とある広告塔が征くVRMMO

@_sai_

とある広告塔が征く

「さて、そろそろかな」


 適当なところで足を止め、親指の付け根と同化している指輪を捻る。

 指輪を捻ると同時に電子音が鳴り、目の前に半透明の画面が現れた。

 画面には〈アイテム〉や〈オプション〉などといった文字が並んでいるが、まずは時刻を確認すべく左端に目を向ける。


 十一時三十九分かぁ…………まぁ、あと一周くらいならギリギリ行けるかな。


 画面上にある〈マルチ〉と書かれた場所に触れ、次に現れた項目の中から〈レイド募集〉を選択する。


 お、定員ギリギリのレイドがある。


 急いで内容を確認し、討伐対象や募集条件に問題がなかったので応募を選ぶ。


 移動の演出が始まった。


 目の前に広がる新緑の草原や上空に広がる青い空のあちこちに白い波紋が広がり世界が白に染まっていく。

 大小様々な波紋は程なく世界を埋め尽くし、一面が白で満たされると今度は広がった波紋が逆再生されるように縮み始めた。


 世界が色づいていく。


 足元には草原ではなく木の板が現れ、頭上には青空ではなく複数の木目が広がる。

 先程まで前方にあった地平線もいつの間にやら見えなくなり、今では数メートルほど離れた場所に木製の壁が建っている。


 四方八方が木に囲まれた四角い部屋。


 部屋の中央には円形の黒いテーブルが鎮座し、テーブルの周りには三十七個の椅子が等間隔で配されている。

 レイドの経験者ならば誰もが一度は訪れたことがあるであろうブリーフィングルームだ。

 ブリーフィングルームの椅子は既にいくつか埋まっていて、自分の他にも立っているプレイヤーがちらほらいる。


 まだレイドに参加するプレイヤーの半分くらいしか集まってない感じかな。


 とりあえず全員揃うのを待つために近くの椅子に腰掛ける。


「ねぇねぇお兄さん」

「はい」


 声のほうを向くと女の子のアバターがいた。


「その剣で戦うの?」

「はい」


 女の子が自分の佩いている刀を指差していたので答える。


「ATKはいくつくらい?」

「他人のステータスを聞くのはマナー違反ですよ?」

「そうなの?」

「はい」

「ふ〜ん。それでATKはいくつなの?」

「教えませんよ?」

「え〜、いいじゃん教えてよ〜」

「教えません」

「ちっ、このクソドケチ!」


 女の子は吐き捨てるようにそう言うと自分の前から去っていった。

 クソガキのロールプレイをしてる可能性があるのに言うわけがなかろうが。


「その武器の斬はいくつくらいですか?」


 女の子と入れ違うようにしてやってきた男の子のアバターを使っている人が自分に問う。


「二十三です」


 武器には攻撃力の他に武器ステータスというものがあり、斬・突・打・射・魔の五つのステータスに数値が割り振られている。


「ありがとうございます」


 ATKと違って斬はバレても特に問題ないので素直に教えると男の子のアバターは会釈をしながら礼を言い去っていった。

 今度は良識ある人だったな。


 人が増えてきたのでレイドに参加するプレイヤーの装備を見る。

 特に強そうな人は……一人いるな。


 肩に掛かる長さの黒髪は毛先だけが白く染められていて、一箇所だけピンク色に染められている場所がある。

 髪の毛を二色以上にするのは割と面倒なのでこれだけ見ても既にやり込み方が他の人とは違う。

 それに加えて装備は青みを帯びた銀の装飾が施された白のロングコートに淡い水色のロングスカート。そして手には背丈ほどの長大な杖が携えられている。


 明らかにガチ勢ですね。

 というかあの人どっかで見たことある気がする…………んー、どこだったっけ? 全然覚えてないや。

 まぁいいか。

 これは思ったよりも早く休憩に入れそうだ。


『すみません。全員揃ったようですしそろそろブリーフィングを始めませんか?』


 誰も始めようとしないのでブリーフィングの開始を促す。


『ぶりーふぃんぐってなに?』

『作戦会議のようなものです』

『とりあえず突っ込んで攻撃すればいいじゃんね?』

『敵は一体だけだし皆で攻撃すれば勝てるんじゃないですか?』

『オレらなら余裕で勝てるっしょ!』

