第10話 花よりガチャ

第10話 花よりガチャ


「そこのローブの二人組!今ならレッドホースの肉がたったの500レカ!お得だよ!」

「ちょっと待った!うちの店ならそれに加えてこの干し肉も付けて同じ値段だよ!」

「テメェ俺が先に呼んだ客に粉かけてんじゃねぇよ、アァン?」

「オメェの小汚ねぇ店なんか誰も寄り付きやしねぇよ」

「なんだと━━」

「やんのか━━」

「客引く気有るのかよ...」


 防衛都市マキュラの第一層から、鍛冶屋へ行く為に第二層へ繋がる通路を目指している途中、だったのだが。

 俺たちは、物凄い数の客引きに遭っていた。

 黒いローブの二人組を見れば誰も寄り付かなさそうなものだと思っていたのだが、商売根性か、はたまたこんな格好程度は気にもしない程に心が広いのかは定かではないが、兎に角ここの━━マキュラの人たちの活気は凄まじかった。

 

「小蝿が煩くて敵わんな」


 邪神の表情はフードで覆われている為に窺う事が出来ないが、かなり苛立っている様子だ。これはこれからも大分苦労しそうだなあ...


「まあ落ち着けって。この世界の事を知るにはまず人間の事を知る必要がある。って言ったのは邪神なんだから」

「吸っても旨味の無いニンゲンを生かしておく必要はないだろう」

「脳を吸うな、脳を」

 

 その「吸っても」は知識を得るとかそういう意味の言い換えで使っている訳ではなく、単純に脳を啜り何故か知識を吸収出来るという邪神っぽい所業を指している。よく分からんが、ご飯が喉を通らなくなりそうなので想像したくは無かった。

 



 この世界に来て丸二日が経過した。起きたら草原に居て、ガチャを引いたら邪神が出て、ドラゴンが降ってきて、空を跳んで、倒して、ドラゴンがゾンビにされて、空を飛んで...。二日間とは思えないほどに濃密な時間を過ごしてきた。


 いや、そんな事はどうでもいい。目下最大の危機に比べればそんなのは些事だ。


「ガチャが!引きたい!」

「黙れ賭博場に行け騒ぐな」

「それじゃダメなの!ギャンブルをしても手に入るのは金。それどころか何も手に入らず賭け金を失うのが大半。だけどガチャには最低保証がある!おまけにギャンブルよりも当たりやすい!そうだ邪神、召喚した時に腕にエーテルを纏わせたみたいにさ、一箇所に集中してエーテルを集められればエーテル石が出来るんじゃ━━」


 瞬間。心臓を掴まれているのでは無いかと錯覚する程の殺気を放つ邪神がそこには居た。周りを見渡すが、周囲の人は気にしている様子は無い。どちらかといえば、俺たちの格好に目が行っているようだ。


「あの...えっと......」


 邪神は無言で此方を睨め付けている。普段から悪い目付きが十二割増しだ。心なしか呪詛の様な禍々しい声まで聴こえてきた。


「スミマセンデシタ」


 俺は素早く五体投地を決めた。周囲の視線が割増になったが背に腹は変えられない。邪神よ、これがジャパニーズドゲザだ!


「...えっ、ちょっと。無視すんなよ、おーい」



 

 大通りは馬車や荷車が頻繁に行き交っているのだが、そんな要素は物ともしない程に道の幅が広い。おまけに都市全体を囲う防衛壁に沿ってぐるりと一周するように構成されているらしく、それなりに歩いたはずなのだが殆ど景色は変わらなかった。


「はー、さっきは酷い目に遭った」

「自業自得という言葉を知っているか?我の信者が生半可な気持ちで我を呼び出し脳漿を啜られるように、貴様のソレも己が業の代価、という事だ」

「とは言ってもさ。ガチャさえ出来れば戦力の増加に繋がると思うんだよねー」

「それは暗に我が戦えない事を示す嫌味というやつか?」

「どこに世界に邪神に嫌味を言う奴がいるんだよ」


 会話の内容はともかく、こうして二人で話しながら歩いていると邪神が普通の女の子のように思えてくる。身長は俺より少し下で、現在はフードで顔を隠してはいるが綺麗な金の長髪に真っ白な肌、高級そうというよりもなんかヤバそうな黒いドレス。...なぜ『ヤバそう』と思ったのかといえば、検問の時出してきたアレを思い出したからだ。

