4月28日 カラオケボックス
「なんか…なーんか…なんだよねぇ」
私がため息をつくと林さんは
「まあね〜。わかるよ…うん。」
と少し笑いをこらえるように共感の言葉をくれる。
平日の昼間、本来なら今頃は子ども達に昼の給食を用意している時間。
カラオケボックスはヘタに聞かれたくない愚痴を言うには絶好の場所だ。
別に休園になったわけでも、私から欠勤を願い出たわけでもない。
今朝もいつものように出勤した。いつものように清水先生と駿くん克巳くんの相手をしながら「みんな遅いね〜、お休みかなぁ?」などと喋りをしていた。
ここのところつぼみ組では欠席する子どもがでている。入園して1か月近く経ち、園の生活に疲れが出てきたのか、発熱や鼻水を理由に一日に1人〜2人の欠席の連絡がある。
「今日は麗華ちゃん、来られるかねー」
清水先生が言った。麗華ちゃんは今週になって2日お休みが連続している。
9時を過ぎたころ山田先生がつぼみ組の保育室まできて言った。
「華恋ちゃん、翔太くん、悠人くん、お休みです。みんなお熱でーす。」
「あら、じゃあ今日はこの2人と陽毬ちゃんだけか…つぼみ組は3人だけになるわね」
と清水先生。
0歳児3人の保育室に保育者は2人で充分。となると実働時間で給料を持っていく私は不要らしい。
「田中先生、ごめんね〜。せっかく来てもらったのに…今日は帰っていいから。あ、退園時間9時半にしてもらっていいですよ」
山田先生が去ったあと清水先生が言った。
「え…?…あの…あ…え?」
と私が戸惑っていると
「だからぁ、田中先生は、今日はもう帰ってもらっていいんですよ」
と、少し離れた所で壁飾りを作っていた河西先生が言った。それでやっと合点がいった。
「はあ…そうなんだ。じゃあ…失礼しまーす」
と私は保育室を出たのだった。
職員室にも終業の挨拶をして、退園時間を9時30分と記入
「すみませんね〜、まあ、今日はゆっくり休んでください。」
珍しく職員室にいた園長にも言われたが、
"すいません"という言葉どおりの感情は伝わってこない。
まあ、久しぶりの平日の空き時間だ。誰かをランチにでも誘ってみるかと、幾人かのママ友を思い浮かべたが、みな働きに出ている時間だ。ふと今日が水曜日だという事に気がついた。たいていの開業医は水曜日が休診になっている。そこで近所のクリニックに再就職したと聞いた林さんを呼び出してみた。
「私の時なんか4月の入園は5人だったから、2人欠席したらもう『帰っていいですよ』って言われて。そんな事しょっちゅうだったわよ〜。」
林さんが言った。そうか…今年は6人だからまだマシなのか。1人の差は大きい。
「しかし…保育園看護師ってなんなのかねぇ…。0歳児のお世話とは聞いてたけど…もう少し看護師として…なんかないかね…」
実際、働いてみると看護師意識が顔を出して、色々と気になる事があるのだ。
「んー…まあね、私もちょっとどうなのかなって思うことはあったけど、余計なことしても先生達は嫌がりそうだよね」
林さんも思う事はあったのか…。私に話しを持ってきた時も、引き継ぎをした時も何も言わなかったぞ。
「それに…それにさぁ…清水先生はまだいいんだけど…河西先生…なーんか愛想ないよね。私、何かした?って感じ」
「河西先生ね…私にもそんな感じだったよ。なんかね〜、過去に色々あったらしい。私もしっかり聞いてないけど…」
なんか?なんかって何だろ?河西先生ってたしか28歳くらいだったよな…
私が28歳の時って何してたっけ?結婚した頃かな。仕事は外科病棟だな。もう大抵の事は慣れてやりがいもそれなりに感じてて、楽しかったかなぁ…?何にしても、あんな無愛想になるような事はなかったぞ…?
何があったらあんな無愛想になるんだ?
「まあ、こちらが何もしなければ普通にお仕事できるでしょ」
と林さんは言うけれど…
「普通…普通ねぇ…色々と思うんだけどな…」
それは看護師として見た衛生面云々だけでなく…子どもを持つ親として…
いずれにしても前任者である林さんには言いにくい。
「そろそろ、保育園看護師の研修があると思うけど?市役所のやるやつ」
曲を選びながら林さんは呟くように言った。
「ああ、こないだ山田先生から聞いた。6月の何日だったかな…。研修あるから行ってくださいって。それかな?市役所であるの?」
「うん。市内の認可保育園に勤める看護師がみんな受ける研修だから、色々聴けるよ」
そう言うと林さんは中森明菜の「DESIRE」を歌い出した。
そっかぁ…市内の保育園看護師が集まるんだ…他の保育園の様子とか聴けるかな?友達が出来るといいなぁ…
大声で熱唱する林さんに、この人もストレス抱えてるなぁと思いながら、私もアン・ルイスの「六本木心中」を予約した。
研修が少しばかり楽しみになった。
保育園看護師だけど保育士さんが怖いです。 環 @yadatamared8304
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