『そうそう、作戦なんて弱いやつが考えることっすよ』


 自分がブリーフィングについて適当に説明するとざわつき始めた。

 まぁ今回の討伐対象はワイバーンだけだし最悪一人でも倒せるから適当でいいか。


『とにかく全員で攻撃するってことでいいですか?』

『オッケー』

『はい』

『うん』

『いいんじゃないですか?』


 同意する言葉が続く。


『それじゃあ始めましょう』

『どうやったら始められるの?』

『募集を貼った人ならメニュー画面から始められます』

『わかった』


 ATKを聞いてきた女の子がメニュー画面をいじっている。


『じゃあ始めるよー』


 女の子が緊張感のない声を出した瞬間、ブリーフィングルームが燃え始めた。


 頭の中で『なにこれ!』や『火事だー!』などの言葉が飛び交っている。非常にうるさいです。


 炎は勢いよく壁や床を駆け抜け、瞬く間に周囲が炎に包まれた。

 椅子やテーブルも燃えているため身体が炎に曝されているが熱さを感じない。


 たまに敵の攻撃で本当に燃えてたりするけど今回はちゃんとレイド開始の演出みたいだ。


 そのままだと椅子が崩れて尻餅をつくので立ち上がる。

 炎が燃え尽きて視界が開けた。


「キャー!!」


 誰かの悲鳴と同時に身体に軽い衝撃が走る。

 衝撃のあったほうを見ると自分の横に座っていたはずの人が砂時計になっていた。


 何だ?


 周囲を見回す。

 フィールドはドーム状。壁や床は赤みを帯びた岩石のようなもので作られていて、通路らしきものはどこにも見当たらない。

 自分達はフィールドの端にいて、今回の討伐対象であるワイバーンは自分達の反対側にいる。

 そしてワイバーンとの距離はそれなりにあるけど自分の周りには砂時計がまばらに立っている、と。


 開始直後に範囲攻撃を受けたって感じかな。


 効果音を聞いた感じだと岩を飛ばしてくる攻撃っぽいけど、射程が異常だ。

 ワイバーン自体のサイズが大きくなってるから射程も伸びてしかるべきだとは思うけど、フィールドの端から端まで届くっていうのは調整ミスじゃないかね?


 何かの砕けるような音と共に再び衝撃を受ける。

 砂時計が増えた。


 装備を見て予想はできてたけど弱すぎるな……。

 威力が落ちてるはずの破片に当たっただけで死んでる人もいたし…………よし、一撃で死ぬんじゃ復活させるだけ無駄だし無視しよう。


 ワイバーンが吼える。


「突っ込めーッ!」

「「「「うおぉぉおぉぉおおおおお!!」」」」


 ワイバーンの声に対してプレイヤー達はときの声を上げ、一斉に突撃を始めた。

 プレイヤー達とワイバーンとの距離が縮まっていく。

 ワイバーンが火球を吐いた。

 標的となったプレイヤーはそれを避けることも防ぐこともせずに身体で受ける。

 そして砂時計になった……。


 ……死ぬんかい。


 プレイヤー達がワイバーンの元に辿り着くまでに同じことが何度か行われ、プレイヤーの三割くらいが砂時計に変わった。


 火球に当たることなくワイバーンの眼前まで迫ったプレイヤーが顔を狙って槍を突き出す。

 しかしワイバーンはその攻撃を歯牙にもかけずにプレイヤーを翼で薙ぐ。

 そして砂時計が増える。

 続くプレイヤー達も攻撃を繰り出すがワイバーンの頭上に表示されたドーナツ型の体力ゲージは一向に減る様子を見せず、ただただ砂時計が増えていく。

 スタート地点から動かずにその様子を眺めていると、あっという間にプレイヤーの姿が見えなくなった。


 指輪を捻ってメニューを開き、画面を操作してレイドに参加しているメンバーを確認する。

 自分の他にはあと一人、Kaedeというプレイヤーが残っているらしい。


「貴女は彼らのお仲間ですか?」


 Kaedeさんに声を掛ける。


「いえ。私はあの子達の保護者のようなものなのでたぶん仲間ではないと思います」

「そうですか」

「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ」


 自称保護者……というか、レイドに参加するプレイヤーの中で唯一強そうだと思ったガチ勢の人が腰を折っている。


「私の力が足りず、生徒達を止めることができませんでした……」


 ……ん? 生徒?


