33,余命宣告
「念の為に訊くけどさ、もし嫌って言ったら」
「無理。
「同情はするがね、それはおれの個人的な感想だ。言う事を聞かないなら力ずくでも構わんと言い使っている。動力炉はお前の生命を守りはするが、それだけだ。無理矢理引っ張っていくくらいなら防衛機構は働かない。――ああ、ならこう言ってやろうか。お前は何も悪くないが、お前にそのまま生きていられると迷惑なんだ、誰も彼も」
言葉が出なかった。そこまで悪し様に言われたのは初めてだった。
「
「――」
「おれについて言えば、さっきも言った通り同情はする。だが、お前から動力炉を分離し、主があるべき形を取り戻さなければ、おれはいつまでも
「……だって、それじゃ、あんまりじゃないか。わけも分からないままずっとベッドの上で暮らして、時期が来たから死んでもらう、なんて! どうして――」
「どうして自分だけそんな不便を強いられねばならないのか? そりゃお前が普通の人間でないからに決まってる。それに、何も不便ばかりでもない。リリスがお前の後見人を申し出ている」
「……は?」その単語はヒカルにとってはあまりにも突拍子のないものだった。
「お前と動力炉は、融点の異なる金属のようなものだ。いっぺんお前を溶解して、どろどろになった塊から炉を掬い上げるんだと。その後残った塊をリリスが引き取る。何でもお前の望み通りにしてやるそうだぞ。姿かたち、性格、能力も。世界ごと法則を作り直すからどんな魔術でも使えるようになる。遍く魔性はお前の下に跪き、その威光もとい威闇を称えて止まず、お前は夜の王として永遠に君臨する。とか何とか」
「ちょっと待って、なんで夜の王なの? 何処から夜が出て来たの?」
「
「じゃあ昼は誰が担当するの?」
「アンナ=テラスに決まってる。その為にわざわざ水子の魂を仕立て直したんだから。お前達は夫婦として役割を分担し、リリスを崇拝する最高位の神官にして君主として世を治める。これがリリスの描いた絵図だ」
急に詰め込まれた情報を、上手く処理出来ない。夫婦? 誰と誰が? 神官? 会った事もない神を信仰する? ノアはまるで悪魔について話すような口振りでリリスについて語ったのに、それが僕の後見人?
「……ねえ、ノアはどうなるの。その、新しい世界で」ぐちゃぐちゃの頭の中で、それだけが明確な言葉になった。
「別に何も。というか、その頃にはおれは死んでる」
「そんな、それで本当にいいの? 散々利用されて捨てられるなんて」
ノアが細く長い息を吐いた。「お前には分かるまい。おれにとっての救いは、終焉だけだ。生ける屍としての生を終わらせる。それこそが主との契約であり、おれの望みなんだ」
ヒカルはフェンリルを思い出した。
――終わりにしたいだけだ。この倦んだ生を……。
彼もまた、目の前のこの人物と同じなのだろうか。
「でも、やっぱり酷くない? 自分の都合で生み出したのに使い捨てるって」
「想像の余地を遥かに超えた世界から来た神に道理が通じるなんて思わない事だな。それでもおれの希望を叶えようとしてくれるあたり、まだましだと思うがね。それに、同じ世界、同じ境遇でも分かり合えない人間だっているのさ」
「あー、お二人とも」スファノモエーが手を挙げた。「そろそろ警備の者が巡回に参りますので……」
「ああ、うん。こんな長話をするつもりはなかったんだがな。それじゃあ」
「え、待ってよ、まだ話したい事があるんだ」
「おれは七日後まで来ないよ。訊きたい事なら、其処の人の皮を被った魔性に訊くといい。見た目以上に長生きしてるから、色々教えてくれるだろう。……機嫌が良ければ」
山間から現れた太陽が一瞬、一際強く輝いて、ノアの姿を光の内に隠した。次の瞬間には、其処にはもう誰もいない。
「あれも『外つ神』から授かった魔術だそうですよ」スファノモエーがそう言って踵を返した。「彼を観測する存在の認識だけを混乱させて、何もないと錯覚させるとか」彼はヒカルを手招いた。
「それがあったら、捕まらないんじゃない?」酌人の後を追いながらヒカルは尋ねた。
「貴方が急に『透明人間に手を引かれた』ら、警戒するでしょう? その配慮が
「ねえ、スファノモエーも魔物なの?」
眼前の背中が笑い声を立てた。「似て非なる者……、とでもしておきましょう。それはまた今夜にでも。私も昼間から正体を明かす事は出来ない身の上なのです。皇帝陛下は今頃正体を無くしているでしょうが」
部屋に戻ると、急激に眠気が襲って来た。夜通し話をしていたのだから当然の事である。倒れるように寝台に身を横たえると、すぐに
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