2023年
埋める
僕が彼女について知っていることといえば、彼女の名前と小柄ということ、それからトマトが嫌いということくらいだ。そしてどうやら、埋められるのも好きではないらしい。そりゃあそうだ。誰だって埋められたくなんかない。僕だって嫌だ。だからこそ彼女に「埋めてもいいですか」と聞いたのだ。
「や、なんで?」
「なんで」
と聞かれてとっさに気の利いた言葉を返してどうぞどうぞ良いですよと言質を取れるようなトークセンスは僕にはない。いやむしろそのようなことを聞き了承を得られるような人間などいるのだろうか。いや、いない。いや……いるかもしれない。少なくとも僕ではないことだけは確かだ。
「もしかして怒ってます?」
「それ以前の問題だね。まずキミ、誰」
「隣のクラスのモルダです。お近づきのシルシにこちらをどうぞ」
家庭菜園で作ったできの悪いミニトマト。作ったはいいものの、僕はあまりトマトが好きではない。ジュースは飲める。ソースもまぁいける。固形はダメだ。口に入れ、噛んだその瞬間を想像するだけで戻しそうになる。しかしトマトは身体に良いらしい。ので作った。けれど嫌いなので食べずこうして持ってきた。誰もあげる相手などいないのに。
「いらないよ……。トマト嫌いだし」
「それでは僕たち、友達ということで良いですか?」
「は? なんで?」
「トマト嫌いという者同士」
「いや怖いわ。ダメだよ」
共感し合えたと思ったのは僕だけだったらしい。トマトが嫌いであるということだけでは人は友人関係を築けないようだ。嫌いな人のことを話しているとき、多くの人々は楽しそうに見えていたからなるほど、それならばと思ったのだがトマトではそうはいかなかった。トマトは栄養が豊富である。料理におけるレパートリーも多彩だ。ゆえに人気者なのだ。この教室の中で言えば僕や彼女よりも上位におわすお方である。それならば僕はトマトになろう。それでは僕は彼女に嫌われてしまう。却下。
「最後にひとつだけ」
「聞くだけだからね」
「空想上のあなたを埋めても良いですか? このトマトと共に」
好きにしなよ、と残して彼女は去った。
了承を得た!
さっそく次の休日にでもこのトマトを埋めに町外れの畑まで行こう。今回は一人ではない。僕には友人ができたのだ。何を話そう、彼女は何が好きなのだろう。
少なくとも、トマトは嫌いらしい。ナスなら良いだろうか。僕はナスが嫌いだ。けれどもしかしたら彼女はナスが好きかもしれない。まぁ、いい。とりあえず、ナスの種を持って出かけよう。トマトの種もまだ残っているからついでだ。そしてそれらを埋めるのだ。彼女とともに。想像上の彼女とともに。友人を埋める気分はどうなのだろうか。そこから育つナス。トマト。その味は格別だろう。今年の夏は忙しくなりそうだ。[了]
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