「あの、顔を上げてもらってもいいですか?」

「はい」

「今回のレイド募集は学校の授業か何かなんでしょうか?」

「はい」

「そうでしたか……」


 ガチの子供だったのかぁ……だとしたらちょっと対応を間違えたかもしれない。


「ではKaedeさんは教職員をされているということですか?」

「はい」


 なるほどなるほど。ではお仕事の時間ですね。


「この背中に書いてある会社ってご存知ですか?」


 自分が着ている燕尾服に刺繍されたつばくろ製薬という文字を見てもらう。


「あ、はい。薬局とかで見たことあると思います」

「おぉ、そうですか。自分は今この会社の宣伝をしているところなので、よければ薬局などで見掛けた際はお試し下さい」

「はい。見掛けた際は手に取らせてもらいます」

「よろしくお願いします」

「はい」


 はい、お仕事終了。


「このあとはどうしますか? 一緒に倒しますか? それともリタイアして子供達のところに行きますか?」

「一緒に倒します」


 Kaedeさんはワイバーンのほうを見たまま答えた。


 そんなに警戒しなくてもワイバーンくらいなら苦もなく……。


 Kaedeさんにならって自分もワイバーンのほうを向くと、光り輝くワイバーンさんが目に飛び込んできた。


「……確かあれって進化するときの演出でしたよね?」


 自分の勘違いかもしれないので一応Kaedeさんに確認をとる。


「はい」


 やっぱりか。


 それなりに長い間このゲームをプレイしてるけどレイドボスが進化するところなんて初めて見る。

 どのモンスターに進化するかわかんないけどレイドボスだし気を引き締めていかないとな。


「一緒に戦ってくれるんですよね?」

「もちろんです。こんなに面白そうなこと途中で止められるわけないじゃないですか。それよりも私はgenbaさんの火力のほうが心配です」

「いざとなったら奥の手もありますしたぶん大丈夫だと思います」

「でも斬値が二十三しかないんですよね?」

「はい」

「? そういえばこのレイドの推奨ステータスって斬値が五十八以上でしたよね?」

「そうでしたね」

「……寄生、なわけないですもんね?」


 Kaedeさんは少し躊躇う様子を見せつつも口にした。


「はい。これは魔が高いタイプなので」


 自分の腰に着いている刀を少し持ち上げながら言う。


「あぁ、やっぱりそういうことでしたか。すいません」

「いえ。では自分が前衛でKaedeさんが後衛ということでいいですか?」


 服と武器を見るにKaedeさんはヒーラーかウィッチだろうから刀を使う自分が前衛を買って出る。


「あ、私も前衛です」

「え?」

「私は基本的にソロでプレイしてるので前衛しかできません」

「そうなんですか?」

「はい」


 ……ん? ソロで前衛でヒーラーでKaede?


死を運ぶ聖女ストリクス・ビショップ……」


 どうりで見たことあるわけだよ……死を運ぶ聖女って言ったら攻略サイトで名前が上がるレベルのプレイヤーじゃないか。


「その不名誉な名前で呼ぶのはやめてください」

「あ、はい」

「genbaさんは確か燕尾服テイルコートの薬売りでしたっけ?」

「そう呼ぶ人もいますね」

「嫌じゃないですか?」

「まぁ、多少は」


 宣伝に使えるからネットで言われる分には問題ないけど、公衆の面前で呼ばれるとなると多少は抵抗がある。


「自分がやられて嫌なことは誰かにしたらダメですよ?」

「あ、はい。すいませんでした」


 自分は何を諭されてるんだろう?


「じゃあお互いに邪魔はしないように、でもできるだけカバーし合える距離で戦うということで」

「随分と簡単そうに言いますね」


 お互いの間合いがわからないことには距離の調整なんてできないと思うんだけど。


「できないんですか?」

「Kaedeさんはできるんですか?」

「たぶんできます」

「そうですか」

「genbaさんはできないってことでいいですか?」

「できないとは一言も言ってませんが?」

「じゃあそういうことでお願いします」

「わかりました」


 ……まぁなんとかなるだろ。


 耳をつんざく咆哮が響き渡る。


「行きます」


 Kaedeさんが駆け出した。自分もそれに続いて地を蹴る。


 速い。

 自分も結構SPDを上げてるつもりだけど全然差が縮まらない。


 ワイバーンは既に進化を終えており、自分達のことを目で追っている。

 どうやらワイバーンは進化してクロスワイバーンというモンスターになったらしい。


 先程まで灰色だった体色は黒灰色に変化し身体のあちこちにオレンジ色に光る亀裂が走っている。

 進化による変化はそれだけではなく、頭には二本の巨大な角が、翼の下にはそれぞれ一枚ずつの翼が、そして尻尾の先端にはサソリの毒針のようなものが新たに生えていて、口からは火の粉のようなものが常に溢れ出して宙を舞っている。


