第4話どうすれば

 その日は先生に保健室に連れて行ってもらい怪我の治療をしてその後に担任の先生に何があったのか僕と服部が話した。帰り際に今日は親御さんに迎えに来てもらうかと提案されたが断った。僕は服部を先に帰らせ少し時間を空けてから学校を出た。冷たい風が傷にしみて痛い。そう思いながら歩いていると進行方向にポツンと立つ丹部が見えた。丹部は僕を見ると駆け寄ってきて「大丈夫?」と声をかける。「大丈夫だよ。それより何してるの?」「九頭が心配だから待ってた」「心配?何の?」少し間を空けて「今日、フクちゃんが九頭に告白するって知ってたから」「そうなんだ」「それが嘘の告白だっていうのも知ってた」そう言うと小さな声で「ごめん」と言う。「何で丹部ちゃんが謝るの?」「だって私が止めてればこんなことにはならなかったかもしれないのに」絆創膏越しに傷口を撫でる。「さっきフクちゃんから何があったか聞いたんだ」「そうなんだ」「まさか殴り合いになるなんて思わなかった」「僕もびっくりだよ」「九頭は人を殴ったりしないと思ってた」「僕もだよ。でも人間いざとなるとわからないもんだね」「今回はしょうがないと思うけどもう暴力なんて駄目だからね」小指を立ててこちらに差し出してくる。僕はそれに自分の小指を絡め約束した。丹部は満足そうに笑って「それで良し。じゃあ帰ろうか」と言って一人先に歩き始めた。僕はそれにゆっくりと付いて行った。翌日学校に行くと僕と田中は呼び出され先生と三人で話していた。先生は田中に昨日のことを謝罪させ田中も渋々といった感じで謝罪した。そうなると僕が許してなくともとりあえず許したという体をとらなければならず表面上の和解をした。放課後のホームルームでは先生が時間を割いてクラスでいじめがあったことを言った。今後はいじめがあったらすぐ先生に報告することを告げた。とは言ってももし先生にチクったら田中にいじめられるのではと思ってなかなか誰も返事しない中大きな声で「はい!」と丹部が言った。それにつられて小さい声ながらちらほらと返事が聞こえ先生も「頼んだぞ」とだけ言って締めた。その日以降彼らが僕に何かしてくることはなく平凡な学校生活を送っていた。彼らが何もしないなら学校で丹部と話すのも躊躇いがなくなり前より話すようになった。そのおかげか最近学校に行くのが嫌ではなくなった。このまま無事に卒業出来たらいいなと思った。ある日丹部がいつも使っているランドセルではなくナイロン製のリュックサックで登校してきた。「あれ、ランドセルじゃないんだ」「もう中学生になるからね。その練習だよ」そう答える丹部の笑顔がどこか無理をしているように見えたのは僕だけだろうか。そんな違和感を持ちつつも学校生活は平和に過ぎていた。丹部も特に変な感じではないし僕の気のせいだったのだろうと思い気にしないことにした。そして卒業式の前日丹部が学校を休んだ。先生曰く風邪だそうだ。クラスメイトも明日が卒業式なのにと心配そうにしていた。もちろん僕も心配になったので帰りに丹部の家に寄ってみようと思った。今日は午前中に卒業式のリハーサルをやって終わりだったので早くに下校となった。僕はテキパキと帰り支度を終えて学校を出た。丹部の家は学校から僕の家までの通学路の途中にあるため行くのは容易だった。しばらく歩いていると丹部の家が見えてきた。外観は平凡な一軒家だが丹部はそんな家が好きだそうだ。僕はインターフォンを押す。少し待つと「はい」という丹部の母親の声が聞こえた。僕が「九頭です」と言うと「九頭くん?ちょっと待ってて」と言うので待っていると程なくして玄関ドアが開いた。丹部の母親は四十歳手前には見えない少し幼い顔立ちをしており丹部は母親似なのだろうといつも思う。「らんちゃん、明日は来れそうですか?」訊ねると母親は少し困った顔をして考えた後ゆっくりと口を開いた。「九頭くんには言うけど実はね体調が悪いわけではないの」「じゃあ何で学校休んだんですか?」「それは」と言って少し間を空けて僕に少し待つように言い家の中に入った。しばらく待つと母親が戻ってきて家の中に入るよう言った。「お邪魔します」と脱いだ靴を揃えながら言って入る。そして母親とともに丹部の部屋の前まで行き「九頭くんが来たわよ」とドア越しに声をかけて僕に入るよう促す。僕はドアをノックし「入るよ」と言って部屋に入った。布団が盛り上がっている個所がある。おそらくあそこに丹部が居るのだろう。僕は近づき声をかけたが無反応。どうするか悩みつつ何気なく部屋を見渡して気付いた。部屋の隅にボロボロになったランドセルがあった。僕は驚き何があったのか丹部に訊くべく名前を呼んだが反応がない。こうなったら少し強引ではあるが無理矢理布団を引っぺがしてやる。と思い勢いよく引っ張ると最初のうちは抵抗があったが諦めたのかすぐに無抵抗になり簡単に取れた。そして出てきた丹部の顔はずっと泣いていたのか目や鼻が真っ赤に染まっていた。僕の顔を見て何か言おうと口を動かしているが言葉になっていなかった。僕はどうしていいかわからず困惑していると母親が事情を説明してくれた。学校でいじめられたことが想像以上に苦しくて卒業式に出たくないそうだ。その話を聞いて理解した。最近僕がいじめられなくなったのは単に標的が移っただけなのだと。それを丹部は誰にも言わず耐えて耐えて結果限界が来てしまったのだ。僕がいじめられていたときは丹部に支えてもらっていたのに僕は何もできなかったのが悔しかった。「丹部ちゃん」「……」「卒業式出たくないよね」「……」「明日丹部ちゃんの分の卒業証書預かってくるから二人だけの卒業式やろう」「……え」丹部の母親に確認すると是非と言ってくれた。「決まりだね。学校でやる卒業式より楽しみだよ」僕は努めて明るく言った。こんなことに何の意味もないかもしれない。でも丹部が少しでも喜んでくれるのならと思うと明日が楽しみだった。

 小学校を卒業してもまた中学で一緒になる。僕は丹部に助けられてここにいるのだから中学では僕が丹部を助けようと心に誓った。

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