第3話やりすぎ

 結局上履きの件は友達と遊んでいたら噴水に落ちたと説明して洗ってもらうことにした。翌日までに乾くか心配だったけどストーブの前に置いて何とか乾かすことができた。学校に行き上履きを履くとスリッパとは違って足が守られているような感覚があって頼もしかった。今日はこれだけで何でも乗り越えられそうだと思いながら教室へと足を運んだ。席に着くと机に何か書かれていた。よく見てみると見慣れない字で『放課後お話があります』と書かれている。僕はまたいたずらかと思ったけれどこの字はあの三人の誰の字にも似ていなかった。荷物を片付けながら考えている間に「おはよう」と登校していた丹部に声を掛けられた。気づかなかった僕は動揺してしまい上擦った声で返事になってしまい不審に思われたかもしれないと思ったけど何も追及してこなかった。僕は安堵と同時に少し疑問に思う。いつもの丹部だったら僕が変な言動をすれば何か勘繰ってくるのにそれをまったくしないことに違和感を覚えた。自分が思っているより自然に返事ができていたのか。はたまた別の理由かわからなかったがどこか寂しかった。今日は何事もなく放課後になったが未だに机に書いた落書きが誰のものかわからないでいた。気にせずこのまま下校しても良かったが万が一いたずらでなく本当に何か話したいことがある人がいるなら失礼だなと思い少し待つことにした。いつもならすぐに教室を出て行く僕がなかなか動きださないことを疑問に思ったのか帰り際丹部に「帰らないの?」と訊かれ「うん、ちょっと」と口をもごもごさせて答えると少し間を開けて「そっか。じゃあまた明日ね」と別れの挨拶をした。今日の丹部はやはりどこかおかしい気がしつつも体調が優れないだけだろうと思っていた。一人また一人と教室を出て行く人たちがいる。段々人が少なくなってきたが一向に話しかけられる様子はない。やっぱりいたずらだったのだろうか。馬鹿馬鹿しくなって帰ろうと教室を出たときに後ろから誰かが僕の肩を叩いた。驚いて振り返るとそこにはクラスメイトの服部はっとりが居た。「九頭くとうくん、ちょっといい?」「えっと、うん」しどろもどろになりながら答えると服部は「ついてきて」と言い歩きだした。僕は黙ってついていくことにした。下駄箱で靴を履き替え校舎裏へと向かう。その間何も言わない服部を不審に思いながらも丹部の友達でもある彼女のことだから警戒はしていなかった。しばらく進むと先日僕の上履きが放り込まれた噴水のある中庭へと着いた。この間と同様ひとけがなく辺りは静寂に包まれていた。ちょうど噴水のある辺りまで進んだところで服部は足を止めて振り返った。僕もそれにならい立ち止まると服部は何かを言おうと口をパクパクさせてはうつむくのを繰り返している。服部のことをあまり知っているわけではないがあまり活発な子ではなく物静かな子だということは理解していたのであまり人と話すのが得意なのではないだろう。このまま黙って話してくれるのを待つでも良かったけれどこちらから切り出してみることにした。「僕の机にメッセージ書いたのって服部?」「う、うん。ごめんね。あんなこと書いて」「ううん。別にいいよ。それより話って何?」そう言うとまた口をつぐんでしまった。辺りをきょろきょろしながら一つ深呼吸をして決心がついたのか口を開いた。「九頭くん、私と付き合ってください」吐き出された言葉を一瞬理解できなかった。あまりに縁のない言葉でしかも接点のない服部からそんなことを言われるとは思っていなかった。なお言った本人も頬が赤く染まっておりまるで林檎みたいになっていた。さて何て返事するべきか考えたけれど答えは決まっていた。僕に恋愛云々なんてまだ早い。だから申し訳ないけど断ろう。なるべく傷つかないような言い回しを考えたが思いつかず結局「ごめん」の一言しか出なかった。それを聞いた服部は落ち込むのかと心配したがそんなことはなくむしろどこかほっとした感じだった。何かその反応が引っ掛かったが告白の経験のない僕にはそういうものなのかもしれないと理解するしかなかった。ここに居ても気まずいだけなので冷たいかも知れないけど「じゃあ僕は行くね」と立ち去ろうとしたとき校舎のほうから大きな笑い声がした。そちらに顔を向けると一階の廊下の窓越しにあの三人が見えた。彼らは窓を大きく開けそこから上履きのまま校舎を出る。汚いなと思いつつ見ていると彼らは服部のほうへと向かって行って田中が笑いながら話しかけた。「おい、振られんなよ」「ご、ごめん」「クズに振られるとかお前魅力無さ過ぎ」それを聞いて大笑いする鈴木と佐藤。それとは対照的に誰にも顔を見られたくないかのように下を向く服部。もう彼らの中だけの僕のあだ名であるクズ呼ばわりはどうでもよく彼らが服部に何かしていることのほうが気になった。「何してるの?」僕が訊くと田中は面白そうに「検証だよ検証」と言った。「検証?」「ああ。友達のいないクズは女子にこくられたら誰でも構わず好きになるかってな」あまりのくだらなさに眉間にしわが寄る。「だけどこいつが魅力無さ過ぎて検証失敗しちゃったよ」またしても何がおかしいのかわからないけど笑う三人。それを見て遅まきながらようやく理解した。服部も彼らにいじめられているのだと。服部のほうを見ると今にも泣きだしそうな顔をしていた。好きでもない男子に告白して振られてそれを魅力がないと笑われる。それは泣きたくもなるだろう。僕は服部のような悲しみよりも怒りが勝った。気が付くと「謝れ」と言っていた。彼らは笑うのを止め「何だって」と聞き返す。「服部に謝れって言ったんだよ」「は?何で」「お前たちのせいで泣きそうじゃないか」「だから何。関係なくね?」関係ないと言い放つ田中の頬を思わず拳で殴ってしまった。唐突のことに田中はよろめき一瞬動きが止まったが次の瞬間「何すんだてめぇ!」と殴りかかってきた。それを見た鈴木と佐藤も参加してくる。突如として三対一の殴り合いに発展してしまった。鈴木と佐藤の二人なら僕でも問題なく戦えたけど田中は違った。体格差があり腕力も違う。僕が殴っているのが当たってはいてもダメージがある感じではない。鈴木と佐藤も気付いたのか僕を殴りかかるのではなく後ろに回り込んで退路を塞いでいた。二人に押さえつけられないのは良かったが状況が悪いに変わりはない。殴るのではリーチの差もあり不利だと判断し田中の肩を掴み取っ組み合いへと持ち込もうとする。しかしこれも悪手だった。腕力の差がもろに出てしまい僕のほうが身動き取れなくなった。田中は僕の肩を押し足を引っかけて後ろへ倒した。そのまま馬乗りになり一方的に殴られる。傷みと情けなさで涙が出てきた。非力なことがこんなに情けないだなんて思わなかった。段々何も考えられなくなってきたとき佐藤が「やべぇ先生だ!」と言い鈴木が「逃げるぞ」と言って田中の肩を叩いた。田中は舌打ちをしてどこかへ消えて行った。

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