 ……なんだこのモンスターは。


 Kaedeさんが杖を振りかぶりクロスワイバーンの翼を殴りつける。

 ちょこっとだけ体力ゲージが削れた。

 一度殴るとKaedeさんは左手の指を弾いたり印を結んだりして再び同じ場所に杖を叩きつける。

 さっきよりも多く体力が削れた。


 Kaedeさんの火力が分からないからなんとも言えないけど結構硬そうだな。


 走りながらKaedeさんの戦いを見ていると、クロスワイバーンの後ろに立っていた二本の黒い棍がおもむろに動き出した。


 ……このフィールドにあんなギミックあったっけ?


 黒い棍はひとりでに動き出すと音もなくKaedeさんの背後に迫る。


 やっぱりあいつの攻撃か!


「“翔燕刃!”」


 刀を抜き放ちながらクラフトを発動して斬撃を飛ばす。


 斬撃は狙いを違わず棍に命中し爆発。

 Kaedeさんはクロスワイバーンの足元に飛び込み、Kaedeさんが立っていた場所に棍が振り下ろされる。


 轟音と震動。


 大地が砕け、亀裂が走る。


 ……あれは当たったら死ねるかもしれない。


 クロスワイバーンが飛び上がり、自分達から少し離れた場所に飛んでいった。


「大丈夫でしたか?」


 クロスワイバーンの動向を確認しながらKaedeさんの側まで行き、状態を確認する。


「はい。音が聞こえたおかげで避けられました」

「自分はあの攻撃が当たったらたぶん死ぬと思うんですがKaedeさんはどうですか?」

「たぶん一回くらいなら耐えられると思います」

「そうですか……」


 ガチ勢の耐久を以ってしても二度目は無理か……。


「あのモンスターって見たことありますか?」

「いえ、たぶん見たことないです」

「やっぱりそうですか」

「ということはgenbaさんも見たことないんですか?」

「はい」


 となるとネットにも情報が出てないようなモンスターってことになるか……。


「……これは燃えるな」

「ですね」


 軽く呟いただけだったけど同意する声が返ってきた。


「そういえばgenbaさんの刀って巫蠱ふこ装備だったんですね」

「はい」


 クロスワイバーンがホバリングしたまま何もしてこないのでKaedeさんが話を続ける。


 自分の刀はきっさきつばつかの飾りが黒で、一ミリ程度の厚みしかない刀身や柄自体の色はえんじ色。

 そして最大の特徴として、刀全体から黒いもやが絶えず立ち上っている。

 この黒い靄というのが巫蠱装備が持つ特徴の一つで、どの巫蠱装備も鞘や布から出すと靄が溢れ出すようになる。


「その肩に乗ってる鳥はgenbaさんの刀から出たやつですか?」

「はい」

「じゃあ倒さなくても大丈夫ですね」

「はい」


 巫蠱装備から発せられる靄の一部は何かしらの生き物を象って装備者に付き従う。

 自分が持つ別離べつり吟燕ぎんえんという刀の場合は靄が燕を象り肩に留まるため、戦闘中は大概自分の肩に燕が乗っている。


「何かしてくるみたいですよ」


 クロスワイバーンの口元に光の粒子が集まり始めたのを見てKaedeさんが言う。


「はい」


 棍の動きに気を配りつつKaedeさんから少し離れ、何が来ても避けられるように構える。

 ボッという短い音が鳴る。

 腹部に炎弾が直撃。驚きと衝撃でよろめいてしまう。


「genbaさん!」


 足元が爆ぜて後ろに飛ばされる。

 一呼吸置いて棍が地面を破砕する音が耳に届く。


「大丈夫ですか!?」

「はい! 助かりました!」


 ……後ろに飛ばされなかったら死んでた。


 再び炎弾を放つ音が鳴る。

 適当に刀を振ろうとするが炎弾が腕に着弾して押し戻された。

 この炎弾はダメージこそ大したことないけど速度が早いしノックバックが厳しいな。


 クロスワイバーンの口に先程までよりも多くの光が集まる。

 構える。

 炎弾が三回連続で打ち出される。

 初弾に合わせて刀を振り上げるがタイミングが合わずに着弾。初弾を受けた時点で体勢が立て直せなくなり見事に全弾命中した。

 まだ六割くらい残ってるけど一応HPリペアを飲んで体力を回復しておく。


 よし。なんとなくタイミングはわかった。次は合わせる。


 再びクロスワイバーンの口に光の粒が集まる。

 刀を構え、隙を作らないように浅く薄い呼吸を維持する。


 射出音。


 刀を振る。


 刃が炎弾を捉える感触。


 そのまま振り抜く。


 炎弾が目の前で火の粉を散らす。


 ノックバックはない。


 次弾に備えてクロスワイバーンを見る。


 …………あ、そういえば棍はどこいった?


