2024年
スウィート・ハイ
甘いものが好きだ。なのですべてを甘くした。私にはその力があったから。甘いものは良い。甘ければ甘いほど良い。甘いものほど良い世界に変えた。私にはその力があったから。ほんの少しばかりの反抗はあったけれど、もはや世界は私に甘いので、そんなものはそもそもないものなのだった。
「これは?」
「甘い」
「じゃあこっちは?」
「より甘い」
世界は甘さでできている。喉が渇いてもすっきりとした水は飲めないし、プレーンなパンなど存在しない。技術は失われてしまった。私が破壊した。いともたやすいことだった。街の居酒屋で人々はドロドロになるまで煮詰められた半固形が混ざった液体を無理やり喉へと流し込み、色とりどりだが味のパターンは甘いかそれよりも甘い、さらに甘いかとても甘い、もしくは……最上に甘いか、食べられないほどに甘いか、等々……段階に応じて甘さを選ぶことのできる料理を口にすることができる。
「こんなに甘いものばかり食べて飽きないの?」
「飽きない。甘さというものは口にいれるたびに変わるんだ。知っているかい? 目を閉じて思いを馳せるんだ。十年前のあの日、いや今日は二百年前のあの日にしようか、そうそうあの時は大変だった。どうしても甘さを受け入れようとしない奴がいたから私も手を焼いて、それこそ文字通りそいつの手を焼いて菓子にした時の甘さにしようか……などとね。そうすると瞬時にして味を思い起こせるわけだ。私はそれが楽しい。私の人生は甘さに支配されているからね。いや、違うな。甘さとは平等でなければならない。私は支配も屈服もしない。されない」
「でも喉カラッカラになるでしょ」
「そのために僅かばかり甘い水を作った。風味は甘く感じるが、舌触りはほぼ水といえる」
「それ、飽きてない?」
いつからか私に取り憑いている半透明の少女は、私が作り変えたこの世界より以前の世界に住んでいたという。彼女の過ごした時間では、塩辛さや酸味、喉が焼けるほどに辛い調味料などが多く存在していたが、彼女自身が好んだ食べ物は、指先ひとつまみほどの塩が入ったスープらしい。
「普段から薄い味のものを食べることにより、時々食べることができるかもしれない濃い味をより濃く楽しむための生活の知恵です」
「貧しかったというわけではなく?」
「生活の知恵です」
「私には理解ができないね。好きなものは好きなだけ食べたい人間だからさ」
「そうでしょうね。でも、こんなに甘いものばかりではやっぱり飽きますって」
「だからこうして甘さを人々に合わせて細分化する研究を日々行っているんじゃないか。まあまあ甘い、そこそこ甘い、まあとりあえずは甘い……。明日は今日より甘い、時間が経てば甘くなる……。今は甘さが薄いが、こちらの液体を足せば抜群に甘みが増す……」
「やっぱり飽きてません?」
甘みというものに飽きは来ない。来るはずがない。来たときにはそれは……まあ、来たときに考えれば良いだろう。世界を作り変えて甘みを別の味に変えてやればいい。簡単なことだ。私は自分にも甘いのだ。好きなようにやればいい。ただ、それだけの話である。[了]
箱の中の空の下 海溝 浅薄 @hakobox
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