に、僕の体に刻まれたダメージは深刻だった。
満足に走れず、それどころか今にも倒れそうだ。
だけど、それでもここで立ち止まるわけにはいかない――!
「う……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
走る。
走る。
走る。
走る。
走る。
だけど、
「させるかああああああああああ!」
真後ろに素戔嗚が迫っていた。
剣を振り上げる素戔嗚。
まずい、と思っても既に手遅れだった。
避ける暇などもう無い。完全な詰みだ。
そして、素戔嗚の剣が振り下ろされようとした――その刹那。
「神をも貫け――秘槍、雀刺し!」
聞き馴染みのある声と共に、
目が覚めたのか、巫。ああ――良かった。
キィィィィィン! という音が響いた。おそらく素戔嗚が、僕に振り下ろそうとした剣の軌道を変え、巫の一撃を撃ち落としたのだろう。
そのおかげで一瞬だけ隙ができた。
僕は大蛇達の
すると、両者の拮抗は崩れた。
大蛇が霊力を吸い取れるのは口の中だけ。だから、片方が首から下だけになってしまえば、決着はついたも同然だ。
僕の出した大蛇が、素戔嗚の出した大蛇を食らい尽くす。結果、通常のほぼ二倍の霊力を手に入れた八岐大蛇が、次なる餌を求めて素戔嗚に襲い掛かった。
激突する素戔嗚と大蛇。だが、それでも素戔嗚は倒せなかった。
僕のように運良く懐へと潜り込んだり、別の相手と戦っている最中に不意を突いて首を切り落としたりするまでもなく、素戔嗚は大蛇と対等に、それどころか優位に戦いを進めている。
だからあと一押し。僕は最後の仕事に取り掛かった。
刀を強く握りしめ、突撃の態勢をとる。
仮に僕が後ろに回り込んで切りかかったとしても、相手はあの素戔嗚だ、簡単に迎撃されてしまうだろうことは目に見えている。
だから、それよりもさらに裏をかく。僕は呼吸を整えてから、大蛇と素戔嗚の争っている場へと走り出す。
そして自分の出した大蛇を自ら斬り裂き、素戔嗚の目の前に飛び出した。
「な……っ!」
素戔嗚もまさか、僕が自身の戦力である大蛇を斬り裂くとは思わなかったのだろう。驚きにより、一瞬対応が遅れた。
そのがら空きの胴体に向け、
「はあああああッ!」
僕は刀を突き刺した。
「ガッアアアアアァァァッ!」
その勢いで素戔嗚は態勢を崩し、僕はそこに体重をかけることで地面に倒した。
抵抗する素戔嗚だったが、現在進行形で刀に霊力を吸い取られている上、地面に押し倒されているのだ。抵抗しても無駄に傷口を広げるだけである。
そのまま、僕の刀は素戔嗚の霊力を吸収し続け、素戔嗚は自身の霊力を奪われ続けた。
――こうして。素戔嗚との熾烈な戦いは、遂に幕を下ろしたのであった。
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