 炎弾を打ち落とすのに夢中で意識から外れてしまっていた棍を探す。


「……Kaedeさん。それは何をしてるんですか?」


 焦って周囲を見回すとKaedeさんが素振りをしていた。


「スケルトンが持ってる武器って使ったことないですか?」

「……それはありますけど、それはスケルトンが持ってる武器とは違うと思うんですが……」

「そうですね。浮いてましたもんね」

「いや、そういうことじゃないんですけど」

「? 他に何か違いがありますか?」

「普通は大ダメージを受けるようなものには近寄らないと思うんですが……」

「それを言ったら普通は知らないモンスターの遠距離攻撃を斬ったりしないと思います」

「いや、それはしますよ」

「いや、しないですよ? 少なくとも私はしたことないですし」

「ぬ……」


 スケルトンの武器を使ったことがあるだけに返す言葉がない。


「まぁその話は置いておきまして、それはクロスワイバーンみたいに動かせるんですか?」


 二つの棍がKaedeさんの手を離れて飛んでいき、炎弾を射つ準備をしていたクロスワイバーンの顎を上と下から打ちつける。


「動かせるみたいです」

「そうみたいですね」


 今の一撃でKaedeさんが最初に杖で殴ってたときの倍ぐらいダメージが入った。


 ……あれ強いな。


「ちょっと拘束するので殴ってもらってもいいですか?」

「わかりました」


「【えにしを断たれ吟う燕よ。凍てつく弦を以て氷獄を成し彼の者の自由を剥奪せよ“凍籠フリジット・ケージ!”】」


 自分の肩に乗っていた燕が颯爽と飛び出して地を這うように飛翔する。

 目標はクロスワイバーン。

 燕は標的の真下に着くと一度羽ばたいて軌道を急激に変え、クロスワイバーン目掛けて上昇する。

 目標と同じ高さまで上昇した燕はその周囲を飛び回り、不規則に飛ぶ燕を追うように煌めく線が空中に描かれていく。


 燕が加速する。


 二度三度と通った場所は線が重なり白い煙を発し始めている。

 燕の邪魔をしないようにその様子を見ていると、燕は瞬く間に円形の籠を作り上げた。


「お願いします」

「はい」


 Kaedeさんが二つの棍を器用に操作してクロスワイバーンを殴る。

 二本の棍による連打と凍籠のスリップダメージによりクロスワイバーンの体力が急激に減り始めた。


「【乱れ舞う細氷よ。雷霆らいていを纏いて荒ぶる獣を鎮めたまえ“凍れ痺れる氷雷フリージングヴォルト!”】」


 クロスワイバーンが凍籠を破壊すべく暴れ始めたので動きを封じるための術を発動する。


 氷の破片が無数に現れ乾いた音を立てながら籠の中を舞い、時折放電しながら電気を帯びていく。

 破片から出る光がだんだんと強さを増し、一つ一つが眩い光を放つほどになると籠の中から光が溢れ出すようになった。

 一瞬光が消え、雷が迸る。

 衝撃で舞っていた氷片は四散した。

 一拍遅れてけたたましい音が鳴り響く。

 その音に顔をしかめていると雷は残像を残して姿を消した。

 術は十全に効果を発揮してくれたようで、籠の中のクロスワイバーンはおとなしくなっている。


 ここぞとばかりに遠距離攻撃を行い更なるダメージを与えていくが、攻撃を続けていると麻痺が切れてクロスワイバーンが再び暴れ始めた。


 凍籠の効果もそろそろ切れる頃なので無視して攻撃をしているとクロスワイバーンの体力が二割を切り「下手したらこのまま倒せるんじゃないか?」などと考えていると凍籠が破壊されてクロスワイバーンが自由になった。