 『お人形さんみたい』という例えはしばしば祖父母と孫の間において使用される言葉であるが、まさしく邪神はソレに当てはまるだろう。

 人形のようだ。まるでそれは、造られたかのような━━


「貴様」

「んえっ、はいなんでしょう」


 邪神の事を考えていたら邪神が話しかけてきた。コイツには悪魔じみた、いや邪神じみた直感による読心と、あと普通に心を読む魔法を持っている。何を言われるのかたまったもんじゃ無いな。


「我に発情しているのか?」

「ん!?ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ...」


 往来で突然何を言い出すのかこの邪神は。幸い周囲の人には聞こえていなかったみたいで助かったが...。


「二つ。発情してないし、こんな人の多いところでまがりなりにも女の子がそこそこの声量で言うセリフでは無い」

「貴様の深層心理など読心するまでも無く我の掌の中だ。それと善意で言っておくが、我は姿こそ人間が定めたところのメスに定義される体を構築しているが、この体は仮の姿に過ぎない」

「うわ、邪神ぽいとこでた」

「で、話を戻すが」


 戻さんでいい。


「夜伽の相手をしてやる程、我は暇では無いが...そうだな、隕竜の余った肉で魔動人形を造ってやろう。慰めの足しにはなるだろうよ」

「お前、俺を弄る時は生き生きしてるよな...」


 邪神が普通の女の子なんて考えられない。しかし仮の姿とはいえこの美形...神様は意地悪だ。


「もう少し話を戻す」

「え?」


 どの辺りだろう。土下座の下り辺りだろうか。


「まあ、そうだな...エーテル石の件だが」

「!」


 心臓が跳ねた。胸が高鳴り、呼吸が荒くなっていくのが自分でも分かったが、あくまでも平静を装う。


「ガ...ガチャ石が、どどど、どうしたってててぇ?」

「その様相がニンゲンの言葉で言うところの平静なのか?」


 どうやら平静を装う事に失敗していたらしい。極めて丁寧に全力で平静に努めていたのだが...。


「貴様との会話は無駄が多すぎるな。簡潔に言うとだ、エーテル石を作る事は不可能では無い」

「え、え、え、で、だ、で、で、あ、」


 正しく晴天の霹靂だった。この世界でもガチャが引ける。そう考えるだけで、期待と希望で胸が一杯になった。


「ハァ...貴様と色恋沙汰は、この世界が再構築されようとも決して結びつく事のない事象だろうな」

「何言ってんだ!俺はガチャを愛して━━」

「黙れ簡潔に言うと言っただろうが能無し」

「はい...」


 殺気と共に純粋な悪口を言われる。もう少しはしゃいでも良かったのだが、邪神によって冷静になるだけの頭の容量を確保できたので大人しく従う事にした。

 気絶する直前とドラゴンゾンビの背に乗り移動中に何度も何度も聞き直した話━━全て軽くあしらわれたが━━によると、ガチャ石もといエーテル石とは、長い時間をかけ、限定された空間で濃縮されたエーテルが実体を持った、この世で最も希少な鉱石と言って差し支えない代物、らしい。

 てっきり出来ないものかと思っていたのだが。


「エーテルを実体化させるという程度ならば可能だ。だが出来た物質には必ず不純物魔力が混ざる」

「それは魔力によって大気中のエーテルを意図的に操作しているため当然とも言える。だが、我にはエーテル石を完成させたいという『欲』が芽生えた」

「しかし、我が棲まう『上位次元』では力場の関係上、エーテルが魔力に呑まれてしまう。こちらの世界に分霊として現界していた時はその逆、魔力がエーテルの濃度に呑まれ、エーテルの比率が格段に増えたが純粋なエーテル石完成には至らなかった。だが、こちらの世界にが降臨した今、真なる我の力をもってすればもはや純粋なるエーテル石を造ることなど造作も無い」

「話が...話が長い...!」


 簡潔に、と言ったのはどこの邪神だ。しかも、聞いておきたい事がまだ邪神の口からは発せられていない。


「それで、何日に一つくらい作れそうなんだ?」


 これは最重要項目だ。何日に一回ガチャを引く事が出来るのか。エーテル石を何個使って一回引けるのかすらも確認していなかったが、それを確認するのは後だ。


「エーテルから完全に魔力を除き安定化させるには、そうだな...一月ほどで完成するだろう」

「うーん、一月に一回のログボかあ...」


 邪神の事だから一時間で百個量産可能!とか言ってくるのかと思ったら割と現実的な数値だった。しかし背に腹は変えられない。


「案外渋いんだなあ」

「貴様はいっそ清々しい程に貪欲だな」

「褒めてもレアしか出ないぞ?」

「とっとと寿命で死んでくれ」

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廃課金、無料ガチャで邪神を引く。 芹澤なぎ @Nagi_April

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