 クロスワイバーンが咆哮し、空気の振動が肌を通して伝わってくる。


 咆哮と同時にクロスワイバーンの身体中に点在する亀裂が広がり鱗が剥がれ落ち、咆哮が終わるとクロスワイバーンが旋回を始めた。

 オレンジ色の尾をいくつも引きながらクロスワイバーンが加速し、速度が上がるにつれて光の尾が伸長してオレンジ色だったものが白色に変化していく。

 全ての亀裂が白くなったクロスワイバーンはフィールドの中央に降り立つ。

 地面に降り立ったクロスワイバーンは亀裂が白くなっただけに留まらず、角が白熱して身体中の亀裂からは揺らめく白い炎が上がっており、更には角と同様に白く発光する腕が生えている。


 クロスワイバーンは地面に立つと超低空飛行を行い、灼熱の拳を突き出してきた。


 バックステップで躱す。


 クロスワイバーンが再び拳を振るう。


 さっきと同じように後ろに下がって避ける。


 クロスワイバーンが殴ってくる。避ける。殴ってくる。避けながら斬撃を放つ。殴ってくる。避けて斬る。

 そんなことを何度か繰り返していると、クロスワイバーンの口に光が集まり始めた。


「“辻斬り”」


 術を使い移動と攻撃を同時に行う。


「“紫電一閃”」


 刀が紫電を纏う。


 腕を動かすと紫色の雷を伴って刀が高速で振るわれる。


 一の太刀。

 二の太刀。

 三の太刀。

 四の太刀。


 速度に物を言わせて幾度となく斬り付けてクロスワイバーンの生命を削る。


 そこにKaedeさんの棍も加わりクロスワイバーンのHPが一割を切った。


 刀を振り続け、斬り刻む。


 十の太刀。


 二十の太刀。


 三十の太刀。


 四十の太刀。


 あと何回か斬ったら倒せるところまで体力を削ると手を止め、Kaedeさんのところに行く。


「とどめはどうしますか?」

「genbaさんじゃなくていいんですか?」

「自分としてはそんなに頑張った感じはしませんが」

「じゃあ最後は同時にショートカットで発動しますか?」

「そうですね」


 あと何回か斬ったら倒せるところまで体力を削り、Kaedeさんのところに行く。


「じゃあ『せーの』の『の』のタイミングで発動しましょう」

「わかりました」

「「せーの!」」


 二人同時に指を弾く。

 自分は切断する雷剣サンダーブレードを発動して雷の剣を、Kaedeさんは邪を払う柊槍ホーリーランスらしき術を発動して光の槍をそれぞれ放つ。

 どちらも光速で飛行して吸い込まれるようにクロスワイバーンに突き刺さる。

 クロスワイバーンのHPがゼロになり、体力ゲージが乳白色に変化した。


 静寂。

 そして断末魔の叫び。


 体力がゼロになるとクロスワイバーンの身体が白い光を帯びる。

 光は次第に強くなり、少し眩しいと思うくらいになるとクロスワイバーンの身体が分解されて白い粒子に変化して体力ゲージの中央に吸い込まれていった。

 全ての粒子を吸い上げた体力ゲージは上空に消え、勝利を祝うファンファーレが鳴る。

 視界に「Congratulations!」という文字が浮かび上がって獲得した経験値やアイテムなどが表示された。


「Kaedeさん、あの棍って出ましたか?」

「……いえ、出てないです」

「自分のほうにそれらしいのがあるんですが何かと交換しますか?」

「え、いいんですか?」

「はい。自分は今の装備で満足してるので」

「じゃあ今度お願いしてもいいですか?」

「はい。フレンド申請しても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 メニューを操作してフレンド申請を行うとKaedeさんの前に半透明の画面が現れ、Kaedeさんがそこに触れると自分の前にも現れた。


〈Kaedeがフレンドに追加されました〉


「追加されました」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「このあとはどうするんですか?」

「自分はこれから休憩に入るので一回落ちて、休憩時間が終わったらまた来ます」

「じゃあ今日中にまた会えるかもしれないですね」

「はい、そうですね」

「じゃあまた」

「はい、また」


 Kaedeさんに会釈をしてからメニューを操作してレイドを終了する。

 ブリーフィングルームに移動したときと同じように一度周囲が真っ白になり、色が戻ると草原に立っていた。


「さて、休憩しながら情報収集でもしますか」


 指輪を捻ってメニュー画面を開き〈オプション〉〈ログアウト〉〈はい〉の順で押し、ログアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある広告塔が征くVRMMO @_sai_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